本編八 駐車場の誓い
「相変わらずいい娘だな和美ちゃんは…あんな娘がお前のガールフレンドになってくれたら私も安心出来るんだが…。」
親族会議に向かう車中、叔父さんがポツリと呟いた。
「無理ですよ…お婆ちゃんと一ノ瀬先生の一騎討ち以来僕の接近禁止は解かれていません。」
「そりゃあ厳しいな…。」
それに一ノ瀬さんだけじゃ無い。
「他にもいいとこのお嬢様はご家族から僕に近付くなと言われてるみたいです。」
成人したら財産没収されて木崎家を追い出されるなんて噂があるのだから仕方ない…いや、もうすぐ噂じゃ済まなくなる…何なら今日にも…
「なぁ…尚登。」
「はい…。」
「一般入試を受けたいと言うなら止めはせん。だがもし合格出来たとしてもそんな風に言われてまで倫道に居るのは辛くは無いか?」
叔父さん…それは辛いとか苦しいとかの問題じゃ無いんです…。
「………木崎家の男子は倫道館に通う慣わしになっています。」
女の子がどうとか今の僕はそんな事を言える状況じゃ無い。
義父さんの家を守るためには少しでも現状を良くしないと…
だからこそ一般入試に全てをかけなければ…
他に願書を出して無いのはそのために背水の陣を敷いたからなんだ…。
「そりゃあちょっと寄付金に色を付けてやれば入れた時代の話だよ。それにウチの彰裕を見ろ、遠山家の姉姫様に手を出して倫道に居られなくなったどころか高校でも大学でも好き放題やらかして挙句ウチの騎士団に縁故採用…本家の実子がそんな有様なのに分家の養子のお前に厳しくしたら私が世間から後ろ指刺されてしまうよ。」
「世間はそうかも知れませんけど僕が親戚から何を言われるか…。」
言われるか…と言うか既に言われてるんですけどね…
「騒いでる連中は外野みたいなもんだ、何を言われても気にするな。どうせあいつらは光星に行けば『木崎の男子なのに倫道に落ちた』と責めるし倫道に行ったら行ったで『養子のクセに金のかかる私立に行くのか』とか言うに決まってるんだ。」
「それに僕では彰裕従兄さんみたいに二十四歳で一級騎士になんてなれませんし…。」
「一級騎士になるばかりが全てでは無いよ。」
ああ…また…そんな事を言う…
力のある人には…選べる人には分からないんですよ
「木崎先生は特級騎士だからそんな事が言えるんですよ!」
「尚登…。」
「すみません………。」
‼︎…また…大きな声を出してしまった…今日は本当に余裕が無いと言うか…
いや…余裕が無いと言えば許される訳でも無い…
「いいか?尚登…戦闘能力で二級の騎士でも置かれた立場で実力を発揮して世間で高く評価される方も大勢いるんだ。お前が人として騎士として道を誤らず全力で生きる限り私はお前の味方だ…でもな…。」
叔父さんは軽くため息を吐くように告げる。
「裕一郎兄さんの剣を取りに行きたいと言うのはとても応援出来ないよ。」
「…………………」
前に一度だけ叔父さんにそう言った事がある…義父さんの剣を取りに行きたいって…
「剣があるとすれば中央防波堤埋立地外側最終処分場東京ゲート…でもあそこは構造物破壊のための定期爆撃の直後でさえ強力なヨウキがうろついていて東陵騎士団首都警備軍全軍でも地上作戦が展開出来ないんだ。」
それでも剣を取り戻せば僕も親戚から責められる事は無くなる。
お義祖父様や叔父さんも親戚から僕を庇って不愉快な思いをしなくて済む。
「何度も言うが、あの剣が木崎家から失われた事にお前が責任を感じる必要は無い!悪いのはあれをさっさと返して貰わなかった私なんだ!」
叔父さんは何時もそう言ってくれる…でも…
「叔父さんもお義祖父様もそう言ってくれますけど…道義的に見たら返さない方も悪いと思います。」
「尚登……。」
「確かに僕はまだ子供です!でも…でも僕は木崎裕一郎の子なんです…義父さんの子を名乗るのならその責任までを背負うべきだ‼…それを認めてくれないのなら……今日にでも百舌鳥木崎家の全部を捨てて出て行きます…二度と皆さんの前に姿を見せる事はしません……。」
それが僕の…百舌鳥木崎家当主代行としての最後…もうそれでいい。
「尚登………。」
「…………なんでしょうか?」
この時の叔父さんの声は…なんて言うか凄く乾いていたと思う。
「この際言ってしまうが…何もお前のためだけを思って責任の所在をぼかしている訳では無いのだよ。」
…叔父さん?何を言って…?
「親戚連中が剣の賠償を求めているのは単にお前が持っている全てを奪い取りたいってだけの話だ。だがモノは紀元前のマレビトが作った輝光晶の宝剣だぞ?評価額など到底付けられない。」
うん、確かにそう聞いた事がある。何せ歴史と美術と騎士座学の教科書に載るくらいの剣、ほぼ同じ物がフランスの国立美術館にあるが常設展時はされていない…おまけに発掘あるいは出土したと自称する国も三つあって四か国の間でバチバチの返還交渉が50年に渡って続いている。そう言えば何処かの司会者が四カ国語麻雀で決着を付けろってネタにしてたっけ。だから木崎家の剣は建前上『発掘地不明・製作者不明』って都に登録されてるんだよね…。
義父さん…よくそんな物持ち歩いてたな……。
「評価額が付けられないと言う事はお前の財産を根こそぎ処分した所で支払い切った等と絶対に奴らは認めない。」
‼︎…確かにそうなるかも知れない…て言うか本当にそうなる気がする…。
「だとすればお前の次に狙われるのは我々本家の者、兄さんに剣の返却を求めなかった私の責任を追求し木崎家全体への賠償として本家の解体と資産の分割を求めて来るはず…そうなっては私が困るんだ。」
そんな…親戚連中だって本家におんぶに抱っこなはず…それが親たる木崎本家に歯向かうとか…?あるの?
「武家なんて何処に行ってもこんな物だ。身内同士の奪い合いなど日常茶飯事…木崎家が江戸品川に進出できたのもそんな都内の武家の小競り合いの隙を上手く突いただけの話。隙を見せれば次に東京から追われるのは私達だ‼」
堰を切った様に叔父さんの口から言葉が溢れ出して来る。
「そうなったら我々は何処に行けばいい?力を失った我々など今更羽田家家臣団に戻る事も出来ないぞ‼︎」
どうリアクションして良いか分からない僕に…いや、これ僕に向けた言葉なのか?僕が聞いて良い話なのか?
あの何時でも誰の前でも穏やかに振る舞っている叔父さんが実は親戚をここまで疑ってかかっていたなんて…
叔父さんの話はショックではあった…でも…
同時に『確かにそうなのかも知れない』と思わせるだけの確かな説得力もあった…
戦国時代の出世物語でも尾張とか仙台とかの大大名みたいに最初にやった事は親戚を口がきけなくなるまで叩き潰す所から…ってのも少なくないし…。
「兄さんもそんな奴らに剣聖と持ち上げられた所で嬉しくも面白くも何とも無かった…だから全部私に放り投げて木崎家を出て行ってしまったんだ…あんなに才能に恵まれていながら……この悔しさがお前に分かるか?……………。」
その気持ちはよく分かる……
僕より優れた基礎能力を持っている奴らを見て何時も思う…なんでもっと頑張らないんだ?って?もっと頑張れば…僕と同じくらいもがけばもっと上に行けるのに…って…。
叔父さん…もしかして…泣いてる?
「何時も兄さんと比べられて…兄さんが…裕一郎が総帥になっていれば…って親戚に陰口を叩かれる…この気持ちがお前に分かるか?」
……確かにそうだ…その気持ちはよく分かる……何時も何時も剣聖の家の子なのにこの有様は何だって…
その気持ちはよく分かる…叔父さんより僕の方が分かる…いや…
「分かりませんよ…叔父さんには…」
「尚登?」
この気持ちは…この悔しさは僕にしか分からない…叔父さんには分からない!
「本当に力が無い者の気持ちは叔父さんには分からない!」
どれくらいの時間か分からないが…後は二人で泣いた…
叔父さんが運転出来なくなってどこかの駐車場に車を停めて二人で泣いた…
いい歳したオッサンともうじき高校生にもなろうと言う男子が大声で泣いた…
お互いがっしりと抱きしめ合って泣いた…
そして…
「尚登…兄さんの子なら責任を負うべき…と…言ったな?その言葉に嘘偽りは無いな?」
「…………はい……」
「はっきりと返事をせんか‼」
「はいっ‼︎」
「私に恩を感じる気持ちはあるか?」
「ハイッ‼︎」
「では木崎尚登!百舌鳥木崎家当主代行の地位を返上せよ。」
「ハイッ‼︎…って……」
一瞬戸惑った…が仕方ない…叔父さんが僕にその器が無いと判断しただけの事だ…ところがである…
「お前はたった今から木崎本家が認めた百舌鳥木崎家当主だ‼」
「ええっ?」
待って!
何で取れるのが『代行』だけなの?どうして全部取れずに『当主』が残るの?
「返事をせいッ‼︎返事は『はい』か『おう』か『イエス・サー』だ‼︎」
「はいッ‼︎‼︎」
「お前は本家の防波堤‼私とお前は一蓮托生‼どれだけ苦しかろうと辛かろうと…簡単に逃げられると思うな‼︎」
「ハイッ‼︎‼︎‼︎」
「兄さんみたいに逃げたら…地獄の底までも追いかけて私が直々に首を刎ねてやるからな‼︎わかったか‼︎」
「ハイッ‼︎」
この『駐車場の誓い』が後に大きく大きく脚色され木崎家史に残る事になるとは…
その時の僕には知る由も無かった…




