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第九章 初恋成就

第九章⑴

 タンクレーディはメッシーナへの帰路を急いでいた。

 リチャード王子の本陣には使者を送り、ジョーン王妃の身の安全と引き換えに本気で神聖ローマ帝国軍を蹴散らして来いと強い調子で要請した。リチャード王子側からは、承諾した旨の返書が届いた。


「これでいい。後はリチャードに任せ、俺はメッシーナで高みの見物をさせてもらう」

 夜営を築き、軍を休ませているハインリヒを夜のあいだに襲撃させる。何度も実戦の経験があるリチャードと違い、ハインリヒは夜襲攻撃には不慣れなはず。他のシチリア貴族や義勇軍も同様だ。猛攻を受けて一網打尽にされるがいい。

 果報は寝て待て、だ。コンスタンティアも、事前にパレルモ大司教に指示しておいた計略で、そろそろ捕らえられているはずだ。

「俺の勝ちだな」

 余裕の笑みで馬を走らせていたタンクレーディの頭上で、夜空に突然出どころ不明の奇妙な花火が打ちあがった。

「なんだ、あれは」

 花火はメッシーナ方面の虚空を輝かせた。   

 しばらくすると、後方から別の花火が上がった。最初の花火に呼応するように夜空で輝き、瞬いて消える。

 花火を飛ばしたのは、南の方角。リチャード軍とハインリヒ軍が対峙しているあたりからだ。

 なぜだか急に胸騒ぎがした。

「閣下、あれは一体」

「わからんが、急いでメッシーナへ戻るぞ。隊列を整え直せ」

 不測の襲撃に備えるよう、兵士に陣形を整えろと命令を出す。

 首筋に悪寒を感じ、タンクレーディは馬上で振り返った。

 後方からもうもうと土煙が上がっているのが見えた。距離はまだかなり離れている。しかし、着実にこちらへと接近しつつあった。

「あれは……」

 月明かりの下で目を凝らす。左手には闇に浮き上がるメッシーナ海峡の黒い水平線があり、右手には、なだらかな丘の稜線が広がる。

 その合間を貫いている街道の向こうから、こちらを目指し無数の騎馬部隊が蹄の音も高らかに迫っているのが見えてきた。

 月光の下で踊る、彼らが掲げた旗の紋章は。

 タンクレーディは無意識に手綱を強く握りしめた。怒りで拳がぶるぶると震えだす。食いしばった歯の隙間からは、呪詛のような息がもれた。


「おのれ、リチャードめ……! 裏切ったな!」


 カルロスに言わせれば、残念、俺は最初からお前の味方をする気なんざなかったぜ、ということになるのだろう。

 双頭の鷲の紋章と並び、赤地に黄金の獅子という、イングランドが誇る軍旗が夜風にはためく様子を見たタンクレーディは、自分が圧倒的優位な勝者の立場から一転して、窮地に陥ったのを知った。



 メッシーナ市の街路では、パレルモ大司教が教皇庁から連れてきた修道騎士団と彼が個人的に雇い入れていた私設の傭兵部隊が出動し、コンスタンティアたちと激しい交戦状態に陥っていた。

「城門を全て閉ざせ! 奴らを断じて街の外に逃してはならん!」

 タンクレーディが戻ってくるまで、なんとしても持ちこたえ、メッシーナを死守するのだ。侵入者どもを全員始末し、コンスタンティアの身柄だけでも奪取できれば状況はすぐに逆転できる。

 我々は、まだ負けたわけではない。

 追っ手からの執拗な攻撃を振り切りながら、コンスタンティアたちは、メッシーナの正門に向かって走っていた。

「さっきの信号で俺が平原に残してきたイングランド軍と帝国軍が連動して動き出したはずだ。タンクレーディの首さえうまく取れれば、今回の戦闘(ゲーム)は俺たちの勝ちで終了。それまでは、せいぜいあいつらと鬼ごっこでもして愉しんでようぜ?」

 カルロスはそう言って豪快に笑うのだが、コンスタンティアにはこんな状況、とてもじゃないが楽しめない。緊迫した命のやり取りを楽しもうなんて気分にはなれない。

「あなた頭がおかしいんじゃない?」

「あー、よく言われてたかも。親父とか死んだ兄貴とか弟とかに」

 (ジョーン)さえ無事に避難させればこの男、後のことはわりとどうでもよかったらしい。

「とにかく、一旦市外へ出よう。こっちの路地が正門への近道だ」

 事前にメッシーナ市内の地図を読んで道順を頭に叩き込んできたらしい。用意周到なハインリヒが冷静に先頭を走る。

 パレルモ大司教も自分の命と政治的な進退がかかっているから必死だった。なりふり構わない調子で屈強な修道騎士や傭兵部隊を途切れなく投入してくる。

 街の中心に立つ物見の塔から、信号的な(かね)の音が高らかに響いた。おそらく塔の上にいる兵士が、コンスタンティアたちの動く方向を高所から見て確認し、下にいる兵士に指示を送っているのだ。やつらは路地から正門に向かっているぞ、と。

 塔からの合図に気づいた教皇庁の修道騎士が、ハインリヒ達が通過しようとしていた細い路地の出口に先回りして来た。

「このままだと、ちょいまずくね?」

 カルロスが背後を見て笑いながら言う。路地の反対側後方も、大司教の傭兵によって道を塞がれてしまった。挟み討ちだ。

「正面突破だ。来い、カルロス! ローレンスは女王を守れ!」

御意(ぎょい)!」

 ハインリヒとカルロスが二人で血路を開きにかかる。それはまるで猛禽(もうきん)が羽ばたき、鋭利なくちばしと蹴爪で獲物を仕留めるかのような鋭い速攻だった。

 ハインリヒとカルロスの連携攻撃は、まさに『双頭の鷲』と『黄金の獅子』による

猛烈な一撃だ。歴戦の修道騎士達がばたばたと倒され、通路が解放される。背後にいた傭兵はロレンツォが蹴散らした。

「行くぞ!」

 ハインリヒの掛け声に、コンスタンティアも頷きながら従った。


第九章⑵に続きます

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