賓客
第三章⑷
レッチェ伯爵タンクレーディは、重要な賓客を迎えていた。
会見の場所に選んだのは、パレルモ市の郊外にある夏の離宮だ。ジザ宮殿という。
ここはルジェーロ二世の時代に建築が始まり、数年前完成したばかりの、まだ新しい離宮だった。まるで要塞のようにがっしりした外観を持つ、長方形の三階建ての館だ。背後には、モンテ・クッチョの雄大な峰が頂きを覗かせている。
宮殿の様式は、アラビア建築の技術がふんだんに施されている。
通路の上や各所の壁龕に刻まれているのは、ムカルナスという蜂の巣にも似た精緻な鍾乳石飾りだ。散見される装飾を見る限り、いかにもイスラム文化独特の特徴を示す。美術的な造形である。
床や壁には、色とりどりの細かな陶磁器のタイルと色ガラスがはめ込まれて、豪華で複雑な模様が描かれている、
窓には瀟洒なモザイク模様に似た透かし枠がはめ込まれ、風が良く通る。室内には、暑い夏を過ごしやすくするために工夫された通風孔がいくつもあった。通気口から取り入れた涼しい風が離宮内を一巡し、排気口から外へ抜けていく。海から吹きこむ冷たい風を利用した、イスラム式の冷房機関が完備してあるのだった。
一階にある『泉の間』には床石をくりぬいて水路が引かれ、西の壁から水が流れ出す仕組みになっている。水流は、床の窪みを通ってサロンのホールを通り抜け、最後には中庭に出て池へと流れ込む。
さらさらと流れる水の音は心地よく響き、室内に涼をもたらす。
「このあたりは、ローマ帝国時代に築かれたという古代遺跡が多いのです。もうご覧になられましたかな。どうぞゆっくりとお寛ぎください。ソルベのお代りはいかがで? ご遠慮なく、すぐに用意させますので」
タンクレーディが命ずると、幾人もの女官がすばやく動く。冷たい飲み物や、珍しいソルベを運び、酒と肴を客人の前に並べる。
賓客のテーブルの上は、すでに花と酒器で飾り立てられている。そこへさらに贅沢な饗応の品々を並べ立てると、濃いめの紅で化粧し着飾った若く美しい女たちは、優美な歩調で控えの間へと下がった。
「妹は、確かに無事なのであろうな」
女官が下がり、タンクレーディ一人が残ってようやく賓客は口を開いた。捧げられた酒肴や甘味には手もつけていない。
タンクレーディは盃にワインを注ぎながら答えた。
「王妃様は今日も麗しくお健やかに、宮殿で過ごしておいでです」
「妹の身柄は私が引きとる。要求は? 金か。兵力か」
「そんなに話をお急ぎにならずとも。私はただ、殿下と固い誼を結びたいだけでございます。我がシチリア王国とイングランド王国双方のためになる、強固な結束を」
「人質を取っておいて、ぬけぬけと言いおる」
タンクレーディは余裕の笑顔で応じる。
「私がシチリア王になれば、イングランドの海洋貿易がさらに有利になることをお約束いたします。教皇庁も私に味方をしてくださる。後は国内で私に反発する可能性のある貴族さえ抑え込んでしまえば済むのです。私と殿下が手を組んで兵を起こせば、さして難しいことではないでしょう」
「武力を貸すのはよい。が、妹の身柄だけでは足らぬな。婚礼時の持参金も耳を揃えて返してもらわなければ」
「そのあたりの条件は、これからゆっくり詰めていきましょう」
タンクレーディは、年代物の赤ワインを満たした純金製の酒盃を賓客に差し出した。上座を与えられた客の前には護衛の騎士が数人立っており、タンクレーディであっても彼の傍には容易には近づけない。差し出された酒杯は護衛が受け取り、壇上の主人へと捧げられる。
王冠を頂く鷲の紋様が施された談話室の雛壇で饗応を受けている人物は、プランタジネット朝イングランド王国の王子リチャード。ジョーン王妃の実の兄であった。
リチャード王子は差し出された酒杯を受け取り、冷徹な目つきで一息に呷った。




