本編七 受験票
「ねえ尚登…さっきの『四年生の時の事』で思い出したんだけど…『早希』とはあの後どうなってるの?」
ああ、やっぱり気にしてくれてたんだ…。
『木場早希』ちゃんとは僕達の小学校時代の同級生で、三人の接点『四年生の時の事』の今ここにいないもう一人の当事者…そして…
小学校六年生までは僕の婚約者でもあった人だ。
まだ義父さんが生きていた頃に親戚から
『木崎を名乗らせるなら縁者から嫁を取れ』
と半ば無理矢理婚約させられた娘…
まあ凄く可愛らしい娘で僕は嬉しかった…
こんな娘と結婚できるなんて…って…
でも彼女の方はそう思っては居なかったのは間違い無い…多分…
「…………もう三年は会ってないかな…。義父さんが死んで婚約は解消したし、向こうのお父さんに二度と近付くなって言われてるから…元気にしてるのかどうかも分からないよ。」
「あー、だから剣技競技会でもお互い顔を合わせない様にしてたんだ。」
一応近くの公立中学校に通っている事は知っているが三人とも向こうからは避けられていて、僕に至っては彼女への接近を早希の父親から禁じられている。
「仮に会って良かったとしても…早希ちゃんはちゃんと選手になってて僕は見学…正直前に出たくは無いよ。」
そして僕にもまた彼女の前に出たく無い理由がある。所属校の代表選手に選ばれ活躍する彼女に今の自分の情けない姿を見せたく無い。
「それにしても二度と近付くな…とは穏やかではありませんね…。」
一条さんは多分早希ちゃんの事をあまり良く思っていないのだが、僕との関係には少し興味がある様だ。
「義父さんが居なけりゃ僕みたいな『ハズレ養子』と結婚する意味なんて無いからね…って‼」
向かい側からデコピンが飛んで来る。
「だから!そのハズレ養子ってのやめな!」
「ご、ごめんなさい…。」
「まったくもう…何を話してもネガティブなんだから…」
そう言いながら一ノ瀬さんはハッと何かに気付いた様な顔になった。
「ねえ…尚登…高校なんだけど何処受けるの?」
「倫道館の一般入試だけど…」
「うん、それは知ってる…他には?」
「え?………………と…」
「ねえ、他には?ウチが本命として滑り止めは?」
「………………………………」
一ノ瀬さんが怖い顔をしてズイと身を乗り出して来る。
「もちろん光星も受験するんだよね?」
「………………………………………………………………」
これ多分怒ってる…笑ってるようで口元がヒク付いてる…
「倫道一本だけとか言わないよね?ね?」
どうしよう…一ノ瀬さんの顔がまともに見られずつい視線を反らしてしまう。
そんな僕を見て『現状』を察した一ノ瀬さんは信じられない物(控え目に言って馬鹿)を見る様な唖然とした顔になった…。
「ちょっとそれ無謀だよ!落ちたら中学浪人だよ!今からでも願書を受け付けてくれるとこ探そうよ。」
聞いて見て正解だったと一ノ瀬さんはスマホを取り出して都内の騎士科高校の願書受付締切日を検索する。
面倒見の良い彼女の事だ、両親から接触を禁じられているとはいえ幼稚園時代からの同級生が中学浪人とか考えたく無いのだろう…。
多分この後すぐ本屋まで引きずられて願書を買わされて彼女の目の前で書かされて投函するまでを見届けられるのだろう。
「木崎先生も来るんだよね?ちゃんと話をしなきゃダメだよ。」
「いや、でもね!木崎の男子は倫道に行くのがしきたりなんだ!だから…」
でもこれは譲れない。
僕にも通したい意地や立てねばならぬ義理があるんだと訴える。
「自分を追い詰めた所で出せる力には限界と言うものがあるよ。こんな事で退路を断つのは余り感心しないな。」
その時後ろから聞き覚えのある声がかかった。
「木崎先生…」
「授業中では無いのだしそんな風に余所余所しくするな。せめて学校の外で会う時は叔父さんと呼んでくれ。」
「僕がそう呼ぶ事を良く思ってない親戚もたくさんいます。子供の頃みたいには行きませんよ…。」
「じゃあ叔父さんと呼んでくれて問題無いな。お前はまだ子供なのだから。」
叔父さんは僕の隣に腰を下ろすとハンドバッグの中から封筒を取り出した。
「とにかく高校受験で人生は終わらないよ。ここで思い通りにならなかっただけでその先を全部投げ出すつもりかい?」
僕が手に取るより早く一ノ瀬さんがその封筒を開けて中を確認する。
「光星の受験票じゃん!良かったな尚登!」
「うちで願書を出しておいたんだ。光星を受験し合格する事が倫道の一般入試を受験する条件だ。いいな?」
「はい!もちろんです!するよね?尚登。ちゃんと受験して合格するの!」
僕の代わりに凄くいい返事をした一ノ瀬さんが僕の両手を握り締める。
「ちょ、わ、分かったからその手を離して。」
「だーめ、約束するまで離してやらない。ちゃんと『光星を受験して合格する』って。」
「約束する、約束するから。」
「木崎君、よろしいでしょうか?」
一条さんも笑顔を浮かべながら僕に話しかけて来る。
「倫道館の一般入試を受けるなら光星を受験しておいた方が良いと思いますよ。」
「どうして?」
「私も受験するので傾向を調べたのですが学科試験については倫道の一般入試と出題傾向も似ているので試験勉強も負担にはなりませんし実技試験も課題ごとの不合格点が設定されてないだけで合計点の合格ラインはほぼ同じです。倫道の合否を占う意味でも有意義だと思いますよ。」
女子二人の言葉に叔父さんも笑顔を浮かべる。
「決まりだな。マスター、私にもコーヒーを。」




