ジュノー博士
「こちらです~」
有無を言わさず案内を始めるフローラについていきながら、少し考える。さっきフローラは俺も父親に紹介するって言ってたよな。優しいトレジャーハンターが沢山って言ってたし、少なくとも前にあの二人からフローラを助けたハンターが一人はいるわけだ。
つまり、現時点で俺より先を行っているハンターが存在する。
ステラは何個もないだろう。早い者勝ちだ。あの遺跡でルナも言っていた。俺は宝に興味がなかったからルナに出し抜かれても大して困らなかったけど、今度の遺跡ではそうも言っていられない。絶対に俺が一番乗りでステラを手にしなくては。
テティスを救うために残された時間は旅立ちの時点で三年。もう既にふた月以上旅をしている。これからあの遺跡を攻略するのに、一日や二日ですむはずがない。ここで競争に負けたら、次の遺跡を情報から探さなければならないんだ。
それに、たとえ無事ステラを手にしてもテティスを生き返らせるほどの力を持っているとは限らない。『ポラリス』でも無理なんだ、その可能性は大いにあるだろう。
となれば、残された時間は意外と少ない。急がないと!
「つきましたよ~」
考えごとをしている間に、フローラの家に到着したようだ。
「やあ、おかえりフローラ。そちらの男の子は?」
フローラが帰ってきた気配を察知したのか、家の中から大人の女性が扉を開けて現れた。どことなくフローラの面影がある。彼女の母親だろう。エプロンを前にかけた姿は元気な専業主婦といった印象だ。
「ケレスさんだよ~、私を助けてくれたの」
「あらあら、それはありがとうございました。私はこの子の母親のベスタです。よろしくね」
フローラが母親のベスタさんに紹介してくれたおかげで話がスムーズに進む。人助けはするもんだね。
「はじめまして、ケレスです。トレジャーハンターをしております」
紹介されたけど、一応自分でも自己紹介をしておく。礼儀としてね。こういうのは相手の第一印象を左右するからな。疎かにしてはいけない。
「まだ若いのに偉いわねぇ。それじゃあうちの夫に用があるんでしょ。あの人はけっこう有名な考古学者でね、ジュノー博士って聞いたことはあるかしら?」
ジュノー博士だって? トレジャーハンターになる前から名前だけは聞いたことがあるぞ。そんな人がこの町に暮らしていたのか。
「知っています。世界的に有名な方ですよね」
「ただの遺跡バカだけどねぇ。フローラ、ケレスさんに紹介してあげて。母さんは美味しいご飯を作っておくからね」
「は~い」
ベスタさんはフローラに俺の案内を任せると、厨房へ消えていった。この流れだともてなしの料理でも作ってくれるのかな? ありがたい。
「お父さんはこっちの地下にいます~」
フローラがまたどんどん歩いていくので、その後についていく。地下にいるのか、遺跡の研究は地下の方がいいとかあるのかな?
「お父さ~ん、お客さんを連れてきたよ~」
フローラが地下への階段を降りながら父親に声をかけていく。どんな人だろうか。有名な学者だから、この娘と違って厳格な人かもしれない。俺はさりげなく身だしなみを整えながら地下に降りていった。
「やあ、おかえりフローラ。またトレジャーハンターの方に助けてもらったのかい?」
穏やかな大人の男性の声が迎えてくれた。やはりフローラはよくこの流れで親切なトレジャーハンターを連れてくるようだ。父親のことを知ったいまでは、彼女が頻繁に絡まれる理由もわかる。あの遺跡を探索するためにジュノー博士を訪ねようとして娘に接触するトレジャーハンターが後を絶たないのだろう。
「はじめまして、トレジャーハンターのケレスといいます」
「おや、はじめまして。ジュノーです。このたびは娘を助けていただきありがとうございます」
作業机の前にある椅子に座ったジュノー博士は眼鏡をかけていて、見た目の年齢は意外と若い印象だ。娘の年齢的にも、三十代だろうか。服は丈夫そうな皮の上下で、ブラウンの髪と目が優しそうな印象だ。穏やかな口調と相まって、外見よりは年上のように感じる。
「早速ですが、浮遊遺跡について教えていただけますか?」
「はっはっは、その若さでステラを求めるとは、将来有望だね。浮遊遺跡はここに町ができるよりもずっと前から、あの湖の上空に浮かんでいたそうだよ」
古代遺跡だから昔から浮いている。それはそうだろうと思うけど、それほどの期間荒されることもなく存在し続けた遺跡だ。強力なステラが眠っている可能性は高い。
「そして、あの遺跡に行く方法は……」
「方法は?」
ゴクリ。生唾を飲んでジュノー博士の言葉を待つ。
「遺跡に行く方法は、私にもさっぱりわからん!」
ええーっ!
そりゃわかってたらもう探索されてるだろうけどさ、なんかこう、ヒントとかないの?
「ふふふ、ガッカリしたかい? でもね、私はわからないけど、わかる人に心当たりがあるよ」
「本当ですか!?」
ちゃんとヒントがあった。もったいぶらないでよ、もう。
「ああ、この町のすぐそばに深い森がある。そこにはずっと昔から生きていると言われる大魔法使いのマーズさんが住んでいるんだ。彼女なら、遺跡に行く方法を知っているんじゃないかな」
おおっ、それはかなり有力な情報なんじゃないか?
「大魔法使いマーズですね。ありがとうございます、訪ねてみます」
「その前にご飯を食べていきなさい。森は広いからね」
急いで出発しようとした俺の前にベスタさんが立ち塞がる。その手に持ったトレイには、食欲をそそる香ばしい匂いを漂わせるパイが乗っていた。
「わ~、お母さんのキドニーパイ、すっごく美味しいんですよ~」
キドニーパイってなんだっけ? せっかくなのでごちそうになろう。確かに腹ごしらえもせずに森へ入っていくのは大変だしな。俺のために作ってくれたみたいだし。
「いただきます!」
切り分けてくれたキドニーパイの中身は、肉と豆が詰まっている。パイ生地を割った瞬間部屋中に広がる肉の香りを嗅いだだけで唾があふれてきた。まずひと口、パイ生地と肉をまとめて食べるとサクサクとした歯ごたえの後に濃厚な旨味のある肉汁が口の中に広がる。しっかりと味付けされていて肉の臭みはない。弾力のある食感的にホルモンとかそっち系の肉っぽいな。
「美味しい!」
みんなでベスタさんのパイを味わい、お腹と心が満たされたところで改めて挨拶をして俺は一人森へ向かうのだった。




