宣戦布告
第七章⑶
タンクレーディのもとに、コンスタンティアを捜索する先行部隊が戻って来た。
兵士がもたらした報告は、彼女がもうメッシーナ市内にはいないという結論だった。
悪い報せの直後に吉報が届く。タンクレーディが成果の得られぬ捜索を終え、疲れて城へ戻ってきた頃、カターニアに派遣していた兵士が王妃ジョーンを連行したのだ。
「ジョヴァンナ王妃様。陛下にまたお目にかかれて、臣は嬉しゅうございます。どうぞごゆるりと、我が城の中でおくつろぎください」
兵士によって強引に連れて来られたジョヴァンナは、この数日に渡りあまりにも恐怖体験が連続したせいか、逆に吹っ切れたのだろう。怯えたり震えたりするのをやめて、据わった眼をしていた。タンクレーディを前にしても、毅然と言い放った。
「私はイングランドのジョーン。ジョヴァンナじゃないわ! この無礼な兵士たちに、早く私の縄を解くようにお言い!」
タンクレーディは苦笑しつつ、兵士に命じた。
「縄を解き、部屋へ案内して差し上げよ。今後、扱いは丁重にな」
大事な人質なのだから―。あえてジョーンを見ながら言い、冷ややかな顔で見送るタンクレーディに、ジョーンは侮蔑の目線を投げて去った。
「さすがはアンジュー帝国の英雄、ヘンリー二世の娘か。あの女傑マティルダの孫だけあって、肝が座っている」
どうも自分は、気が強い女性に弱いらしい。タンクレーディは軽く自嘲すると、共に執務室にいたパレルモ大司教に向かって言った。
「リチャード王子と急ぎ連絡を取れ。事前に交渉した通りに、軍勢を伴って我が陣営に参加せよと」
「ただちに使者を送ります」
ジョーン王妃だけでも手元に取り戻せてようございましたね、とパレルモ大司教は、深くため息をついた。
だがやはり、コンスタンティアに逃亡されたのは痛い。
「私は一旦、パレルモ市に戻る。王都と宮廷だけは、確実に掌握しておかねばならん。お前はここで引き続き、王女の捜索を続けよ」
なんとしてでも見つけ出し、無傷で連れ戻せ。
タンクレーディの命令に、パレルモ大司教は優雅な一礼で応じた。
事態が急変したのは、次の日だ。タンクレーディがパレルモ市に向けて出立する前に食堂で軽い朝食を摂っていると、血相を変えた部下が小ホールに飛び込んできた。
「一大事にございます! 閣下!」
兵士の慌てようにも全く動じず、口元を丁寧にナフキンで拭い、ワイングラスを手に取って主人は応える。
「何事か。手短に話せ」
「申し上げます! メッシーナの街のいたるところに、このようなビラがばら撒かれていると、市長より連絡がございました」
ビラだと。それがどうしたと言うのだ。
手渡された羊皮紙に書かれた文面をざっと読み、タンクレーディは驚愕した。
そこに書かれていたのは、【シチリア女王コンスタンティア】の声明だった。王国宰相レッチェ伯タンクレーディを逆賊とみなし、討伐を命ずる檄文だ。
〝このわたくし、アルタヴィッラ王家の第一王女、初代シチリア国王ルジェーロ二世の末娘コンスタンティアは、シチリア王国の女王に即位することをただいまここに宣し、同時に逆臣レッチェ伯征伐を決意するものなり。全国の勇気ある諸侯並びに民衆が我と共に決起し、一致団結して逆賊タンクレーディを討ち果たさんことを、切に願う。祖国シチリアに、神のご加護があらんことを〟
「やられた……!」
手が滑り、ワイングラスが倒れて白いテーブルクロスを汚す。
ふざけた真似を。タンクレーディは、手元のナフキンを強く握りしめた。
檄文がばら撒かれているのは、ここメッシーナ市だけではあるまい。シチリア国内のいたるところに『逆賊タンクレーディ討つべし』の激が今も飛ばされ続けているのだ。放置すれば、これに同調する貴族はどんどん増えていくだろう。
まさか、あの女がこんなにも素早く動き出し女王宣言をかますとは。予想をはるかに超えていた。たかが女ひとり、何するものぞと侮っていた。
「パレルモ市に戻るのは中止する! 急ぎ軍勢を結集し、この城とメッシーナ市全域の防備を固めるのだ。いまメッシーナにいる将校を全員呼び出せ! 軍議を開く!」
リチャード王子の軍勢もメッシーナ市内で展開させる。北イタリアで教皇派の勢力に属する貴族にも援軍を呼びかけ、兵を提供させねばならない。
コンスタンティアとの全面対決に、タンクレーディは武者震いを感じていた。
第八章に続きます




