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序文三 異分子と城南島の辻斬り  第二節 城南島の辻斬り

しかし次の瞬間

「……………‼」

『彼』はその身を屈め小鬼より低い極端な前傾姿勢を取る。

そして真っ直ぐ一直線に突き進みすれ違い様に

(‼︎)

一刀の下…袈裟斬り…左肩から右脇腹へ真っ二つに小鬼型を斬り捨てた。

居合術?いや、既に抜刀していた。

構えは右下段脇の変形、刀を自分の投影面積の後方内側に隠しギリギリまで太刀筋を見せない構えから逆袈裟が来ると見せかけて下半身と右上半身の筋肉を使って放つオーバーアクションの袈裟斬り……

なるほど…。

こんな技一度見られた相手には二度と通じない。

だから初見で殺す。

二度と会う事のない敵を一太刀で殺す。

必ず殺す。

故に防御を考え無い。

思い出した…この技は三百年ほど前この国で見た記憶がある…

当時日本の騎士が『侍』と呼ばれ表向きの平和の裏で互いに小競り合いを繰り返していた時代に存在した『侍』が『侍』を殺すための……。

確か名前も思い出せない暗殺&背後からの闇討ち専門の流派の剣士がうっかり敵と正面から相対し逃げられなくなってしまった時に放つ一か八かの命がけの技…


ああそうだ、はっきりと思い出した!


三百年前この国に来た時うっかり殺してしまった剣士が散り際に放った技にそっくりだ‼


(まさか…こいつが?)

そしてその切り口が見える所まで辿り着いて最後の疑問は確信に変わる。

鏡の様な斬り口は間違い無く私が探していたそれ…。

(こんな子供が?…………彼が…。)

とにかく私は彼に戦士としての敬意を払うべく背筋を正し、正面に相対した。

(『城南島の辻斬り』なのか。)


何故自分が『辻斬り』に興味を覚えたのか…それは私に与えられたもう一つの依頼に関わっている。

私の『本当の依頼主』はある場所から持ち去られた『剣』を探していてそれが東京に…しかもどこかの家の家宝として収蔵されているらしいと知り、私にそれを捜索し速やかに奪取せよと命じたのだ。


と、言う訳で私の目は自然と彼の剣の方に向いてしまったのだが、それがお目当ての物では無いことは直ぐに分かった。

話に聞いていた目標物は刃渡り1mでその姿は四角垂に近い『両刃直刀』

対して彼の得物は刃渡り50㎝ほど、日本刀の拵えに近いのだがヨウキの骨を断ち頭蓋を叩き割るために作られた太刀や打ち刀よりも反りは浅く刃は薄い…

これも例の暗殺剣を使う流派の者が好んで用いた剣の特徴によく似ている。

つまりその剣の姿を小鬼型を骨ごと鏡の様な切断面で一刀両断に出来る素材で再現し、暗殺剣を人型のヨウキを狩るための剣術として進化させたのか?


だとすると依頼とは別に個人的な興味としてその刀…是非とも頂戴したい物なのだが…先に挙げた事情から流石に子供を斬るのは不味い…。

しかしよく考えればコイツは私の放った小鬼型を何匹も殺している。

…敵として扱うのに充分な因縁があるのでは無いか?

そう考えると次第に頭に血が昇り、口の中に涎が溢れて来る。

どうした?図らずも戦士と戦士が敵同士として相対したのだ。

名乗りの一つも上げたらどうだ?

と思うのだが彼は私を見て目を白黒させるばかり。

(おいおい、撒き餌とは言え私の兵隊を殺してくれたのだぞ。私に君を討つだけの理由がある事は分かるだろう?)

と喉まで出かかってふとブレーキがかかってしまう。

(あ、そうか…この子は小鬼の背後に私がいる事を知ら無いよね。)

そしてそれは知られては不味い情報であるし、幸いな事にそれがバレた様な気配は無い。

(良かった…口を滑らせなくて本当に良かった…。)

もし彼がこの情報を知って誰かに伝えるべく全力で逃走し取り逃がしてしまう様な事があれば我々の存在を騎士団側に察知されてしまう。

そうなれば私も前任者同様………ヤバい…肝が冷える…。

残念だが彼を斬り殺し、戦利品としてその剣を頂戴するのは諦めた方が良い。

ならば平和的に交渉してその剣を譲って頂く事は出来ないだろうか?

ではまず名乗りから…

「初めまして、私は……ミュー…貴方は?」

私の名乗りに対し彼は姿勢を正し私の目を見つめ返し…そして答えた。

「初めまして、僕は木崎尚登…倫道館中等部の三年生…三級騎士です。」

あら?私みたいな得体の知れない者が相手でもちゃんと名乗れるんだ♪

彼に対する好感度が少しだけ上がってしまった。

ではついでに…。

「背中の左側に古傷を持っているね?まだ痛むんだろう?上半身の捻りが途中で失速しているよ。」

私の故郷の流儀で痛む古傷を暴く事は『降伏勧告』の様な物、その指摘に彼はギョッとした様な表情を浮かべ全身に緊張を滲ませる。

どうやら図星の様だがまあ虐めるのはこれくらいでいいだろう。

「いい剣じゃないか?誰の作なのかな?」

「え…あ…企業秘密です…。」

「企業秘密…って事は…試作品って事?」

私は興奮して彼に詰め寄り、ついその両手を握ってしまった。

「いずれ製品化して売りに出される?こんな剣が?発売は何時?幾ら用意すればいい?」

ああ、手持ちの宝石を日本円に換金しておかないと!

「いえ…そんなのじゃ無くて…研究中の素材を使った実証実験…です。」

『いいえ』と答えたと言う事は当面販売の予定はないのだろう…だったら…。

「譲って貰うとか…無理なのかな?」

ダメ元で聞いて見たが彼は首を横に振った。

実証実験と言うからにはその剣はちゃんと持ち帰らねばならないのだな…。

売り物では無い、戦利品として持ち帰る事も止めた方がいい、直接任務に関係ない相手から盗むとか分捕るとかもどうかと思う…私は盗人や追剥では無いのだ……。

それでも諦め切れない私はもう少し食い下がる事にした。

「ねえ、尚登君…と言ったかな?」

なるべく人懐こそうな笑顔を浮かべて彼に密着し、耳元で囁く…

「今、私が持って居る物の中で君が欲しい物はある?」

「へ?」

「例えばこの剣とか…。」

一応提案して見たけれどこの剣はコレクションの中で五本の指に入るほどのお気に入り…正直『これがいい』と言われると困ってしまう…なので本命はその次だ。

「このコートとか…」

あちらの世界でも珍しい黒犬歯虎型の幼獣三頭分の毛皮を使って名工が仕立てた防寒防刃戦闘服…人界にある並の刃物や銃弾では切り裂く事も貫通させる事も困難、素材的にこちら側で手に入れる事はほぼ不可能な逸品だ。

女性用だが彼は小柄だから少し丈を直せば着る事は出来るだろう。

ところが剣に対してもコートに対しても彼の反応は今ひとつ、もしかして価値が分からないのか?

仕方ない…これでダメなら…

「あるいは…その下でも…♡」

「‼︎」

私の囁きに顔どころか耳まで真っ赤にして俯いてしまう彼…今までで一番強く反応しているのは間違いない。

では、さらにもう一押し…と城南島野鳥公園の雑木林を指さした。

「何ならそこの物陰で私を好きにしても良いよ♡どうする?」

「‼︎ご!ごめんなさい!」

彼は私を振り解き、2メートルほど飛びのき距離を取る。

顔を真っ赤にして肩で息をしている彼…逃げてしまわないあたり彼も私の躰に興味があるみたいだが……今日の所は諦めた方がいいみたいだ。

「じゃあ、仕方ない…さよなら♪またね♪」

私は別れと同時に再会の約束をするための言葉を告げる。

そしてもう一言…

「あ、そうだ…♪辻斬りなんか止めなさい♪その小鬼には君が捨て身の剣で斬る程の価値は無いよ。」

私は彼に背を向け仮の住処…暗闇の中へと引き返した。


連れて行きたいと思える男の子に会ったのは数百年振りだがここはグッと我慢…それでも言いたい事を言って少しだけスッキリした気がする。

彼の目的は剣の性能確認と自分の腕試しを兼ねた『秘密の試し切り』…

つまり『城南島の辻斬り』は今時珍しい本物の辻斬りだったのだ。

そうだとすると私は尚登君に試し切りの相手をせっせと供給していた事になる。

やっぱりいずれちゃんと説明して小鬼の代金代わりにあの剣を頂いても良いのでは無いだろうか?

それにしてもあの剣…ここ20年ほど騎士達の間で流行っている特殊鋼の剣とは姿形が明らかに違う。

私もコレクターとして武具刀剣の知識は並以上のつもりだが、あんな剣を作れる素材なんてあるだろうか?

もしかして……『輝光晶』?

あり得ない事として最初から頭に無かったが『輝光晶』で出来ているのならあの剣の性能も納得が行く。

…と言う事は『マレビト』の作?『マレビト』がまた人界に現れたの?

私の本当の依頼主が探す剣もまた古代のマレビトの作であり材質もまた輝光晶…

これは…何かの手掛かりになるのでは?

一瞬引き返そうかと思ったが出入り口は閉じてしまった。

小門は何時でも開けるが正確に同じ場所を狙うのは無理…。

まあいいか、近所の子みたいだし顔も覚えた。

その内また会う事もあるだろう…。



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