天才魔法少女ルナ
俺が師匠から習ったのは、魔法を使うときには呪文を唱えることでマギに命令を伝えるというものだ。俺の認識としてはAIを動かすために入力するプロンプトのようなものだと思っている。
だから、言葉で伝えずにマギを使って魔法を発動させるというのはあまりにも異常だ。前世で目にした異世界系の創作物ではよく見たけど、この世界の魔法の仕組みを知っているとにわかには信じられない。
「そうよ、実は魔法って呪文を唱えると弱くなるのよ」
「そうなの!?」
衝撃的すぎる秘密を語る女の子に、俺はただ驚くばかりだ。それにしても、これって完全にモブ側の反応だな。転生者なのにチート主人公になれないなんて……いや、もしかしたらこの子も転生者かもしれない。
「ふふん、偉そうにしてる魔法使いの爺さん達も知らないことだけど、この天才魔法少女ルナ様はすぐに気付いたわ!」
自分で天才とか言い出したぞ。この子はルナっていうのか。
「ルナっていうんだ、僕はケレス。よろしく」
「ちょっと、いま話がいいところなんだから邪魔しないでよ」
怒られた。確かに人の話の腰を折るのは良くないな。俺も呪文無しの魔法について聞きたいし。
「ごめんごめん、続きを教えて?」
「よろしい。魔法ってのはね、歩くのと同じよ」
「へ?」
すぐに機嫌を直して説明を始めてくれたのはいいけど、この話の展開は天才によくある自分の感覚だけで話して凡人には何を言ってるのか全く伝わらないやつでは……?
「私もケレスも特に意識せずに歩いているでしょ。でも人間は生まれた時から歩けるわけじゃないわよね」
「うんうん」
あっ、俺の名前はちゃんと憶えてるんだ。
「最初は上手く立つこともできずにつかまり立ちをして、頑張って歩けるようになるわけ。歩き始めは右足を出して、左足を出してって考えながら一生懸命足を動かして前に進もうとしていた」
そんな話をしながら、ルナは足元に広がる青々とした草達を踏みしめながら、ゆっくりと歩いて俺の周りを回っていく。その動きも何だか軽やかで楽しく、ついつい目を奪われてしまう。
「でも、いつまでもそれじゃあまともに歩けないでしょ。右足を出して! 左足を出して! 右足を出して! 左足を出して!」
今度は自分の足を前に出すのと合わせて言葉を発し、ギクシャクと歩いてみせる。カクカクと動きながら笑顔で声を出す彼女に、俺の口からも笑い声が漏れた。
「呪文を唱えて魔法を使うのは、マギという道具に支えられて歩いている状態。身体を動かすのにいちいち命令をしないと動かせない赤ちゃんなのよ」
すると今度は右腕を突き出し、さっきつのまるを殲滅した時のようにポーズを取ってみせる。その腕に着けた腕輪が淡い光をまとうのが見えた。
「いま、私は魔法を使うために魔力を込めた。呪文を唱えなくてもマギは反応して光ってるよね。ケレスもさっきの魔法を使った時のように魔力を込めてみて」
言われた通りに右手を出して魔法を使う時と同じように意識を集中する。すると手袋についた宝石に光が灯った。
「ほら、呪文を唱えなくてもマギは反応してる。言葉で伝える必要なんてないのよ。だいたい魔法を使っているのは私達自身で、マギはその手伝いをしてるだけだからね。それがわかってしまえば、後は何も難しいことはないわ。さっきみたいに火の玉を飛ばそうとしてみて、呪文を唱えずに」
「うん」
さっき自分で火球を発射したから、感覚は残っている。なるほど、確かにマギは呪文を唱える前から俺の意思に反応していたな。ならば、俺もマギを信じる!
ゴウッ!
風を巻き込む大きな音と共に、大きな火球が飛んでいく。バスケットボールどころじゃない、バランスボールぐらいの大きさはある炎が真っ直ぐ飛び、少し先の地面にぶつかって弾けた。緑の草原に黒く焦げた円が描かれる。
「すごい……」
ちょっと前にも全く同じことを口走った気がする。さっきと違うのは、驚いている対象がルナの魔法ではなく俺が放った魔法だということだ。
「ほらできた。簡単でしょ?」
得意げに言うルナだが、簡単だなんてとんでもない。高名な魔法使いに習っても、こんなことができるなんて全く思いもしなかった。言われなければ、呪文無しでもマギが反応しているなんてことに気付くことはたぶん一生なかっただろう。この子は誰にも教わらずにそれを見つけたんだ。紛れもない天才だ。
「でも、なんで呪文を唱えないと威力が強くなるの?」
「それは呪文を唱えると言葉に引っ張られるから。頭の中に思い描いた図と、言葉に出した命令に反応してマギが認識する魔法の効果が一致していないと、その補正をするためにエネルギーを使ってしまって威力が落ちるのよ」
なるほど、確かに「ファイア」だけで「火の玉を発射する」という結果が出力されるのはかなりの補正がかかっているように感じる。
「あとはどんどん魔法を使っていけば、ほとんど何も考えずに使えるようになるわよ、歩くのと同じで!」
そう言って、今度は軽やかに走り出した。本当に風の妖精みたいに、風と共に草原を駆け回り――
「ふぎゃっ!」
あ、転んだ。思いっきり盛大に顔から地面にいったぞ。
「だ、大丈夫?」
「……」
ルナは無言で立ち上がると、服についた土をパンパンと手で払い、そのまま俺に背を向けて歩いていく。
「ルナ?」
「そんじゃ、頑張って!」
それだけ言い残すと、ルナはまた走って町の方へと去っていった。よくわからないけど、もしかして転んだのが恥ずかしくて逃げていった?
「ありがとう、ルナ!」
俺は小さくなっていく可愛い師匠の背中に感謝の言葉を投げかけると、しばらく魔法の練習をしてから町に向かったのだった。




