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閑話 奈々姫

「流石は都内三大武家の一つ新藤家が誇る跡取り息子…私の立場もちゃんと分かってくれるんだね。」

死角から声がかかった。

「「‼︎⁉︎」」

噂をすれば影とはまさにこの事だろう。

尚登と同じくらいの低身長、パジャマから覗く細い手足。

前髪を眉毛の上、横髪は襟元、そして後ろは腰で切り揃えた真っ直ぐな髪

彼女は遠山奈々…

成績が芳しく無いのに寄付金を積んで一次審査で進学を決めたと言う噂の遠山家のお姫様だ。

驚く二人を気にせず彼女は話し始める。

「木崎君…まだ帰ってないの?」

「は、はい!今夜は家の用事で、帰寮は深夜になると聞いております。」

突然剣司が敬語を使い、和美も気を付けの姿勢になった。

「そうなんだ…少しお話したい事があったのにな…。」

「その…尚登が…何か?」

遠山家の姫様が木崎家の尚登に『お話』と聞いて二人はさらに身を固くした。


公然の秘密であると同時に同級生の間で触れる事はタブーになっているが、遠山家と木崎家の間にはちょっとした因縁がある。

尚登の従兄にして木崎宗家の兄弟の弟、木崎彰裕は優秀な騎士でありながら中等部から高等部へ内部進学出来ずに倫道館を去っている。

江戸時代の終わりに武家の小競り合いの結果空白地帯になった品川に木崎家が進出し、大政奉還の後に全国から集まる『騎士』のための街を整備、そして1900年代に入って品川に根付いた頃から木崎の男子は倫道館で学ぶ物との伝統になっていたにもかかわらずだ。

その理由は彰裕が奈々姫様の姉である寧々姫様と性的なトラブルを起こし、遠山家親戚陣と抗争になりかけたせいだと伝えられている。


「ああ、いいよいいよ。急ぎの用事って訳じゃ無いから。ところで二人とも、私なんかにそんな畏まらなくてもいいよ。」

奈々姫様の纏うオーラが平和的かつ友好的な物であったため二人は胸を撫で下ろした。

しかし姫様の父親は都内の武家を統べる『東京都連合騎士会』のトップ、さらにお爺様はその上部組織『日本国連合騎士会』の長、つまり自分達の親の上役に当たる。

 畏まらなくて良いとは言われても失礼は赦されないと和美は頭を下げた。

「その…そういう訳に行かない事情もあります。どうか御容赦を…。」

その言葉に奈々姫様は頬を膨らませる。

「もう…そんな風に言うなら、さっきの一ノ瀬さんの失言…お父様に言いつけちゃうよ。」

「‼︎」

奈々姫様は軽口のつもりだったのだろうが和美の顔からは完全に血の気が退いている。

それに気付いた姫様はほんの少しだけ気まずそうに笑顔を浮かべながら和美に告げた。

「少しお話ししようか?一ノ瀬さん、私にも飲み物をちょうだい。ミルクココアとかあると嬉しいな♪少しぬるめで。」

「はい、直ちに!」

和美はこれ幸いとばかりに配膳室へと駆け込み、剣司は一人でお姫様のお相手をせねばならなくなる。

緊張に強張る剣司に優しく微笑みながら奈々姫様はお喋りを始めた。

「それにしても意外だったなぁ…木崎君ちゃんと試験を受けてただなんて。」

そう口から出した後、姫様は少し声色を変えながらずいと剣司に顔を近付ける。

「ねえ新藤君…今『こいつ自分で言っちゃうかなぁ』とか…思ったでしょ?」

姫様のウザ絡みに剣司は一瞬目を逸らしかける…

「いや、その…アイツはお義父さんを亡くした時に殆どの財産を親戚に取られてるからそんなお金は無いはずですよ。」

たがそこは彼も新藤流道場の跡取り息子、相手が誰であっても話す時は真っ直ぐ目を見て背筋を正す。

剣司の姿勢を気に入ったのか奈々姫様も上機嫌で続ける。

「いや、相続はばっちり出来てるんだよ。彼のお義父様こと剣聖にして大実業家木崎裕一郎殿の莫大な財産はね。」

姫様が語るのは他の同級生には余り知られていない尚登の経済状況だ。

「ただ木崎君が土地の相続に拘ってお金に換えやすいものは全部手放してそれで相続税を払ったんだけど相続した土地は品川にある『第一ホテル』以外バカみたいな安値の契約で親戚に借り上げられてるんだ。」

『東陵第一ホテル』は同級生が知る所の尚登の実家『百舌鳥木崎家』の拠点であると同時に尚登の生命線、これも今は義祖母に管理されている。

「場所によっては固定資産税分も貰えてないみたい、おまけに立退料は地価と同じくらい。」

「それって取り上げられるより悪く無いですか?」

親戚から疎んじられているとは聞いていたが噂以上に悪い赤字運営なのが伝わり、剣司は気の毒そうな表情を浮かべ、奈々姫も苦笑いしながら応じる。

「それくらいの旨味が無ければ親のいない養子を一族に置いておく意味なんて無いからね。それでも裏口から進学出来る程度の寄付金は払えたはずなんだよ…。」

そうしていると和美が姫様の分のココアをお盆に載せて帰って来た。

「何か欲しい物でもあってお金を貯めてるんじゃ無いですか?お義父様の土地を堂々と取り戻したいとか?」

和美から差し出されたココアを受け取った姫様は一口口に含み、それを飲み込んで、ふぅと一息…。

「それが目的なら第一ホテルからの収入だけだったら全然足りないよ、百年かかっても無理。お義父様と一緒に行方不明中の『木崎家の宝剣』の賠償も求められてるそうだけどそっちの支払いなんて彼の全財産を処分しても難しいんじゃ無いかな…。」

またココアを一口…。

「でも、欲しい物があるって言うのは良い線かも、もう一つだけ彼が欲しがりそうな物に心当たりもあるし。」

姫様の言葉に興味を覚えた和美は少しだけ身を乗り出した。

「何です?それ…。」

和美が乗ってきたのが嬉しいのだろう、姫様も目を輝かせる。

「彼にとって倫道館への進学より大切な物……知りたい?知りたいでしょ?これは『木崎家』とその上の『羽田家』の闇の部分……。」

そう聞いて和美が『はっ』と何かに気付いた様な顔になった。

「その……もしかして…尚登のお義姉さんですか?」

和美の言葉に奈々姫は少しだけ驚きつつがっかりした様な表情を浮かべる。

「何だ……知ってたの?」

「はい…昔母が口を滑らせた時に…差し出がましいかとは思いますが、流石にこればかりはあまり表で口にしない方がよろしいかと…。」

普段の和美からは想像も出来ぬほどの神妙な表情、剣司もつい口を挟んでしまう…

「ちょっと待って下さい、尚登の義姉さんは確かあいつが養子に来る前に亡くなったって……。」


そう、世間にはその様に伝わっている…。

尚登の義父剣聖木崎裕一郎は木崎家の後継者が弟である裕二郎に決まった直後、神奈川の旧大名羽田家の一人娘『桜』と結婚するため羽田家に婿養子に入る。

その時既に不治の病に侵されていた桜は病床で裕一郎の子が欲しいと求め、代理母を通して一人の娘を授かった。

桜が母娘で過ごした時間は数日と伝えられている…

その後、裕一郎は羽田家に籍を残したまま木崎の分家『百舌鳥木崎家』を興し、桜に抱かせるためだけに設けた娘を妾と共に育てた…

そして娘は二歳で世を去る…死因は謎、一説には事故とも母の病『騎士型膠原病』の遺伝による病死とも伝えられている。

直後に裕一郎は自分が保護して来た男子を養子として迎え『尚登』と名付けた。

彼に木崎家の男子に与えられるはずの『祐』の字が与えられなかった理由もまた世間では色々と囁かれ、同時にこれは『裕一郎が尚登を後継者として認めていない事の証拠』と親戚連中には尚登を追放するための根拠・材料として扱われている。


「奈々様…こちらですか?」

声とともに食堂の扉が開き、長身で癖のある短髪の少女が顔を覗かせ、奈々姫様に視線を止めた。

「若葉⁉」


彼女の名は『宍戸若葉』

遠山家に代々仕える宍戸家の娘

ちょうど奈々姫と同い年だった事を理由に世話係に任命され、幼稚園時代から影の様に付き従い、不器用な彼女をずっと側で支えて来た。

成績はギリギリ一次審査で内部進学出来る程度だが、本当は奈々姫様に無用な劣等感を抱かせぬ様実力を隠していて、本気で戦えば女子二位の和美を超えるとも噂されて居る。


「すみません、奈奈様がご迷惑を…。」

姫様をお姫様抱っこしながら若葉は深く頭を下げた。

「いえ!迷惑だなんてそんな…。」

「そうそう迷惑なんてかけてませんよーだ!ってちょっと!」

和美が恐縮し奈々姫も同調して抗議する。

が、そんな主人の言葉も何処吹く風とばかりに

「では、お二人ともおやすみなさいませ。」

と一言告げ、そして人一人抱えているとは思えないほど綺麗な姿勢ですたすたと去って行った。

和美はポツリと呟く……。

「本物のお姫様抱っこって初めて見たよ。」

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