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決意

第七章⑵

 メルト子爵はあの時ハインリヒを殺すために襲ったのではなく、密かに助力を求めてきたという。

「子爵はタンクレーディに孫娘を拘束され、仕方なく奴の命令に従ってはいるが。彼は本心では、君を助けたいと願っていた」

 幕舎の中で鎧を脱いだハインリヒが、メルト子爵の辛い心中を明かす。

「それで俺は、君を助けるためにはもっと多くの仲間が必要だと判断し、メルト子爵と作戦を練った。子爵には、俺をタンクレーディの指示通り殺したことにして、しばらく時間を稼いでもらう。その間に俺が動いて、君を救助するための手勢を集める。まず、タンクレーディに反発しているシチリアの有力貴族を仲間に引き込む。メルト子爵は、同盟者に引き込めそうな人材を幾人も紹介してくれた」


 メルト子爵は、領内で死刑が確定している囚人の中から髪の色や背恰好、年代などがハインリヒと酷似している男を選んでその死体を利用し、崖下に落として彼の死を偽装した。

 疑い深いタンクレーディが自ら死体を検分すると言い出した時に備え、怪しまれないように入念に顔は潰した。崖下に転落した時に酷く損傷したのだと、タンクレーディは納得した。

「それから俺はカルロスたちと合流し、北イタリアに駐留している帝国軍の兵士を呼び寄せる使者を送りながら、メルト子爵と意志を同じくするシチリアの貴族たちと密かに協力する手はずを整えた。もう少しすれば、北からもっと援軍が来る」

 今この地域に集まっているのは、あらかじめハインリヒが密かに南イタリアの各地に忍び込ませていた、彼個人に仕える帝国軍の兵士だという。実はロレンツォも、数年前から密かにシチリア王国内に潜伏していた彼の密偵だったのだ。


「信じられない。だって彼は六年前からカターニアの修道院に仕える騎士だったのよ。私に仕える修道騎士になるからには、王府に身元も厳しく調査されたはずなのに……」

 他国の密偵の可能性がある人間が、こうもやすやすと選抜の目をかいくぐり、自分を護衛する騎士の隊長に推薦されるなど、本来なら、あってはならない。

 ハインリヒが、それだけ巧みに部下を潜入させたということなのか。はたまたロレンツォの潜伏の仕方が有能すぎるのか。

 コンスタンティアは、天幕の片隅でハインリヒの影のように控えているロレンツォを見て、深々とため息をついた。

「申し訳ございません。私はあなたをお守りするよう皇太子殿下から密命を受け、ノルマン系イタリア人のふりをして修道騎士となりましたが。以降はずっと、心を込めて、あなたにお仕えして参りました」

 騎士としての忠誠心に偽りはないが、任務のために素性を隠した。事情はどうあれ、結果的に(だま)していたことになる。貴女がお怒りになられても無理はない――。

 ロレンツォは、申し訳なさそうに目を伏せた。

「怒ってないわ。ただ、本当にびっくりしただけ」

「ローレンスは、俺が自由に使える騎士の中でも一番信頼できる男で、有能な武人だ。君の護衛には打ってつけだと見込んで、送り出した」

「護衛って? 何のために」

 コンスタンティアがきょとんとする。

「悪い虫よけだろ、ようするに?」

 カルロスが混ぜっ返すが、ハインリヒはきれいに無視した。

「タンクレーディは、その頃からもうシチリア宮廷を牛耳るために暗躍し始めていた。六年前にウィレルムス二世が正妃を迎えたのが転機だ。王に世継ぎができてしまうと、後々厄介になると考えたんだろう。王妃は幼く、すぐには懐妊しないだろうが、それも時間の問題だと焦った奴は、ヴェネツィアの商人との癒着を深めていった。表向きには貿易だが、裏ではかなり目立つ悪事を重ねていた」

 一連の動きを神聖ローマ帝国が各国に派遣している諜報員らが把握し、ハインリヒの耳にも詳しい情報が入ってきた。

「ヴェネツィアの商人がタンクレーディと組んで、生きた人間を商品として売り(さば)いていると分かったのは、ごく最近のことだ。ローマ教皇とも関係が深いヴェネツィア系の商人やタンクレーディが働く悪事を、俺は見逃せなった。親父(おやじ)も同意見だった」


 (あか)(ひげ)王フリードリヒは、ハインリヒがシチリアに行くというと、すでに大方の事情を察していたようだ。よかろう、悪徳商人をこらしめて来いと彼は言い、大事な皇太子を引き止めるどころか、事件を解決するまで戻ってくるなと、逆に発破(はっぱ)をかけたらしい。


「シチリアの政情は、神聖ローマ帝国に筒抜けだったわけね」

 帝国の情報収集能力の高さに、コンスタンティアは唖然となる。 

「王位簒奪(さんだつ)をもくろむ奴が、次に君を狙ってくるのは分かってた。ウィレルムス二世を亡き者にしたところで、君が次の王位継承者になるのはわかりきっている話だからな」

「おまけにこんな美人だし? あの中年エロオヤジがほっとくわけねえわなぁ」

「カルロス、うるさいぞ」

 ハインリヒが友人の下品な軽口を無表情にたしなめる。

「そんなことをずっと前から予測して。あなた、私を守ろうとしてくれていたの?」

 腹心の部下をあえて手放し、遠い異国に送って。さらに各地に派遣した密偵から得た情報を解析し、的確な指示を出す。一体その頃、あなた何歳(いくつ)だったのよ。早熟するにもほどがある。

「あんまり上手くは守れなかった」

 予想以上に何度も彼女を危険な目に()わせてしまい、色々と悔いが残っているようなハインリヒの苦い表情に、コンスタンティアは目を(みは)る。

「今回も、一時とは言え、君をタンクレーディに(さら)われる結果になった」

「あなたはいつだって、私を安全な場所に置こうとしてくれてたわ。それなのに、私が自分から無茶をして結局あなたを巻き込んだの。悪いのは私よ」

 コンスタンティアは反省する。ハインリヒの言う通り行動すれば、回避できた危険もあった。

 何よりも今は驚きでいっぱいだ。 知らなかった。自分がもう何年も前からずっと、彼に守られていたなんて。

 ちなみに、海賊船から脱出させた女性や子供達は、あの後すぐに船で現地に到着したカルロスとロレンツォたちによって全員無事に救助され、今頃はそれぞれの郷里に送り届けられている頃だそうだ。


「ところで、ジョーンは今どうしてるの? 無事なのかしら」

 いま一番気がかりなのは、ジョーンの安否だ。

 ロレンツォがそれに答える。

「申し訳ありません。我々がカターニア市まで救出に向かった時、王妃様はすでにタンクレーディの兵士によって拉致されてしまい、お助けするのが間に合いませんでした」 

「私と行き違いになってしまったのね」

 ジョーンを護衛していた修道騎士のダニーロとステファーノは、その時の戦いで傷を負ったが、二人とも命に別状はなくゲルマンの騎士に保護され、いまはカターニア領で治療を受けているという。


「王妃様のことは心配するな。必ず俺たちが取り戻すさ」

 その時ばかりは、普段の軽妙な態度や口調をやめ、引き締まった表情をするカルロスだった。

「さあて、こっから反撃の開始だ。それで、大将。俺たちゃ次に、どう動く?」

 カルロスの問いかけに対する唯一の答えをハインリヒは熱っぽい眼差しで見つめた。視線の先には、コンスタンティアがいる。


「俺たちの旗印は『双頭の鷲』ではなく君だ、コンスタンティア」

「私?」


 コンスタンティアは目を(しばたた)いた。

「そうだ。シチリア王国の正統な王位継承者。君がこの国の女王となり、全国に檄文を飛ばすんだ。タンクレーディを倒せと。そうすれば、心ある貴族や民衆は、必ずや君を支持する。タンクレーディがどんなに汚い手段を使って、多くの貴族や聖職者を味方につけようが、君が生まれながらに持つ正統性にはぜったいにかなわない。奴がそれでも諦めずに反撃するなら、その時は俺たちが全力で君を支える」

 神聖ローマ帝国の皇太子、ハインリヒが君を守る。

 これ以上頼りになる騎士団が他にあろうか。ハインリヒの勇気と誠実さ、揺るがない双眸(ひとみ)。カルロスの挑戦的な笑み。ロレンツォも信念のこもる表情で、頼もしげに頷いている。

 彼らが私の剣となり、盾となる。共に力を合わせ、戦ってくれる。

 コンスタンティアは胸の奥に深く息を吸い込み、一気に吐いた。

「わかった。シチリア王国は、シチリア人の手によって盛り立てられ、繁栄しなければならない。決して他国に守られるだけはでなく―」

 私自身が先頭に立ち、呼びかけるのだ。国民よ、立ち上がれと。

 覚悟を決めて、宣言する。

「シチリアを守るために。この国で暮らす全ての人たちを守るために―私が、女王になります」


 待っているがいい、レッチェ伯爵タンクレーディ。おまえにこの国の王権は、断じて渡さない。ウィルの仇は、この手で討つ。


「だから、ハインリヒ。ローマ王よ。どうか私に力を貸して」

 コンスタンティアは、決意を込めて求めた。

 当然だ、というように。ハインリヒを含む勇敢な男たち全員が、力強く頷いた。


第七章⑶に続きます

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