固い同盟
第九章⑵
メッシーナの外では、帰還しようとしたタンクレーディと、それを追う神聖ローマ・イングランドの同盟軍とが、熾烈な戦闘を繰り広げていた。
タンクレーディも一端の戦果を持つ猛将だ。後ろから不意打ちを食らったとはいえ、そう簡単には降伏しない。圧倒的に不利な状況でも負けじと、善戦している。とにかく堅牢な城壁で守られているメッシーナの中にさえ入ってしまえれば、どれだけの軍勢に包囲されようが持ちこたえられる自信はあった。
「一時でいい、ここで防げ! 我らはメッシーナへ帰還する!」
メッシーナ正面の門は締まっていた。伝令の兵士を先行させ、門を開けておくように命じる。帰還できたら全ての城門を閉ざし、籠城しながらイタリア本島へ援軍の使者を送るのだ。
レッチェ伯領に残しておいた軍勢に加え、北イタリアの同盟者と、教皇庁にも援軍を出させる。こんな劣勢は、すぐに挽回してやる。
タンクレーディが一部の兵士と共にメッシーナへ帰還を急ぐのとほぼ同じ頃、コンスタンティアたちも街の正門に到着していた。
「逃がしませんよ! ここから先へは一歩も行かせません」
馬に跨り、大勢の修道騎士に周囲を守られているパレルモ大司教が、門の手前で待ち構えていた。
「しつこい野郎だな、あんたも」
呆れた調子でカルロスが眉根を下げる。
「黙れ痴れ者が! 好き勝手に跳梁しおって、今からたっぷり思い知らせてやるぞ」
「えー、何するのー、カルロスこわーい」
別に怖くもないくせにふざけるカルロスに、コンスタンティアは軽く頭痛を覚えた。
当然、からかわれたパレルモ大司教は顔色を変えて激昂する。
「皆の者、かかれ! 女王以外の男は皆殺しにしてかまわん!」
悪役っぷりに自分でも酔っているかのような表情で大司教が命じた。
物騒な武器を構えた傭兵たちが、包囲の輪を徐々に狭めてくる。
ハインリヒ、カルロス、ロレンツォ、さらにコンスタンティアも応戦の構えを取って敵と対峙する。
一触即発の緊張感を砕いたのは、正門の重い扉が開く音だった。
「何をしている。誰が門を開けろと命じた!」
パレルモ大司教が怒鳴ると、門衛の一人が駆け寄って説明した。
「レッチェ伯爵閣下のご帰還です!」
「そうか、戻られたのか!」
ならば、お迎えしなくてはならない。喜色を顔に浮かべ開門の様子を眺めるパレルモ大司教が目にしたのは、タンクレーディの姿ではなく、神聖ローマ帝国の兵士が一気になだれ込んでくる光景だった。
「なっ……何ぃッ!」
それはハインリヒがメッシーナ近辺に待機させていた別動隊だった。門衛に変装したハインリヒの部下がタンクレーディの帰還を偽り、門を開けさせて突入してきたのだ。
パレルモ大司教の傭兵の優に三倍はいる兵士が突入し、彼らを取り囲んだ。教皇庁の修道騎士や傭兵たちを、瞬く間に制圧する。
「形成逆転だな、おい」
カルロスに皮肉を言われ、パレルモ大司教は顔を引きつらせた。
さらにコンスタンティアが追い打ちをかける。
「イオ・サルヴァート! タンクレーディは我が軍に追われ、ここにはもう戻れない。イングランドの王子リチャードは、我らに加勢している! 諦めて降伏しなさい!」
簡明に事実を告げたコンスタンティアだが、パレルモ大司教は彼女の言葉を信用せずはったりと決めつけ、抗弁した。
「何を馬鹿なことを。気でも狂われたか」
「お前が知らないだけの話よ! 我がシチリア王国と神聖ローマ帝国の皇太子、さらにイングランドのリチャード王子は固く同盟を結んだのだ。もはやお前に勝ち目はない。あれをよくごらん! 風にひるがえるあの旗を!」
コンスタンティアが門の外に向かって指を突き出した。
言われて見れば、城門から丘の麓へ続く坂の下で、激しく争う兵士達の姿があった。
押されているのはレッチェ伯爵の軍。攻めているのは、神聖ローマ帝国とリチャード王子の軍だった。風に揺らめく軍旗の紋章を見て、パレルモ大司教は我が目を疑う。
「ま、まさかそんな……!」
本当に、タンクレーディが劣勢になっている。
土煙を上げながらぶつかりあう軍勢の中から、メッシーナの門に向かって駆けてくる複数の騎影があった。
旗持ちの騎兵が掲げているのは、赤地に黄金の獅子の紋章だ。リチャード軍の騎士である。
「殿下! 殿下ー!」
主人の姿を求め叫びながら駆けてくる騎士に向かって、カルロスがのんびりと片手を上げ、呼びかけた。
「おう、伝令ご苦労。タンクレーディを見事捕らえたか?」
「それが、奴の反撃が予想以上に激しく。未だ敵将を捕らえるには至っておりません」
前線指揮官からの伝達は、ぜひとも主将であるリチャード王子に戻って頂き、全軍の指揮をお願いしたいとの要請だった。
「何だ情けないな。俺がいないとダメなのか、お前らは」
カルロスは大げさに両手を上に向け、肩をすくめた。
「しようがない奴らだな。早く俺の馬をここへ引いて来い! 行くぞハインリヒ、俺とお前、どっちが先にタンクレーディの野郎の首を獲るか、競争しようぜ」
「いいだろう」
ハインリヒは片手を上げ、メッシーナの城門付近で待機させていた部下に合図した。神聖ローマ帝国軍の騎兵が、すぐにハインリヒの馬を引いてくる。
「お前達はメッシーナ市内に駐留し、パレルモ大司教を捕らえよ。ローレンス、現場の指揮とコンスタンティアの警護を頼んだぞ」
言うや、ハインリヒはカルロスと共に坂の下の戦場へ向け、駆け戻って行った。
ハインリヒに命じられた帝国軍兵士らが、パレルモ大司教を捕縛しようとする。
「お前たち、防げ!」
パレルモ大司教は慌てて自分の傍にいた修道騎士に防戦を命じ、メッシーナの裏門に向かって馬で走り出した。彼の後に数人の修道騎士が護衛として付き従う。
「待ちなさい! 誰か、馬を貸して!」
絶対に逃がすものか。コンスタンティアは、近くにいた騎兵から半ば強引に馬と弓を借り、逃走する大司教の後を追った。
「コンスタンティア様!」
ロレンツォが彼女の後をさらに追おうとするが、大司教が逃げる時間を稼ぐために、教皇庁所属の修道騎士が割って入って妨害する。
「どけ!」
捨て身で抵抗する連中の反撃は激しい。彼らと戦っている間に、コンスタンティアと大司教の姿はすでに見えなくなっていた。
ハインリヒとカルロスの一隊がメッシーナ市を出た直後、決死の思いで逃げ込もうと帰還したタンクレーディの軍と鉢合わせした。
「タンクレーディ!」
気づいたハインリヒが馬上で剣を抜き、恫喝する。
「おやおや、仮にも総大将が前線を放棄して逃げ帰るとは。武人の風上にも置けん奴」
カルロスに揶揄され、タンクレーディのこめかみに太い青筋が浮く。
「誰だ、貴様は――いや待て、その顔……。まさか、そんなはずはない」
タンクレーディはカルロスのにやけた表情を見て驚愕していた。
自分が良く知っている人物の顔と酷似している。いや、彼よりもずっと野卑な印象で態度も口調も悪いが。余りにもよく似ている。まるで生き写しだ。
「リチャード王子……?」
カルロスの笑みが深まる。
「よく似てるだろ、俺の影武者は。ま、俺のほうが五割増しでイイ男だけどな」
タンクレーディが以前離宮へ招いて接待したのは、正真正銘カルロス本人だったが、それ以後の会談に出向き何度も交渉した『リチャード王子』は、実は本人とそっくりな替え玉だった。
離宮での初会見以降、本物はずっとハインリヒと行動を共にし、妹であるジョーンを救い出す機会を狙っていたのである。
「ふざけた真似を……! よくもこの俺を謀ったな!」
「人様の大事な可愛い妹を交渉の材料にするような下衆野郎と、この俺が本気で手を組むと思ったか?」
カルロスは、――いや、もうリチャードと呼ぶべきか――さっきまでの軽妙な口調と表情を消し去り、本気の憤怒を露わにすると、闘志を炎に変えて両目をぎらつかせた。
「てめえは俺がぶっ潰す。可哀想なジョーニィの代りに、殺された亭主の仇討ちをしてやらにゃならん」
「おい、奴の首を獲るのは俺だぞ」
ハインリヒもリチャードに負けないぐらいの物騒な目つきでタンクレーディを睨む。コンスタンティアを何度も危険な目に遭わせ、無理やり結婚を迫った男だ。絶対に許すわけにはいかない。
「若造どもが。ぴーちくぱーちくと、よく囀る」
タンクレーディの冥い目にも剣呑な光が宿っていた。これ以上、生意気な若造どもに虚仮にされてたまるか。俺の実力を、この餓鬼どもに嫌というほど思い知らせてやる。
「行くぞ!」
ハインリヒの声と同時に、リチャードが突撃した。
「おうとも、かかって来い!」
返り討ちにしてくれる。タンクレーディは、鞍に引っ掛けていた大型の斧槍を構え、野獣のように咆哮した。
第九章⑶に続きます




