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序文二 飛鷹ひなと羽田尚登  第二節 東京ゲート

色々考えていると不意に彼の表情が歪んだ。

「う……………………ごめん……なさい………」

何か苦しいのだろうか?

時折眉間に皺を寄せ寝言で誰かに謝りながらうなされているかの様なうめき声をあげる彼…。

寝言に返事をするのは神経に悪い説があるので問題外として、こう言う時は起こした方が良いのだろうか?

それともかなり疲れていた様だったから寝かせたままの方が良いのだろうか?

「寝る前にお風呂にだけでも入らせた方が良かったかな?」

うん、やっぱり寝る前にはお風呂に入った方が良いに決まっている。

疲れの取れ方が段違いだし、嫌な事も汗と一緒に流してしまう事が出来る。

自然とバスルームの方に目が行ってしまう。

あんな事やこんな事をした訳でも無いのだが、私も少し汗をかいてしまった。

ベッドの上には二着の浴衣…

「頂いちゃおうかな?お風呂………。」

私は立ち上がりシャツのボタンを外した。

ブラとショーツだけになってふと大きな窓の方を見るとそこには東京湾とベイサイドの綺麗な夜景…私はその光に惹かれる様に下着姿のまま足を進めた。

最上階のロイヤルスィートじゃ無いにしてもここもそれなりに高価い部屋…窓からの眺めもちょっとした物だ。

無駄に重たい空気を入れ替えようと少しだけ窓を開けると三月後半の東京湾の海風が私の体温を奪って行く…。

 そのままゆっくりと東京湾を眺める私の目に『ある物』が飛び込んで来た。

「………………」


ああ、見るも憎たらしい…禍々しく、そして腹立たしいまでに美しい紫の光…


東京ゲートブリッジは建設途中で放棄され臨港トンネルは真水を注水され封鎖中…

大田区城南島五丁目と江東区若洲公園の間が欠落した東京港臨港道路の空白区間の間にそれは存在する。

海の森トンネルは建設続行の価値無しと工事が中断されたため第二航路トンネルだけで暁埠頭と結ばれた中央防波堤埋立地『内側』そしてそこから進んだ中防大橋を持ってのみ地上と連絡する最終処分場『外側』、その中心部から天に聳える巨大な光の柱…


『東京ゲート』


昼は蜃気楼の様に可視光を歪め、夜は仄かに紫の光を放つ日本最大の異世界からの門…

危機感の無い人は紫外線カメラを通す事で明らかになるその鮮やかさを讃え、中には観光資源にしようとか抜かす連中もいるくらいだ。

二〇〇九年に突如現れたそれは初期対応の遅れから根本的な破壊に失敗しそのまま埋立地に定着、定期的にthe monster=ヨウキをこちら側に送り込み、また中心から半径50kmの範囲に小規模なゲートの生成と消失を繰り返しながらジワジワと東京都湾岸地区の価値をあらゆる意味で下落させて来た。

さらに二〇一九年頃からその根本に実態を持った地上構造物が成長し始め、それを定期的な爆撃で破壊しながら漏れ出て来るヨウキを騎士が撃退する事で東京都はどうにか首都としての体裁を保っている。


そしてあそこは…十三年前の出現時に私のパパ…そして三年前の調査隊派遣の時に彼の前のお義父さんが亡くなった場所だ…。

私達騎士はそうやって普通の人間の盾になる事でこの成熟した文明社会に生きる事を許されている…って学校では習ったけど………………


ああ、もやもやしていても仕方がない……私は私の人生を全力で生きるしか無いのだ。

私のパパは自分の子供を騎士にするのが嫌で普通の子が生まれる様にと一般人のママと結婚した。

残念な事に私は騎士の力を持って生まれてしまったけどそれでも私を大切に愛情深く育ててくれたパパは私が二歳の頃、東京ゲートが出現した時の混乱『平成東京ゲート事件』で命を落とした。

私はパパと最後のお別れが出来ていない…遺体の回収も出来ず、お葬式は棺桶だけ…。

敵を討ちたい気持ちが無いわけでは無い…でもママは私に言い続けた。

「パパは貴女に普通に生きて幸せになって欲しいってずっと思っていた。」

女手一つで私を育ててくれた服飾デザイナーのママは私にその様な死に方をさせまいと芸能の世界に放り込んだ。

人間離れした力を持ち生まれながらの純粋な戦闘員と定義される騎士は就業にたくさんの制限がある。

文民統制の建前上立法・行政・司法に関する職業は絶対に無理だし公務員としても騎士団員や騎士警察官以外の採用枠は無い。

おまけに腕力・暴力によるトラブルを嫌って一般の企業からは敬遠される。

今の仕事だってママの伝手が無ければ無理だったと思う…。

ぶっちゃけ極極極一部を除くとヨウキと戦って死ぬ以外の職業は私達には無いのだ。


「へっくしっ…」

いけない…体が冷えてしまう。私は窓を閉めベッドに戻る。

「うう……………」

「!うわあ…ごめんごめん…」

彼が寒そうに身を縮めているのに気付いた私は慌てて毛布を引っ張り出し彼に覆い被せてやる。

ああ寒い寒い…もうお風呂をいただいてしまおう。

眠る彼の枕元で私は最後の一枚を脱ぎ去った。

「見てもいいんだよ……お金は十分に貰ってるんだから…。」

話しかけるが返事は無い。まるで屍の様に眠っている。

「分かってるの?君は本当に勿体無い事をしているんだよ。」

「……………………………」

まったくもう…こいつ本当にチンチン付いてるのか?

私は呆れながら彼にお尻を向けバスルームに駆け込んだ。

ここに来て初めて知ったのだが私なんかが普段泊まるお風呂とトイレが一緒になってる様なホテルと違って良い部屋はお風呂とトイレが別になっているどころかちゃんと脱衣所の様な物がある。

………なんだ………ここで脱げば良かったんだ

自分に呆れながらバスルームに飛び込むとお湯を溜め始めたばかりのバスタブの中に身を横たえ、シャワーを全開にして全身に浴びた。

冷えた体に少しずつ熱が戻り、心地良い脱力感が私を包む…

ああ、来て良かった……

何もされずご飯食べて…

いいお風呂に入って……

多分ベッドも寝心地がいいだろう…。

これでお金が貰えるとか……

多分今回が最初で最後だろうなぁ………

うん、ママに常々言われている。人生舐めてはいけないんだ。

「♪舐めたらあかん〜舐めたらあかん〜♪」

自然に鼻歌が出てしまう…………。


その夜の私は知らなかったのだが彼とはかなり長い付き合いになった…。

彼はこの少し後一人の女の子に恋をする…。

彼女に届かせようと短い手足で必死にもがき、戦い、『色々な物を作り出し』、その全てを差し出した。

私が第一期メンバーの一人として結成の現場に立ち会い大学に入る頃には最強の学生騎士団と呼ばれた『百舌鳥の館騎士団』もその一つだ。

そして私はその一部始終を最前列の特等席で見物する事になる。


2022年3月…これは…一人の女の子に恋をした一人の男の子の命懸けの綱渡りの日々が始まる少し前のお話…。


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