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第三章  来訪者

第三章⑴


 王宮からほど近い城下町。先に宿舎を借りる約束をした修道院に寄って挨拶を済ませ乗馬を預けると、コンスタンティアと護衛達の一行は、にぎやかな街の大通りに沿って歩いていた。

 この辺りは、シチリアの工芸品や特産品を取り扱う商店が多い区画だ。

 旅行者向けの食堂や宿屋も並んでいて、繁盛(はんじょう)している様子だ。旅人を呼び込む女給の声も大きくて元気がいい。そんな彼女らに強引に上着を引っ張られ、捕まった客がまた一人、居酒屋を兼ねた旅籠(はたご)の中に消えていった。

 なじみのルイージの店舗まで来ると、軒先が騒がしかった。二人組の大柄な青年が、ちょうど入荷したばかりの絹織り物を手に、買取りの値段交渉をしていた。

 おもに店主(ルイージ)と喋っているのは、隣りに控えている相棒よりも少しだけ背が低く、顎に無精ひげを生やした俊敏そうな体つきの若者だ。


「いいねえ、このハンカチーフ! 触った感じがこっちの布と全然違う。しかも上品な刺繍いりだ。どこの製品だ?」

「さすがは旦那さん、お目が高いですな。これはカターニアから仕入れてる、最上質のシチリア(シルク)で作った品物ですよ! 入荷した途端にどんどん売り切れる人気の手巾だ。買い占めたいなら、今がチャンスですぜ! 今日店に出したばっかりだからね!」

「そうか! よし、じゃあな、こっからここまでぜんぶ買うから、もうちょっと負けてくれよ。全部で小銀貨二十、いや十枚で!」

「いやいや、あんた。それじゃあうちも、商売になりませんって」

「じゃあ十二!」

「うーん、十五なら!」

「わかった、じゃあ、こっちの小物も買うから、まとめて今の値段で!」

「いいでしょう、小銀貨十五枚、しめて値引きで!」

「商談成立だ!」


 店主と若者は納得し、小気味よく互いの両手の平を打ち合った。やり手のルイージと値切りあって、ここまで互角の勝負をするとは、まだ若いのに随分威勢がいい商人だ。コンスタンティアの顔が綻ぶ。

「こんにちは、ルイージ」

 呼びかけると、ルイージは満面の笑みになった。

「おお、姫さ……、じゃなくて院長さま! いらっしゃいませ!」

 ルイージはコンスタンティアを手招きすると、値切りが上手な若い商人に彼女を紹介した。

「旦那さん、いまお売りした品物はね、こちらの女子修道院長様が手掛けている工房で織られたものなんですぜ」

「へえ! 修道女様が手織りなさった手巾なのか。そりゃ余計にご利益がありそうだ。お守り代わりに俺も使おうっと」

 いそいそと、一枚たたんで自分の上着の中に突っ込む。

「そうですよ、ご利益ありありなんですから。あーあ、しまった。やっぱりもっと高く売ってやるんだった」

「だめだめ、もう払わないからな」

 店主と商人は陽気にゲラゲラと笑いあった。その隣りにいる、若い商人の付き添い役らしいもう一人の長身の青年が、黙ったまま穏やかに微笑んでいる。若く見目のいい、赤みがかった金髪の青年だ。彼は商人ではなく、護衛なのかもしれない。腰には長剣を()き、静かな(たたず)まいながら、全く隙が無かった。

「この縁取りの刺繍が手が込んでて、しかも上品でいいんだよな。これもおたくらが、ぜんぶ針仕事を?」

「ええ、そうよ。気に入ってもらえたなら良かった」

 コンスタンティアが笑顔で答える。まさに先週出荷したばかりの新しい品物だった。売れた手巾の中には、コンスタンティアが手づから丁寧に刺繍したものもあるはずだ。売れるところを見るのは嬉しい。


「やめてください、商品なんです!」


 突然、坂道の上の方で、誰かが言い争うが聞こえた。

 がしゃがしゃと棚が崩れる音が続く。さらに怒声と、声高に人を威嚇(いかく)したり罵倒する大声が、悲鳴に重なるように響いた。

 和やかだった街の雰囲気が、突然の騒ぎで一変する。

「ごちゃごちゃうるさいぞ! 味見しただけだと言ったろう!」

 複数の粗野な男達が、売り物のレモンやオレンジを勝手に(かご)から取って立ち去ろうとしていた。品物を籠ごと持ち上げ、丸ごと奪って行こうとするずうずうしい(やから)もいて、店主に金も払わずに威張(いば)っている。

「味見にしては、量があまりにも。せめてお代を払ってくださいませ」

 手を合わせて頼む露天商を、男は無下にも足蹴にした。

「おまえ、誰のおかげでこの界隈で商売できると思ってるんだ! 宰相様に逆らえば、お前ら全員、縛り首にされたって文句は言えないんだぞ! この品は、国に治める税金代りだと思っとけ!」

 耳を疑う暴言だった。

 宰相の名を(かた)る数人のならずものから絡まれているのは、頭部にターバンを巻いた、アラブ系の露天商だった。売り場の棚を蹴られ、陳列していた西瓜(すいか)がごろごろと落ちて割れる。大声で商人に難癖をつけながら、正規の税徴収役人とは思えない風体の乱暴な男たちは、割れた西瓜をさらに踏みつけ、ぐちゃぐちゃにした。

 近隣の店員や通りを行く市民たちは、誰も彼らと目を合わそうとしない。息をつめ、騒ぎが収まるのをじっと待っている様子だった。


「なんだなんだ、穏やかじゃねぇなあ」

 のんびりした口調で片手を目の上に(かざ)したのは、無精ひげの若い商人だ。

 コンスタンティアは、その時にはもう騒ぎの渦中に向かって早足に歩き出していた。緩い石畳みの坂道を大股で登っていく。

 果物売りの店主の胸倉をつかみ、拳を振り上げていた男に対し、コンスタンティアはその手を掴んで毅然と言い放った。

「いったい何の騒ぎです。ここは、国王陛下のお膝元の街ですよ。庶民に乱暴な真似はおよしなさい」

「なんだコラ、修道女ふぜいが出しゃばるな!」

 突き飛ばそうとしてきた男の腕を、コンスタンティアは身軽に上体を(ひね)って躱した。

 まさか女に、あっさり()けられるとは思わなかったのだろう。男はたたらを踏んで、前によろけた。コンスタンティアは、態勢(バランス)を崩した相手の左足首に軽く蹴りを入れた。がさつな男はそれだけで、無様に横転した

「あら、ごめんなさい。足が長くて」

 しれっとした顔でコンスタンティアが(うそぶ)くと、それを見ていた残りの男たちが一気に殺気立った。

「この(アマ)、俺たちをいったい誰だと」

「知らないけど、少なくともあんたたちに余分な税金を取り立てる権利はないはずよ。商品の代金を払って、さっさとお帰り!」

 もはや王女だと名乗るのも面倒だった。タンクレーディの配下にしては、こいつらは素性が悪すぎる。理不尽に乱暴され、怯えきったアラブ人の露天商を守るように立ち、コンスタンティアは臆せずに言った。

「文句があるなら王宮までいらっしゃい。話は聞いてあげるわ」

「はっ! バカが。王宮に行けば、宰相閣下が味方してくれるのは俺たちのほうだぞ。生意気な女め。いいからやっちまえ!」

 コンスタンティアに蹴り転がされた男も含めて、相手は六人だ。それがたった一人の修道女を取り囲み、いたぶろうとする。

 しかし彼らがコンスタンティアを包囲し終える前に、三人の修道騎士が無頼漢の前に立ちはだかった。

「ロレンツォ!」

 主人から許しを受け、ロレンツォが素手で相手をする。さすがに城下で剣を抜くのは控えた。市民に血糊を見せるのはよろしくない。

 残り二人の修道騎士も同様に、殴りかかってくる相手とそれぞれ得意の長棍や拳術で応戦した。三対六での小競り合いが始まった。

 最初にロレンツォが一人殴り倒した。すぐにまた別の相手を見つけ、取っ組みあいになる。

 ならずものが二人、同時にコンスタンティアに襲い掛かって来た。それでも(ひる)まずにコンスタンティアが身構える。が、相手はナイフを振りかざしてきた。

 その後方からぬっと太い右腕が伸びてきて、ナイフを持った悪漢の首を締め上げた。さらに右手で武器を持っている男の手首を変な方向に強く()じる。男が叫び、手にしていた凶器が地面に落ちた。

 たくましい腕で男の首を締め上げているのは、あの赤みがかった金髪の背が高い青年だった。もう一人の男には、若干背が低い方の無精髭の商人が、不敵な表情で楽し気に殴りかかっている。

「怪我は?」

 背が高いほうに尋ねられ、コンスタンティアは首を横に振った。

「ないわ」

「よかった」

 彼は首を絞めている男が気絶したのを見て、腕を離した。

 無精ひげの商人も、相手を見事に殴り倒した。

「大丈夫ですか、災難でしたね」

 コンスタンティアは地面に座って頭を抱え込み、縮こまっていたアラブ系の露天商に手を貸し、助け起こしてやる。

 警笛の音がした。街の警吏が騒ぎを聞きつけ、ようやく出動したようだ。馬に乗っている兵士もいる。その中にはパレルモ大司教の黒い僧衣姿もあった。王宮からわざわざ出張ってきたらしい。

「王都で騒動を起こすとは、不届きな奴らめ! 全員しょっぴいてやるぞ!」

 警吏兵が怒鳴ったのは、露天商に絡んだ無頼漢たちではなくて、コンスタンティアと修道騎士たちに向けてだった。

 唖然とし、一瞬言葉を無くしたコンスタンティアが何か警吏に言い返すよりも先に、あの無精髭の商人が怒鳴った。

「おいおい! 俺たちゃこの品の()えたかりのゴロつきどもをとっちめてただけだぜ。捕まえるなら、こいつらの方だろうがよ!」

 泥棒だぞ、と説明しても警吏兵は不遜な態度を改めない


「黙れ外国人め! 王都の警吏兵に意見するとは、生意気な。公務執行妨害で即刻逮捕するぞ!」

「お待ちなさい、この場は私に任せてください」


 そう言って仲裁したのはパレルモ大司教だ。馬から降りると、彼は地面に倒れて呻いている六人の男たちの惨憺(さんたん)たる様子を見て、やれやれと言うように首を左右に振った。

「去るがいい。そしてしばらくは、城下に近寄るでない」

 静かな口ぶりだが、叱責されているのを男たちは察したようだ。修道騎士に殴られて腫れた頬や顎を押さえながらも、どうにか立ち上がると、気絶したりまだふらふらしている仲間を互いに支えあい、すごすごと退散していった。

 パレルモ大司教は、改めてコンスタンティアと向き合い、深々と頭を下げた。

「この場はどうか、お引き取りを。あやつらには私から後で厳重に注意しておきますので」

 コンスタンティアは不信感を隠さない目で大司教を見据え、頷く。

「わかりました。今回は、あなたの顔を立てましょう」

 あの粗暴な連中とタンクレーディ、それにパレルモ大司教が、いったいどういう風に裏で繋がっているのかは気になるが。ここで詰問したところで、謎が解けるどころか、はぐらかされるだけだろう。

 警吏兵や街の住民が大勢見ている場所で、コンスタンティアもこれ以上事を荒立てるつもりは無かった。

 それに、さっきから不思議そうにこちらを見ているあの二人組の若い商人に、自分がシチリア王女だと知られるのは何となく嫌だった。

 パレルモ大司教は、警吏兵を連れて王宮に引き上げていった。


 コンスタンティアは、売り物を滅茶苦茶にされて意気消沈している露天商人を優しく慰め、半壊した屋台を直すのを手伝ってやる。

 あらかた片付いたところで、大事なことに気がついた。

「結局あいつら、まったく代金を払わなかったわね」

 奴らに踏まれ売り物にならなくなった商品の分も代りに私が、とコンスタンティアが代価を払おうとすると、その横からひょい、と小さな巾着袋が差し出された。

「何これ?」

 袋を摘まんで笑っているのは、顎にまばらに生えた無精髭が妙に魅力的な、あの若い商人だった。彼は悪びれずに言う。

「これで十分足りるんじゃね? あいつらと取っ組みあった時に、こっそり抜き取っておいたんだ」

 財布だった。中を見れば、ぎっしりと銀貨が詰まっている。

「こいつは手癖が悪くてね」

 赤みがかった金髪の青年が、呆れた表情で相棒を指し示す。

 目を丸くしていたコンスタンティアは、ぷっと噴き出した。

 財布の中身は困っている露天商に渡し、改めて彼らと向き合う。

「ねえお二人さん、いろいろ手を貸してくれたお礼がしたいのだけど。これから一緒にお昼を食べに行くのはどう?」


 もちろん、二人組が誘いを断ることは無かった。


第三章⑵に続きます

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