閑話:ルナ・マケマケの婚約破棄その2
礼儀作法ではないの? ならなおさら理由がわからないんだけど。
「ルナ様は本日どちらにいらっしゃいましたかな?」
「そりゃあ、いつものように城下町でアリア達と隠れ鬼をしていたわよ。あいつらすばっしこいから、なかなか捕まんなくてさー」
「それです」
「え?」
どれ?
「大貴族の娘、それも将来の王妃となるお方が庶民の子供達に混じり走り回って遊ぶなど、あってはならないことです」
「なんでよ!?」
カロンの言葉に納得ができずに聞き返す。なんで庶民と遊んじゃいけないのよ。身分違いの恋とかしてるわけでもないのに。
「いいですか、王妃になるということは国家の統治をおこなう国王のパートナーとなって、共に国の舵取りを行う立場になるということです」
「そんなの知ってるわよ。それこそ国家を形成する国民のことをよく知っていないといけないんじゃなくって? 庶民が一番人数多いのよ」
国の舵取りをするなら国民と共にいた方がいいじゃないの。いま初めて考えたけど、間違ってないよね。
「それがいけないのです。庶民と接することが多ければ、意識も庶民に近くなるでしょう。ですがそれでは国家の運営はできません」
「どうして?」
「庶民というものは、常に自分がいい暮らしをすることしか考えず、それを実行するのにどれだけの金や人員が必要かも考慮しないで過剰な要求をします。責任感がないからです」
うぐ、なんか難しい話になってきた。カロンはさらに言葉を続ける。
「それでいて、庶民は王侯貴族を妬み、ありもしない妄想を元に非難します。私腹を肥やしているとか、いつも贅沢三昧をしているとか、挙句の果てには王が庶民を苦しめて殺そうとしているなどと吹聴します。国民を殺して王に何の得があると言うのか。そんなことを考える頭もないのが庶民というものです」
「ぐぬぬ……」
何か言い返したいけど、言ってることが難しすぎてよく分からない!
「でも、そんなこと言ってる大人はいなかったわよ!」
「それは当然です。将来の王妃となる公女様に文句を言って嫌われたりしたら、後でどんな仕打ちを受けることか。奴等は無責任な上に臆病者なのです」
それはそうかもしれないけど、ひどい言いぐさじゃない?
「ルナ様、国の舵取りをするとなれば庶民が嫌がるような政策を行わなければならないこともあります。庶民と仲良くなってしまえば、重大な決断をすることが出来なくなるかもしれません。王妃のわがまま一つで滅んだ国は歴史上数えきれないほどあるのです」
「庶民と仲良くなるのが、わがままなの……?」
「そうですわ、お姉様。貴族の娘として生まれた以上は、貴族としての役目を果たさなければいけません。庶民と近づきたいなんてわがままは許されないのです」
イオにまで貴族の心得を説かれてしまった。
「そんなこと、思いもしなかった。いつも執事から小言を言われていたのは、行儀が悪いからだと思っていたのに」
「もちろんお行儀も大事ですが、まだ十歳のルナ様にそのようなことを求めずともよいと公爵閣下より仰せつかっております」
なんてこと。私は全然知らなかった、貴族の責任なんて。そんなことを知っていたら……
「そんなの、ぶっ壊す!」
私は椅子から飛び降り、カロンとイオに向けて右手を伸ばした。魔力に反応して自作のマギが光を宿す。
「わがままで結構よ! 庶民だって私達と何も変わらないわ。面白いものを見たら笑うし、美味しいものを食べたら目を輝かせるの。立場の違いがあったって、同じ人間なんだから」
「ふう……そうなるから、庶民に混じって遊ぶのはよろしくないのですわ」
イオが前に歩み出て、魔法を構える私に向かい合う。
「ふん、あんたが魔法で私に敵うと思ってんの?」
自分で言うのもなんだけど、私は魔法の天才だ。それに対してイオは魔法の才能が無く、基本的な魔法を使うのがやっと。執事のカロンだって大した使い手ではないから、力ずくで私に言うことを聞かせることはできないはず。オヤジが帰ってきたらボコボコにしたこいつらを引き渡して文句を言ってやる!
「確かに、マギまで自作できる天才魔法使いのお姉様には敵いませんわ……これまでのわたくしでしたらね!」
イオが不敵な笑みを浮かべて懐から小さな杖を取り出した。あれは『アルファルド』!
「なんであんたが公爵家のステラを持ってるのよ!」
「それはもちろん、わたくしが次期当主となったからですわ。ステラの力を使えば、ほーら、こんなこともできてしまいます」
イオが杖を振ると、二人の間に大きな赤い物体が現れた。トゲトゲした六本脚、嫌な光り方をする流線型のボディ、そして長く伸びた二本の触角がゆらゆらと揺れている。そう、こいつは……ト・マ・ト!
「いやあああ! トマト嫌いー!」
「オーッホッホッホ、行きなさい巨大トマト! お姉様を地の果てまで追いかけるのよ」
「カサカサカサカサ」
「イヤああああ」
おぞましい生き物に追いかけられ、私は全力でマケマケ城から脱出するのだった。
「おのれイオ、いまに見てなさいよー!」
「カサカサカサカサ」
「ぎゃーーー! まだ追いかけてくるううう!」
◇◆◇
なんとかトマトを撒いた私は、いつも遊んでいる城下町を歩いていた。地平線の向こうには夕日が沈もうとしている。この世界は大きなボールのような形をしていて、あの太陽の周りを回っているのだという。家庭教師に教わるまでは、太陽が世界の周りを回っているんだと思っていた。
「……太陽はこの世の全てを照らすのに」
貴族も庶民も関係ない。そんなものは我々人間が勝手に決めた枠組みでしかない。みんな生まれたときから押し付けられた常識を疑わずに生きている。魔法は呪文を唱えるものだって誰もが信じているし、貴族と庶民は違う世界の人間だと考えているし、トマトは食べ物だと思ってる。
「そんなの、全部ウソよ」
夕日に向かって手のひらをかざすと、自分の手が輝いているように見えた。輝いているのは太陽なのに。
その手を握る。地平線の下に逃げていこうとする太陽を捕まえるように。
「あれっルナちゃんだ。どうしたの?」
そこに町の子が話しかけてきた。これから家に帰るところかしら。
「アリア……私、決めたわ」
「なにをー?」
アリアは目をキラキラさせながら、私の言葉を待つ。いつも私が何をして遊ぶか告げるのを待っているときと同じように。
「私……この世界を征服する!」
「さすがルナちゃん!」
アリアは無邪気に笑う。だけど私は本気だ。こんな訳のわからないルールに縛られた世界じゃ楽しく生きられない。だからそんなルールはぶっ壊す!
それはつまり、しばらくはこの子と遊ぶこともできなくなってしまうということだ。
「そのためには『アルファルド』よりも強いステラを見つける必要があるわ。だから私はステラを探すトレジャーハンターになる」
「おー!」
パチパチと手を叩くアリア。その手を取って、握手をした。
「だから、しばらくお別れね。次に会う時は国の一つぐらい手に入れてるわよ」
「じゃあ、その時のルナちゃんは女王様だね」
アリアが笑顔を私に向ける。でも……これは今までに見たことのない笑顔だ。どうやら、この子は私が思っていたよりもずっと何もかもを分かっているみたい。私の立場も、これからどんなことをしようとしているのかも。
「そうよ、次に会う時は私のことを女王様とお呼び!」
「アハハハ、じょおうさまー!」
二人でひとしきり笑いあうと、これ以上引き留めてもいられないので別れを告げた。
「それじゃあ、またね!」
「またねー」
お互いに背を向け、別々の方向へ歩き出した。背後からすすり泣く声が聞こえたけど、何も聞かなかったことにする。
「さあ、最強のステラを見つけてイオをギャフンと言わせるわよ!」
全ては私の『わがまま』のために!
(本文へ続く)




