大魔法使いマーズ
「そりゃ喋るよ、ポストだもの」
家の前に設置されたポストが喋るのは前世でも現世でも見たことも聞いたこともないぞ。さすがは大魔法使い、こんなところで差をつけてきた。
「ここは大魔法使いマーズさんの家で間違いないですか?」
「そうよ、ここはこの世で最も偉大な魔法使い、マーズさまのお屋敷よ」
「よかった、やっと目的地に到着だ」
お屋敷というにはあまりにも可愛らしいこぢんまりとした一軒家だけど、おとぎ話に出てくる魔法使いの家っぽい風情はある。ポストも喋るし。
「今日は小さなお客さんが多いね。君もあの遺跡を探索したいんだね?」
そこに、家のドアをガチャリと開けて現れたのが身長2メートルはあろうかという巨体で眼光鋭く、フリルのついたドレスの上からでも分かるほどに筋肉の発達した老婆(?)だった。
ピンクでファンシーな服を着ているのはいいんだけど、膨れ上がった筋肉でパンパンですよ? 服から悲鳴が聞こえてきそうだ。
「ええっと、大魔法使いマーズさんでよろしいですか? 僕は訳あってステラを……」
「みなまで言わなくてもいいよ、ケレス・ヘルクロス君。ヘルクロス王国の大事な跡取り息子が一人でこんなところまでよく来たね」
「ええっ、分かるんですか?」
なんと、自己紹介もしていないのにこちらの素性を言い当ててきた。目的も分かっているみたいだ。凄いな大魔法使い。見た目は完全に肉体派だけど。
「アタシを誰だと思ってるんだい? 妹さんを救いたいんだね。喜ぶといいよ、あの遺跡に封じられているステラ『ザ・サン』は、君の願いを叶える力を持っている」
「本当ですか!?」
やったぞ、無駄骨折りにならなくてすむ! とはいえ手に入れるのは簡単なことじゃないっていうのはよく分かっているつもりだ。ここに来るまでだって何度も死にかけている。偶然ルナに助けてもらわなかったら、俺はここに立っていないだろう。
そのルナと協力できるなら心強いけど、よりによってこのステラを彼女に持ち逃げされたら目も当てられない。本当にどうしたものか……
「ふっふ、何やら素直に喜べない事情があるみたいだね。こんなところまでやってきたんだ、まずはお茶でも飲んでいきな。落ち着いたらあの浮遊遺跡に入る方法から教えよう」
マーズさんは心が読めるのか、俺の懸念もお見通しのようだ。さすが大魔法使い。ここは家の外の庭だけど、急にテーブルと椅子が現れた。そこに家の中からティーカップとティーポットがふわふわと飛んできてテーブルの上に綺麗に並ぶ。
「はい、お願いします!」
「いい返事だ。あそこに行くためには、まず儀式をして封印を解かないといけない。その儀式に必要な道具をそろえる必要があるんだ。ここまではいいかい?」
マーズさんはテーブルにつくと既に淹れられている紅茶を口に運びながら、流れるように説明をしていく。なんて無駄のない動きだ、あんまり落ち着かないのは内緒だ。
「儀式に使う道具を集めるんですね。いくつ必要なんですか?」
俺もマーズさんに習ってテーブルにつきつつ、質問をした。そろえるって言うからには、一つだけではないだろう。ルナも面倒くさいって言っていたし。
「全部で三つさ。それぞれ別の遺跡に隠されていて、そのうち二つは場所も分かっている。今も何人ものトレジャーハンターが遺跡を調べてるよ。それでも今まで見つかっていないけどね」
喉でクククと笑いながら、マーズは心底楽しそうに道具の在処を教えてくれる。
「あと一つの場所は、見当もついていないんですか?」
三つのうち二つは分かっていて、トレジャーハンター達が探索をしているという。それでも残りの一つはどこにあるか分かっていないというのは、かなり見つけにくい場所なのだろうか。
「さてねぇ、それを気にするよりライバルに出し抜かれないように急いだ方がいいんじゃないのかい」
「確かに、分かっていない場所を気にするよりもそっちの方が優先ですね」
マーズさんの態度から三つ目の場所についても何か知っている気配を感じた俺は、それ以上追及するよりも言われた通り分かっている二つを同業者より先に見つける方が重要だと理解した。二つそろえてからまたマーズさんに聞きに来る必要があるのかな。ゲームみたいでちょっと楽しい。
「土地勘がないだろうから、遺跡の場所に印をつけた地図を持っていきな。ああ、気にすることはないよ。ここに来た子は全員に渡しているんだ」
そう言って渡してきた地図には、カリダの町周辺に二つのバツ印がついていた。一つは山、もう一つはこことは別の森林にあるようだ。
「二か所ともトレジャーハンター達が探っている……か。一つは確実に見つけたいな。両方とも先を越されたら、かなり不利な状況になってしまう」
「一つだけでいいのかい? 二つとも他の連中より先に見つけてしまわないと、どんな要求をされるか分からないよ。最悪、殺し合いになるだろうね」
マーズさんが恐ろしいことを言ってくるけど、その通りだ。とはいえ、現実的に考えて二つともすでに探し始めている他の連中より先に見つけるのは難しい……あっ、そういうことか!
「ふふっ、腕のいいトレジャーハンターは仲間を選ぶ。君には心当たりがあるだろう?」
俺の前にここを訪ねているし、マーズさんはルナと協力することを勧めているようだ。二つの遺跡を手分けして攻略し、他のトレジャーハンターより先に道具を二つとも手に入れてしまえということだ。なるほどね。
「うーん、実力という点では間違いなく信頼できるんですけどね……」
どうしてもゼツの遺跡で一度裏切られているのが引っかかって素直に信用できないんだよなあ。
「大丈夫さ、一度ちゃんと話し合ってみるといいよ」
マーズさんは大丈夫だと言ってくれる。全てお見通しの大魔法使いがそう言うなら平気なんだろうけど、わだかまりを解くのは簡単なことじゃない。
「まあ、町で待っているみたいだし、話し合ってみます」
「それがいい。アンタはいい王様になれるよ」
マーズさんは笑顔で送り出してくれた。終始優しかったけど、大魔法使いってこういうものなのかな。なんか試練とか与えられそうなイメージだったんだけど、杞憂に終わって何よりだ。
俺はマーズさんにお礼を言って来た道を帰った。なんせ片道数時間かかるからな。急いで帰らないと日が落ちてしまう。
「そうは言ったものの、ステラの持ち逃げだけは絶対に阻止しないといけない。さっきも出来心でとか言ってたけど、ステラともなれば本当に信頼し合っている仲間ですら出来心で殺し合いを始めることだってあるらしいし」
森の道を歩きながら、一人でブツブツと喋る。周りに人もいないし、声に出して言った方が考えもまとまりそうな気がするんだ。
「いや、待てよ……? 逆に考えるんだ、俺がルナを出し抜いてステラを持ち逃げすればいいんじゃないか。一度やられてるんだしな」
人としてどうなのかと思うが、妹の命がかかっているんだ。ルナにどんな事情があるのかは知らないけど、他人の事情を気にしている場合じゃない。
一度覚悟を決めてしまえば、一気に心が軽くなった。変に義理人情とか考えるから悩むんだ。最初から利用するつもりでいれば、心を痛めることもない。
俺は晴々とした気持ちでカリダの町へと戻るのだった。心のどこかで「そんな考えは間違っている」と叫ぶ自分に気付かないふりをしながら。




