再会
第八章⑷
メッシーナ市の丘の上に立つタンクレーディの別邸は、堅牢な石材の高い壁で全体を囲まれており、さながら要塞のようだった。
庭に植えられている大きな楡の木。館の裏手の石塀の近くで豊かに葉を茂らせているその太い枝に、塀の向こう側から投げられた鉤つきロープがぴしりと絡まる。しばらくすると、ロープを伝って身軽に外から壁をよじ登って来る男がいた。カルロスだ。
カルロスと彼の配下の水夫たちは、ロープを使って悠々と城壁を超え、木の枝に飛び移ると、音もなく軽やかに裏庭へ忍び込んだ。
カルロスは無言で手信号を送り、数人の部下を裏庭の各所へ配備する。
ある者は弓を背負い、高い木の上や塀の上に登って高所から援護する構えを取った。他の者は灌木や渡り廊下の列柱の陰に身を潜め、襲撃の機会をうかがった。
カルロスは気楽な足取りで、館の裏口に向かって歩いて行った。
「おい、そこで何をしている!」
当たり前だが、出入り口を守る護衛の兵士に気づかれる。
「よう。いい夜だね」
カルロスは逃げも隠れもしない。にこりと笑い、片手を振って挨拶する。
その場の兵士は呆気にとられた。こんな図々しい侵入者は見たことがない。しかし、城に侵入した者は容赦せず排除せよと、城主のタンクレーディから厳命されている。
「曲者め!」
剣を抜いて臨戦態勢になった兵士らを前に、カルロスは余裕の笑顔で、右手を自分の腰の後ろに回した。そこには、丸めて束ねた万能ロープがベルトに引っ掛けてあった。
船乗りは、ロープワークの妙技に熟練している。束ねた縄を素早く取って構えると、カルロスは手前の兵士に勢いよく投げつけた。
ロープの先には鉄の錘がついている。放たれた縄は、まるで鞭のようなしなやかさで空中を走った。鉄の錘が兵士の手から剣を弾き飛ばす。空中で弧を描く剣の柄に、縄が絡みついた。柄に絡ませたロープを操り、カルロスはその剣を持ち主だった兵士の胸に突き刺した。男は自分の剣を抱くように倒れ、血を吐いて動かなくなった。
直後にカルロスは手首を返し、空中でうねるロープを別の兵士の首に絡みつかせた。まるで生き物のように自由自在に動く縄が二人目の犠牲者の太い首を締めつけ、地面へ引き倒す。
遠距離からの連続攻撃に兵士は成す術もなく翻弄され、次々に倒れた。
カルロスのロープテクニックは、まるで貴婦人をリードしながらダンスしているかのような優雅さだが、同時に危険な舞だった。近づく者は生かしておかない、死の舞踏。
複数の兵士がカルロスに向かって弓矢を構えた。途端に裏庭から矢が放たれ、彼らが弓弦を離すより早く眉間と喉を貫通した。突如襲撃されたタンクレーディの兵士らは、声も無く絶命する。
後方に展開したカルロスの部下からの援護射撃だった。
その合間に、カルロスは手繰り寄せた万能ロープを素早くまとめて空中に向け、高く放り投げると、空いた両手で革帯の両脇に吊っていた小型の手斧を構えた。前方から剣で襲いかかってきた衛兵二人に投げつける。回転しながら飛ぶ手斧はそれぞれの胸と額に突き刺さり、兵士は即死だった。その直後、空中から落ちてきた万能ロープの束をカルロスは片手で受け止め、革帯の後ろに引っ掛ける所定の位置に戻した。
わずか数秒の出来事だった。
カルロスは手信号で一部の部下を裏口周辺の警戒に残し、残った数人を引き連れて、館の中に入って行った。
監禁された部屋の奥で、ジョーン王妃は眠れない夜を過ごしていた。
いくら待遇は良かろうとも、所詮は豪華な牢屋に無理やり押し込められている身だ。こんな境遇は納得できないし。虜囚生活に慣れようはずがない。
はあ、と何度目かの深い溜息をついた時、邸内が騒がしくなった。
タンクレーディが戻ってきたにしては、様子が変だ。何かが倒れたり、壊れたりする乱雑な音が何度も響く。遠くで荒々しい怒声や悲鳴が聞こえ、ジョーンは身構えた。
急いで周囲を見渡し、何か身を守る武器になるものはないかと探す。
コンスタンティアに逃げられた前例があるのでタンクレーディは用心し、見張り役の侍女が傍にいない時は、花瓶や手鏡など割れて凶器になりそうなものはすべて排除し、姿見すら置いてくれなかった。
卓上の水差しやコップも割れない木製なので、武器にはならない。
仕方なく、ジョーンは手近にあった椅子を細い腕で持ち上げた。いざという時には、これを相手に投げつけて反撃しようと決め、扉に向かって身構える。
外側から何かがぶつかる音がして、扉が大きく揺れた。誰かが体当たりでもしているようだ。ジョーンは息を飲んだ。何者かは分からないが、少なくともタンクレーディの配下の人間ではない。もしそうなら鍵を開けて入ってくるはずだ。
数秒後、扉は向こう側から勢いよく開いた。乱暴にドアを蹴り破ったカルロスが中に入って来る。
ジョーンは悲鳴をこらえるために歯を食いしばった。気丈にも、王妃は両手で椅子を斜めに振り上げ、侵入者に投げつけようと構えた。
「ジョーン、俺だ」
笑いを含んだその声は、とても懐かしいものだった。
カルロスは王妃を安心させるように物騒な武器を納め、手ぶらの両腕を大きく広げて見せた。笑顔だが、その手や頬は敵の返り血で汚れている。
「俺が分かるか、ジョーニィ」
ジョーニィ。忘れもしない、幼い頃の私の愛称。
在りし日の呼ばれ方に、ジョーンは掴んでいた椅子を床に落とした。
嬉しくて涙が滲んでくる。
彼と最後に別れた時、私はまだ十二歳の少女だった……。
「わかるに決まっているじゃない、リチャード……!」
心の中で信じていた。きっと彼が私を助けに来てくれると。
ジョーンは駆け寄り、ためらいもなくカルロスに抱き着いた。
「リチャード、リチャード……! ――ああ、私のお兄様!」
「驚いた。美人になったな、ジョーニィ」
六年ぶりに逢えた『妹』をしっかりと抱き止めたカルロスは――イングランド王国の王太子『リチャード』という本名を秘めていた男は――可愛い妹にもう一度逢えた嬉しさと無事に救出できた喜びで、少し掠れた声になった。
第八章⑸に続きます




