序文三 異分子と城南島の辻斬り 第一節 異分子
さて…次は二人がホテルで過ごした夜の一ヶ月前、2022年2月1日の話になる。
2009年に発生して初期対応の遅れから根本的な破壊に失敗、中央防波堤埋め立て地最終処分場外側に定着してしまった東京ゲートは定期的にこちらにヨウキを送り込んで来る。
それらに対抗し東京都を守るためにはいざと言う時戦場として敵を受け止めるための緩衝地帯が必要になり、結果中央防波堤内側と城南島がその役割を背負わされる事となった。
臨港トンネルの注水封鎖以後交通の面での価値を失くし、またヨウキの出現が噂される様になった城南島はこの土地を東京ゲートに対する最前線と設定する事でその奥の東海や大井を守っている。
企業や施設は都と大田区の主導で内陸に移動し、東海三丁目・六丁目以北は東京都並びに大田区の不断の努力を持って以前と変わらぬ繁栄を享受している。
逆に城南島は見捨てられた土地となり、一時は非合法活動を行うものや社会から落伍した者が集う土地となるかと思われたが、次第に彼らの影も絶えて行った。
その理由は簡単…行方不明者が相次いだせいだ。
…巷では城南島に跋扈するヨウキ達に骨も残さず食われたのではと囁かれているのだが……
東京都大田区城南島…
フレンドリーマート・ポートストア城南島店
銀髪の少女がサンドイッチとコーヒーを買っている。
髪の毛もそうだがそれと同じくらい目を惹くのが彼女の身に纏う黒く滑らかな光沢を放つ毛皮のコート…
余程質の良い物なのだろうか?美しさもそうだが見た目の厚さの割に彼女の動作に素直に追従するそのしなやかさ、銀座や日本橋でもなかなかお目にかかれる物では無い。
どんな家の娘なのだろう?赤の他人の着る物にさえ色々と喧しい今日この頃、表で堂々と毛皮を着こなすその豪胆振り…。
「お嬢ちゃん気を付けてね…また昨夜もヨウキが出たって…。」
「はい、分かりました♪」
サンドイッチを買ってなじみの店員と一言交わし私は店の外に出る。
『前任者』の解任により食客の身である私がこの城南島と呼ばれる土地に配置されて『地上』の時間で2年が経過しようとしている。
ヨウキが出た…と言っても人的被害は無いはず…
少なくとも私がここの担当になってから人を食わせた覚えも無ければ、跋扈するなんていわれる程の数をばら撒いた事も無いのだから。
とにかく私がここに派遣されたのは前任者がその辺の手加減匙加減を苦手としていたため、依頼人から処分されてしまったからだ。
さて…程々に騒ぎを起こし人心を乱せとは言われているが、
日本の…とりわけこの首都圏一帯を守護する国立と東陵の二つの騎士団は優秀な事この上ない。
城南島に駐留する彼らはここ『フレンドリーマート・ポートストア城南島店』を勝手に前線基地と定め、顧みる者のいなくなった城南島を日夜巡回して東海や大井と同じ保安レベルを保っている。
例えば小鬼型を放って城南島に潜伏させても二晩以上生き残った個体を見た事が無い。
まあ小鬼は大きさの割に目立つし腹を空かせばのこのこと出歩いてしまう。
伏兵に使うには色々と足りないのだ。
自分が考えていたよりかなり早く貰った分を使い切り、依頼主に…
「使い切ったんで補充を貰えませんでしょうか?」
と初めて言いに行った時は正直怖かった、しかし…
「ああ、二日も持たせたんだ?凄いじゃないか。」
とのお言葉を補充の小鬼と一緒に頂いた。
城南島にヨウキが出ると知らしめる事が目的と考えればそれが生体であろうと死体であろうと関係ないのではとも思う。
でも依頼主的が言うには生体を相手に晒す事にもまた意味があるのだそうだ。
騎士団の手による討滅の知らせを東京都は堂々と公表する。
しかしそれが虚勢なのは誰の目にも明らか、
都民の方は
『討ち取られたヨウキは本当にそれで全部なのか?』
『本当は何匹いるのか?』
『例えば一匹見かけたら三十匹いたりしないのか?』
と子供でも思い至る疑問を
『討滅した』
の一言で覆い隠そうとする行政とメディアとに疑心暗鬼になりつつ、東京都の首都機能や価値を維持するには仕方の無い事とそれを飲み込んで日々を過ごしている。
人心の乱れはゲートの拡大と活性化の栄養源になる。
それは有史以前より薄々気付かれてはいたのだが、
20世紀後半の社会学者が『スコア化された社会的不安』と『人口密度』と『発生するゲートの数と規模をスコア化した物』を三次元的なグラフで解析した結果、『人口密度』が一定のラインを超えると『社会不安』と『ゲートの数と規模』の間に有意な相関が発生する事を突き止めた。
一応人類の敵である依頼主は公表されたその解析結果を見るや否や
「凄い凄い、やっぱりこういう仕事は人間の方が向いているな♪是非参考にさせてもらうよ♪」
とそのグラフを眺めながら最低限の犠牲で都民の心理的不安を煽り、尚且つ東京都側が戦力の増強を考えないギリギリの線を狙って試行錯誤している。
現有戦力で手に負えないと判断されれば城南島に配置される騎士の数も増える。
依頼主は「今はそうならない方がいい」と仰っているし、それにそうなっては『私の本当の依頼主からの仕事』がやり難くなる。
今回の依頼主には秘密だが私の依頼主は何人もいるのだ。
そんな風にダラダラと仕事をこなしていたある日事件は起こった…
「…………おや?」
私が放った小鬼型が何者かに斬り捨てられていたのだ。
いや、殺される事が前提で放っているのだからそれ自体は全く問題無いのだが、普通騎士団の連中は切り殺したそのヨウキの死骸を衆目に晒さぬ様持ち帰る。
だがその何者かは私の小鬼達を文字通り斬って捨ててあった。
何より私の目を惹いたのはその技…
亡骸は真一文字に鏡の様な切り口で真っ二つ…
手口が尋常では無い…
さぞや名の有る剣豪が名匠の鍛えた業物で…………
いや、おかしい…。
そんな剣士なら活躍する場など幾らでもあるだろうに何故闇に紛れて『辻斬り』の様な真似を?
ポートストアで聞き耳を立てていたら城南島を巡回する騎士達の間にも『辻斬り』として噂に上がっている様で
「斬るのは構わないがせめて死骸は片付けて行って欲しい。」
と、少々迷惑な存在として認知されている。
死骸を人目に付くように切って捨てて置くのは正規の騎士団員にとってイヤミ以外の何者でもないだろう…。
考えを巡らせる内に私は一つの可能性にたどり着いた。
もしかしたら『技』を見せる事で小鬼型の背後にいる者を…つまり私を誘っている…?
ならばこの亡骸は挑戦状?
手口は読めないがもしかしたら『謎の達人』が私に挑戦しようと城南島をうろついているのかも?
やだ…いい男だったらどうしよう?
佇まいにいぶし銀の様な魅力を湛えた初老の騎士様?
あるいは剣の切れ味に溺れた自信過剰な若武者?
だったらお灸をすえてやるのも悪く無いかも?
とか考えたら年甲斐も無く興奮してしまう…
その夜、配置されている正規騎士団員の前にワザと目につくように小鬼を晒し、連中がそれを追跡するのを確認した上でもう一匹を別方向へ放った。
エサを求めてさまよい歩けば良いと数日絶食させた小鬼は迷わず人の臭いのする方へと進んで行く。
そしてそいつが城南島七丁目から東海六丁目に入ろうとしたその時
『彼』は私の前に現れた。
(?)
小鬼程では無いにしても低い背丈、細い手足…
何だ?子供か?こんな時間の城南島に?
これは良くない…建前上は平和な東京都で子供に犠牲者を出したとあっては騎士団も本気の対応をするだろう。
そうなっては私も仕事がやり難くなってしまう…。
私は小鬼に撤退の信号を送った。
(おい、それはご飯じゃないよ。帰っておいで。)
しかしである…
ググルゥ…グフ……
腹を空かせていた小鬼はその子供に向かいまっしぐらに突き進んだ。
ああもう…これだから前頭葉の小さい奴は嫌いなんだ。
なまじ二本足で立っているせいで誤解されがちだがこういった面であいつらは犬以下、『待て』『戻れ』すら聞かない。
力づくで止めようと飛び出したがこの距離からでは全力で跳んでも間に合わない…。
「逃げて‼」
大声で叫んだがその子は立ち尽くすばかり、私は依頼主からの処分を覚悟した。