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閑話:ルナ・マケマケの婚約破棄その1

 意識を集中して魔力の網を広げる。敵は茂みの中や家屋の隙間、家畜小屋の飼料カゴにまで潜んでいる。近づけば逃走を図るため、こうやって気付かれないように場所を特定しなくてはならない。


「ふっふっふ、このルナ様からは逃げられないわよ」


 相手に聞こえないように、小声で呟いて潜伏場所へと近づいていく。抜き足、差し足、忍び足……よしよし、私に気付いていないわね。


 目標を視界に入れると、一足飛びで肉薄できる位置まで慎重に近づいていく。捕捉範囲内に入ったところで、力いっぱい地面を蹴った。


「捕まえたっ!」


「うわあっ、見つかったぁ!」


 完全に油断していた子を背後から捕まえた。ふっ、完璧ね!


「よし、これで今日は私の全勝―!」


「ルナちゃん、また魔法でズルしたんでしょー?」


「ギクッ、そそそそんなことしてないわよ」


「ほら、ギクッって言った!」


「何を言ってるのか分からないわ」


 まるで根拠のない言いがかりをつけてくるなんて、まったく庶民は疑り深くて困るわね。今日はもう帰る時間だし、これ以上相手をしてもいられないね。


「そんじゃ、私は家に帰るわ」


「またね、ルナちゃん!」


 町の子に別れを告げ、町外れへと向かうとそこには豪華な装飾を施した馬車が停まっており、その前で女執事のニクスが私を待っていた。執事なのでダークカラーのパンツスーツに身を包み、黒い髪を結い上げて短くまとめている。背筋をピンと伸ばして立つ姿には女の私もほれぼれしちゃうわ。


「お帰りなさいませ、ルナ様」


 ニクスは恭しくお辞儀をしてきた。私はそれに軽く手を挙げて応えると、そのまま馬車に乗り込む。


「では、マケマケ城へ向かいます」


 御者が出発の報告をしてくるので、私は「お願い」と答えてふかふかの座席に身を沈めた。


 そう、私の名はルナ・マケマケ。この大陸で最大の国家ヘルクロス王国で王族の次に権力を持っているマケマケ公爵の娘。しかもヘルクロス王国の第一王子、つまり次の王になる人の婚約者なのよ。将来はヘルクロス王妃となる、超偉い人物なのだ!


「あー、お腹減った。早く帰ってご飯にしましょ」


「本日はマケマケ公爵閣下との会食が予定されております」


 なんですとっ?


「えー、オヤジとー? 帰ってくるの遅くなるじゃないの」


 私のお腹は今すぐご飯が食べたいって叫んでいるというのに!


「大切な話がおありとのことです。どうか今しばらくのご辛抱を」


「ぐぬぬ……」


 仕方がない、オヤジが帰ってくるまでつまみ食いでもして待つとするか。


◇◆◇


 マケマケ城に帰り、お風呂と着替えを済ませた私はさっそく食堂に向かった。


「おおー、豪勢ね!」


 会食場のテーブルには既に所狭しとごちそうが並んでいる。普段はもっと質素な食事をしているから、今日はずいぶんと力を入れているのね。いったいどんな話をするのかしら?


 それはともかく、私のお腹が食べろと叫んでいる。


 パクッ。


「ん-、んまいっ!」


「ルナ様、はしたない真似はおやめください!」


 ニクスが私を制止するけど、こんなに沢山あるんだからちょっとぐらいいいじゃない、ねえ?


 モグッ。


「ううーん、これはジューシー!」


「ルナ様!」


「かたいこと言いっこなしよ」


 さらにテーブルの上の料理達を物色する。これは仔羊のステーキね、あっちは……カボチャのクリームスープか。いい味してるじゃない。


 それと向こうにあるのは……!


「ゲゲッ、トマトぉ~!? なんで私の大っ嫌いなトマトがあるのよ。シェフはクビ……いや、それは可哀想だから三食トマト踊り食いの刑ね。好きなだけトマトを食べるといいわ!」


 まったく、とんでもないシェフだわ。よりによってトマトなんかをこの食卓に並べるなんて。


「ふう、怒ったら疲れちゃった」


 まだオヤジは来ないし、大人しく座って待ちますかね。近くにある椅子に勢いよくお尻を乗せる。


「ル、ルナ様、いけません! そこは公爵閣下のお席です!」


 あら、これオヤジの椅子だったの?


「まあまあ、ちょっと休んだらすぐにどくわよ」


 オヤジもまだ帰ってこないしね。それにしてもあんまり座り心地良くないわね。当主なんだからもっといい椅子に座りなさいよ。


「お姉様っ!!」


 バァンと食堂の扉を開いて登場したのは妹のイオだ。その後ろには執事長のカロンが控えている。イオはオレンジ色のおかっぱ頭だけどあれはウィッグで、中には私と同じピンクの長い髪がしまわれている。私と一緒だと恥ずかしいらしい。なんか失礼ね。


 カロンは白髪のお爺さんだけど執事らしく姿勢はいい。いかにも厳格って空気を身に纏っていて私はちょっと苦手。


「あら、イオもちょっとつまんでいく? 沢山あるから少しぐらい食べても大丈夫よ」


 こいつは貴族の娘らしくいつも澄ました顔をしているけど、私は知ってるからね、その本性は食い意地の張ったひねくれものだって。


「そのふてぶてしい態度も今日限りですわ、お姉様」


 なんだかやたらと自信満々に胸を張って私をビシッと指差してくる。やけに強気だけど、どうしたのかしら?


 と思っているとカロンが一歩前に出て淡々とした口調で告げる。


「ルナ様はこの国の王妃に相応しくないとして王子様との婚約は破棄されることになりました。今後はイオ様が王子様の婚約者となります。次代の当主もルナ様ではなくイオ様となります。ご承知おきください」


 は?


「相応しくないってなによ! どいつもこいつも礼儀作法がどうとか言うけど、そんなの社交界に出るときにはちゃんとするわよ」


 ずっと言われ続けてるから行儀が悪いのはわかってるけど、そんなことで婚約を破棄するなんて意味がわからないわ。今はそんなの気にする必要ないからやってないだけだし!


「そうではありません」


「ほえっ?」

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