無血開城
第八章⑶
「巡回ご苦労だった! すぐに門を開ける」
メッシーナ市街の城門を守る衛兵隊の隊長が、部下に門を開けよと指示した。複数の兵士が回転ハンドルを用いて、鎖で繋がれた重い鉄の格子を素早く引き上げていく。
格子戸が上がりきると、不測の落下を防止する装置が掛かる低い音がした。
「今だ!」
カルロスが突撃の号令をかけた。街の中へ戻る哨戒兵の列に、側面と背面から同時に攻撃をかける。
コンスタンティアが指揮する部隊が哨戒兵を撹乱し、カルロスが主門を守る主兵力に猛攻撃をしかける一方、ロレンツォが率いる兵が落とし格子の下を駆け抜けていった。もう一度門を閉じようとしていた衛兵を排除し、あっという間に制圧する。
格子戸の制御ハンドルをロレンツォが掴んだ。
「急いで中へ!」
門の外で戦っている友軍に呼びかける。
コンスタンティアとカルロスの部隊が全員、城門の中に駆け込んだのを確認すると、ロレンツォが鉄の格子戸を落とした。追ってくる哨戒兵の真上に、太く鋭い杭となった格子戸の下段が高速で落下する。
数人の兵士が杭に押し潰され、残りは門外に締め出された。
「カルロス、あなたはタンクレーディの城へ行って、ジョーンを救って! 私は市長の館へ行き、降伏とすべての門の開放を求める」
「承知した。首尾よくやれよ!」
部隊は二手に分かれた。コンスタンティアはロレンツォと共に、メッシーナを預かる市長の館に続く夜の街路を駆け抜けた。
メッシーナの市議会は貴族と聖職者、有力な商人と裕福な豪農で構成された参議員によって運営されている。
その中の代表格である貴族で市長も務めているアルバーノ・ディ・キエーザ子爵は、居館の自室で就寝中、ただならぬ気配を感じてまぶたを開けた。
時刻は深夜だが、中庭に面した大窓から差し込む月明かりが室内をほのかに照らし、豪奢な調度で満たされた寝台の周囲が淡い光に包まれている様子が見えた。
目覚めたばかりでぼんやりとしていた子爵は、自分の喉元に剣の切っ先が向けられ、見知らぬ誰かに見降ろされている状況にようやく気づいて、慄然とした。
冴え冴えとした月光が研ぎ澄まされた鋭い刃金を照らし、銀色に反射する。
けだるい眠気は一瞬で吹き飛んだ。
「な、なにごと……ッ」
護衛はどうした。高い給金を払って常時館の警護を任せている、ノルマン系の屈強な傭兵たちはどこだ。なぜ、主人の寝室に賊が侵入するのを易々と許した。
部屋を見渡しても、彼を守ってくれる兵士は一人もいなかった。
強盗か。よかろう、金や宝石ならば幾らでもくれてやる。だが、生命だけは勘弁してくれ。
「金ならやる。いくらでもやるから、まず話し合おう」
恐怖に強張り、もつれて上手く動かない舌で、子爵は必死に交渉しようとした。
「キエーザ子爵。招待もされぬのに、夜分に突然館を訪問した事を、まずはお詫びしておきます」
市長にそう呼びかけてきたのは、涼やかで知的な響きを帯びた、若い女の声だった。
「わたくしはコンスタンティア・ダルタビッラ。シチリアの女王に名乗りを上げた者。安心しなさい。あなたに危害は加えません」
子爵の寝台の脇に立つコンスタンティアは、まばゆい月明かりに照らされて、まるで地上に降臨したばかりの女神か、天使のような威厳を発していた。
「じょ、女王陛下で、あらせられまするか……!」
コンスタンティアの檄文は、もちろんメッシーナにも届いている。
宰相タンクレーディとの癒着が深い市長は、突然の事態におののき、寝台の上で身を強張らせながら、たらりと油汗をかいた。
危害は加えないと言いつつも、子爵に無言で切っ先を突きつけているロレンツォは、放つ殺気を抑えるどころか全開にしている。
わざと険しい顔をして、子爵を剣士の気迫で威圧する。
彼らが館のこんな奥まで侵入しているということは、頼みの綱の傭兵は全員倒され、すでに制圧されてしまったのだ。もはや助けは来ない。
子爵はあっさり降伏した。抵抗するだけ無駄だと悟る。
「わ、私めに、いったい何の御用でございましょう。女王陛下」
「メッシーナをタンクレーディから解放したい。ただちに全ての街の門を開きなさい。そして、私が率いる軍が駐留することを受け入れるのです」
無血開城。無条件降伏。
コンスタンティアの要求に、キエーザ子爵は日頃の美食と怠惰な生活で弛んだ頬を、ひくひくと痙攣させることしかできなかった。
第八章⑷に続きます




