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立案

第八章⑵

 両軍勢はメッシーナの南、レトイアンニの街にほど近い海沿いの低地に広がる平野で最初にぶつかりあった。

 タンクレーディは、コンスタンティアを支持するシチリアの貴族と神聖ローマ帝国の連合軍が現在拠点とする、タオルミーナ市周辺の街を焼き討ちにしようと強襲したが、無慈悲な焦土作戦は事前に阻まれる格好となった。

 ハインリヒは陣頭で指揮を取り、タンクレーディ軍の南下を首尾よく抑え込んだ。

 しかし両軍の勢力は拮抗し、戦局は決することなく、一両日が過ぎた。


「やはり、ジョーンを先に救出しないと。この上イングランドの兵士に参加されたら、戦力の均衡が崩れてしまうわ」

 なぜかリチャード王子の軍勢は、後方の陣地で防御(まもり)に徹したまま、動かない。いまは様子見なのか、それとも他国の内乱などに本気で加担する気はないという、彼の無言の意志表示なのか―。

 イングランド軍の意図は読めない。ならば、彼らに本格的に動かれる前に、こちらが先に手を打つべきだ

 作戦会議で、コンスタンティアはメッシーナ城内に居るジョーンの救出を提案した。

 小数部隊を編成し、密かに主戦場を離れ迂回して、タンクレーディが留守にしているメッシーナの城を襲い、落とすのだ。

「面白い! その案、乗った! 別動隊は俺が指揮する」

 カルロスが奇襲部隊に立候補した。

「私も行くわ。タンクレーディが前線に出ている今、メッシーナ市は守備がガラ空きのはずだもの」

 襲撃に備えて街の前面には兵士を集中しているだろうが、後方にまで守備兵を回せる余裕はないはずだ。

「だめだ。余りにも危険すぎる。第一、奴が本拠地の防御を(おこた)っているとは思えない」

 ハインリヒが懸念を示す。カルロスが参戦するのは心配ないが、コンスタンティアが自ら敵地に乗り込んでいくという危険は犯せない。絶対反対だ。

「そんなに頭から反対しないで、少し考えてみて。私が姿を見せて名乗りを上げれば、メッシーナの領民はタンクレーディを締め出すと思うの。彼は本拠地に帰れなくなり、孤立する。メッシーナはタンクレーディにとって補給の要所よ。あそこを奪われたら、この先戦線を維持することはできなくなる」

 レッチェ伯領へ戻ろうにも、メッシーナが落ちてしまえば海峡を渡る船が出せない。逃げ場を失ったタンクレーディは自滅するか、降伏するしかなくなる。

 無血開城を迫るには、コンスタンティア自身が行って市長らを説得するのが重要だ。ドイツ人のハインリヒでは最初から交渉にならないし、他の諸侯が女王の代理で使者になってもダメだ。こちらの誠意が伝わらない。

 その理論の正しさはよく分かる。戦術的にも有効な作戦なのは重々承知しているが、それでもハインリヒは承諾できない。

「心配するな。俺がついてる。このじゃじゃ馬お姫さんのお(もり)は、俺に任せとけ」

「私も一緒に参ります、殿下。コンスタンティア様の警護は、私にお任せ下さい」

 カルロスに続き、ロレンツォまで奇襲部隊に志願するのを見て、ハインリヒの表情が揺らぐ。

「ハインリヒ。あなたは残って、本隊の指揮をとってくれなくてはいけないわ。ここにタンクレーディ軍を引きつけて、私たち別動隊の動きを彼には気づかせないで。それがあなたの大事な仕事よ」

 コンスタンティアの立てる案には、ハインリヒも文句をつける隙がない。

 前線の指揮官として、総大将として。連合軍全体を統括するのは、ハインリヒにしかできない重要な任務だ。

 こうと決めたら、俺が止めてもどうせ無駄なのだろう。

 ハインリヒは仕方がない、と言うふうに深く吐息をついた。

「わかった。わが軍の総帥は女王である君だ。君が決めた判断に従う」

 だが、頼むから無茶はするなよ。

 コンスタンティアを見つめるハインリヒの顔は、やはり不安そうで、普段にも増して切なそうだった。

「カルロス、ローレンス。二人に頼む。コンスタンティアを守れ。少しでも危険があるならすぐに退()け、いいな」

 語気を強めて、くれぐれも無茶は禁物と告げる。

「まかせとけって」

 相変わらずの気軽な口調であっさり請け負うカルロスに、ハインリヒは再度ため息をつくのだった。

 その日の午後、コンスタンティアを中心とする別動隊は、密かに主戦場から離脱し、丘を迂回してメッシーナへと向かった。


 日暮れを待ち、夜陰に紛れてメッシーナ市街に到着した一行は、海峡に近い街を囲む城壁付近に潜んでしばらく様子を窺っていた。

 今は全員、野戦用で機動性を重視した軽い革鎧姿である。

「動くのはもう少し暗くなってからだな。城外の警戒に出ている兵士が戻って交代する時に、城門の落とし格子が開くはずだ。そのタイミングを狙って襲撃し、一気に城内へ突入する」

 大胆な戦法を立てたのはカルロスだ。

 かなり無謀な作戦ではあるが、今夜中にけりをつけるには、城門の強行突破ぐらいはやってのけなければならない。

「市民にはできるだけ被害が出ないようにしたいの。とても難しいかもしれないけど、攻撃するのはできるだけタンクレーディの兵に限定して」

「わかったよ、女王様。あんたがリーダーだ。言うことに従うさ」

 カルロスが請け負ったとき、ロレンツォがメッシーナ市街と繋がる街道を戻ってくる哨戒兵の一団に気づいた。

 すでに日は落ち、辺りは宵闇に包まれ始めた。

 松明を掲げた兵士が、門衛に合図を送っている。

「来ましたね」

「よし、やつらの後尾につくぞ。正門の格子戸が開ききるギリギリの瞬間まで待って、突撃だ」

 タイミングは俺が測る、とカルロス。俺様が号令をかけるまで待てと言う。

 コンスタンティアは馬に跨り、手綱を掴んだ。

「くれぐれも慎重にね、カルロス。ロレンツォも。―あ、これからはもう、あなたのことはローレンスって呼ぶほうがいい?」

 ロレンツォは、声を立てずに小さく笑った。

「どちらでも、お好きなように」


第八章⑶に続きます

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