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奴隷船への侵入

第四章⑶

 岩場に大きな波が打ちつけている。満ち潮の時間帯のせいか、岸壁に吹く風は強く、切り立った崖に押し寄せる波はやや高かった。

 一艘の帆船が入江に係留されていた。岩肌が目立つ岸辺と船との間を、複数の小舟が往復している。乗組員が飲料水の樽や補給用の物資をせっせと運び込んでいるようだ。


「あの船の中に、捕らわれた人たちがいるのね」

「おそらくな。船員の数は、ざっと見て四十人ってところか」


 漕ぎ手の水夫は省略した、実戦部隊の人数だ。さすがにこの人員をたった二人だけで制圧するのは不可能だ。カルロスたちが来るのを待たねば、海賊船に手は出せない。

 甲板の上で閃く光は少ない。あえてかがり火を消しているのは、沿岸から誰かに船の存在を察知されないよう用心しているのだ。

 待っている時間がもどかしい。波が打ち寄せる岩陰に身を潜め、コンスタンティアはぎゅっと唇を噛み締めた。

 複数の馬蹄の音が近づいてくる。カルロスたちが到着したのかと思いきや、違った。コンスタンティアはフレデリックの腕で強引に岩陰に引っ張り込まれた。何事かと目で(とが)めると、フレデリックは自分の唇に人差し指を押しあて、静かにと身振りで示した。

 低く身体を屈め、岸辺に集まった連中の様子を見れば、その中心にいたのはパレルモ大司教だった。高圧的な声で船長に命令する。


「予定を切り上げて、早く船を出せ」

「何を言う。この波を見ろ、今夜は時化(しけ)るぞ」


 吹く風が徐々に強くなり、沖合には厚い雨雲が広がり始めていた。

 見たところ海はまだそんなに荒れていないが、雲の動きや風に含まれている湿気から船長は敏感に異変を感じ取っているようだ。夏は天候が崩れやすい。昼間はよく晴れ、波も穏やかだったのに、夜になってから突然荒れて強い雨が降ることはよくある。

 船乗りは海上の変化には慎重だ。だが、都市部で暮す人間は違う。

 今から船出するのは危険だと反論する船長に、パレルモ大司教は日頃の穏やかそうな高位聖職者の表情と打って変わった横柄な顔つきで言った。

「事情が変わったのだ。レッチェ伯爵を妨害しようとしている者が王都にいる。急いで出航しろ。この船の積み荷のことを詮索されるわけにはいかない」

「仕方がないな」

 不満げにチッ、と音高く舌を打つと、日に焼けて浅黒い肌をした海賊船長は、岸辺に積み上げた補給物資の整理をしていた水夫たちに急げと命じた。

「さっさと積み込め! すぐに船を出すぞ!」 

 パレルモ大司教はレッチェ伯からの指示を船長に伝え終えると、また馬に跨り宮殿へ引き返していった。


 コンスタンティアは状況の変化にいら立つ。

「いけない、船を出されたら、もう追えなくなる」

「だからって、俺たちだけで何ができる?」

「今助けないと、私の国の住民が一生外国で悲惨な奴隷生活を送ることになるのよ」

 これまでも、気づかない間にどれだけの女や子供たちがあの船に積まれ、他国へと『出荷』されていったのか。想像するだけで猛烈な怒りが湧いてくる。彼らを見捨てることはできない。神に仕える修道女としても、この国の王女としても。

 ついて来ないなら、自分一人だけでも救助に行くと言わんばかりの険しい顔つきで、コンスタンティアは一歩踏み出す。その腕をフレデリックが掴んで止めた。

「待てよ。まったく君は、とんでもない女だな。少し落ち着け。落ち着いて、ちゃんと作戦を練るんだ」

 フレデリックは、周囲を見回した。作業を終えた水夫たちは次々に小舟に乗り込み、母船に戻り始めていた。

 何かに気づき、彼はにやりと目を細めて笑った。

「ちょうどいい、あそこの小舟を拝借しよう」

 フレデリックが指さした先に、重たそうな麻袋を舟に積み込む二人組の水夫がいた。作業の手際が悪いのか、岸辺に残っているのは、もうこの二人だけだった。



「ねえ、ちょっと。そこのお兄さんたち」

 コンスタンティアは自分に出せる限りの色っぽい口調と表情で、彼らに呼びかけた。

 まだ若く、それほど女遊びにも慣れていなさそうな水夫たちは、突然目の前に現れたセクシーな雰囲気の修道女を見て、ぽかんとなり、目と口を丸く開いた。

 コンスタンティアはしどけない仕草で髪をいじると、腰のくびれを強調する足取りで彼らに近づきながら小首を傾げた。

「私、今とっても困っているの……。実は道に迷っちゃって。聖オリヴィア教会には、ここからどう行けばいいのかしら?」

 美しい修道女からすがるような目つきで見つめられ、水夫二人はすっかり興奮して、コンスタンティアから目が離せなくなる。

 そこへ、岩場から密かに迂回して彼ら二人の後ろ側に回り込んだフレデリックが殴り掛かった。後頭部を殴打され、一人が声も無く倒れる。突然の奇襲に驚いたもう一人の水夫は、とっさにナイフを構えた。フレデリックは素手で応戦しようとするが、凶器を持ったもう一人の水夫の頭を、コンスタンティアが木製の(オール)で殴った。

「お見事」

 倒れた男の鳩尾(みぞおち)をさらに蹴って完全に気絶させ、フレデリックは称賛する。

「あんな色っぽい目つきとか腰つき、どこで覚えたんだ?」

「見よう見真似よ。もう忘れて」

 コンスタンティアはベルトを外し、修道衣を豪快に脱ぎだした。

「お、おい」

 フレデリックがぎょっと慌てるが、ワンピース型の長衣(ローブ)の下に彼女は半袖のタイトなチュニックと木綿の脚衣(ブレー)を着込んでいた。

 すっかり男の装いになると、彼女は腰にベルトと剣を吊る帯を締め直し、乱れた髪をかき上げる。裾長の上着を脱いで、ずっと動きやすくなった。


「このほうが怪しまれないでしょ」

「確かに、修道女にはもう見えない」


 でも逆にこれだと白くて細い二の腕が丸見えだし、形のいい胸や腰の曲線(ライン)もわかってしまうのでかえってまずいというか、目のやり場に困るというか。

「これを着ろ」

 小舟の上には、雨や波飛沫(しぶき)を避けるためのフードがついた外套が二着あった。二人はそれを着込み目深にフードを被った。これならぱっと見たところ、女とはバレない。


「行くぞ」

 フレデリックがオールを漕ぎ、小舟を帆船に近づけていった。


第四章⑷に続きます

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