第八章 女王の旗のもとに
第八章⑴
タオルミーナ市を治める貴族には、すでにハインリヒが根回しを終えて、コンスタンティアを迎え入れる準備が整っていた。
タウロ山の中腹にある街の市民は、女王コンスタンティアを歓呼で受け入れ、城主のグァルデロ伯爵は、コンスタンティアにただちに臣下の礼を取り、忠誠を誓った。
「女王陛下を我が城へお招きできますこと、誠に光栄に存じます」
「ありがとう。まだ正式な即位式はできていませんが、あなたがたの助力には今後厚く報いることを約束します」
グァルデロ伯爵の城を前線基地と定めたコンスタンティア一党は、メッシーナ方面を睨みつつ、全国にタンクレーディ討伐の檄を送った。
この布告書に呼応して、タオルミーナ近隣のレトイアンニ、カステルモーラ、カラタビアーノといった地域の貴族がコンスタンティア陣営に参加することを表明して来た。
カターニア市内の有力貴族も次々と名乗りを上げた。カターニアの周辺都市からは、女子修道院長コンスタンティアを慕っている民が反タンクレーディを叫び、血気盛んな若い男たちは義勇兵となって馳せ参じようと、タオルミーナに大勢集まって来た。
「まず、タンクレーディに捕らわれている多くの人質を救わなくてはならないわ」
ジョーンはメッシーナで捕らわれているが、その他の人質たち、例えばメルト子爵の孫娘などは、それよりも若干警備がゆるい別の場所に監禁されていると、ロレンツォが調査結果を語った。
「所在はすでに調べがついています。我々がそこを襲撃し、人質を全員救い出します」
この作戦がもし成功すれば、メルト子爵を始めとする数多くの有力な宮廷貴族は逆賊タンクレーディから離反する。
「大変な任務だけれど、やってくれる?」
「お任せを。必ずや成功させます」
すでに綿密な作戦は立てている。メッシーナ市から徒歩で五時間ほどの距離にある、アリ・テルメという街に、ジョーンを除く人質の多くが集められているはずだった。
「人質を解放すれば、今後さらに多くのシチリア貴族が君の味方になるだろう。初戦に勝てば、民衆の支持も上がるはずだ」
俺も行く、とハインリヒは自ら作戦の指揮を取ることにした。
敵にとっても非常に重要な拠点だからこそ、多くの危険を伴う難しい戦闘になるはずだったが、ハインリヒとロレンツォが率いる神聖ローマ帝国の精鋭部隊は、一夜にしてアリ・テルメ城を陥落。 メルト子爵の孫を含む人質全員を見事に救出したのだった。
メッシーナにも、タンクレーディの呼びかけに応じた軍が続々と集まりつつあった。
アリ・テルメ城がコンスタンティアの勢力によって陥落し、重要な人質が解放された事実を知って、タンクレーディは怒りが収まらない。
まさかあの女が神聖ローマ帝国軍とつるんでいたとは。帝国軍がコンスタンティアのために動くなど、予想の範囲外だった。一体どうやって味方につけたのだろう。所詮は無力な女だと侮っていた。いや、女だからこそ、帝国軍をたらしこめたのか。
「このままでは決して済まさん! 俺に逆らう者の息の根を完全に止め、この俺こそがシチリアの支配者なのだということを、奴らに思い知らせてやるぞ!」
タンクレーディには、パレルモ大司教によって取りまとめられた教皇派の南イタリア貴族の多くが味方についた。それに加え、戦に長けていることで諸外国に有名なイングランドのリチャード王子が加勢する。
「かまわん。タオルミーナまで一気に攻め下り、都市を破壊せよ! カターニアを含むシチリアの東部一帯を焼きつくしてくれるわ!」
女子供とて容赦は無用。コンスタンティアを支持する地域の住民は皆殺しにしろと、タンクレーディは配下に命じた。
罪なき民衆を虐殺し、その血潮を見せつけてコンスタンティアに自分の行いがいかに愚かで無意味だったかを知らしめてやる。
軍勢を揃え、タンクレーディ自身も甲冑をまとい、陣頭に立つ。
「出陣の鉦を打て!」
自分の勝利を疑わない放胆な声が、兵士たちの畏怖を誘った。
同じ頃、タオルミーナの城下でも閲兵式が行われていた。
コンスタンティアのために集まったシチリア貴族の連合軍と一般民衆による義勇軍、それに神聖ローマ帝国の旗を掲げる騎兵たち。
「みな良く聞け! 今回の戦、我らが戦うのは帝国のためではない、全てはシチリアの女王のため、我らはこの地に集結した!」
陣頭で馬に跨り、兵士を鼓舞しているのはハインリヒだった。鉄の甲冑で身を包み、その上に総大将の黒い陣羽織を着込んでいる。
「女王を守らんがために、多くのシチリア友軍がここに結集した。我らは、掲げる旗の紋章はそれぞれ違えども、心は一つだ! 共に団結し、助け合い、総軍が一丸となってシチリア女王を守るのだ。兵士諸君よ!」
シチリア王国アルタヴィッラ王朝の軍旗は、武人の出らしく青い盾の上に斜めに走る赤白の格子模様だ。無数に掲げられたその旗に混じって、双頭の鷲の紋章が雄々しくも風にはためいている。
掲げられた多くの旗の中心に設えられた壇上には、コンスタンティアが立っていた。なめらかな曲線が美しい銀色の甲冑を身にまとった、勇ましい女武将の姿である。
ハインリヒは馬上からその美しくも勇壮な姿を眺め、惚れ惚れと目を細める。
「俺はドイツ人ではなく、ましてや皇子でもなく、ただ一人の騎士として、諸君と共に最前線で戦う。我が愛する女王のために、皆も剣を抜け! 弓を取り、共に戦え!」
応! と多くの兵士たちが歓呼の声で答えた。帝国軍の将兵だけでなく、シチリアの兵士も同調して奮い立っている。
女王のために上がる歓声は、高くなる一方だった。
「勇敢なる兵士たちよ! 汝らの女王が愛するシチリアの民を守れ!」
そう締めくくると、ハインリヒは滑るような身軽さで馬を降り、コンスタンティアが立つ階段状の壇の下で片膝をついた。
「女王!」
誇らしげに呼びかけ、豪胆な目つきで号令を待つ。
「女王よ。我らに進撃のご命令を」
神聖ローマ帝国の次期皇帝と定められた男が、コンスタンティアに対しまるで忠誠を誓うように頭を下げ、跪いている。
コンスタンティアは、自分が身震いするのを感じた。恐怖ではなく、熱い昂揚感で。
「この戦は、先王グリエルモ二世の弔い合戦でもある!」
ウィルのためにも、必ず勝つ。彼の無念を晴らしてみせる。
片手を上げ、凛とした声で彼女は命じた。
「全軍、出撃! 逆賊タンクレーディを討て!」
蒼雲を貫くような歓声が、女王の号令に応えた。
第八章⑵に続きます




