本編六 尚登、美少女二人と喫茶店に行く 二
「喫茶オオクラ……話には聞いたことがありますが来るのは初めてです…お二人は馴染みなのですか?」
倫道館の敷地から常人の脚で歩いても数分の所に店を構える『喫茶オオクラ』
「うん、義父さんの知り合いがやってるお店で子供の頃から来させて貰ってるよ。」
「アタシも時々来るんだ。一緒に入るのは久しぶりだけどね。」
「そうですか…。」
珍しい…一条さんが身構えている?
「どうしたの?一条さん?」
「いえ…父からここは…その…アウトサイダーの集まる店だと…。」
オオクラのマスターは現役時代に数々の武功を立てた元特級騎士で、僕達中学生世代にもその名前は知れ渡っている。
またこの店は響子の父:国立騎士団首都警備軍第一大隊の一条司令の言う通り社会の裏表問わず現役で活躍する騎士達の情報交換の場にもなっている。
緊張してる?年相応って言うのかな?一条さんってこんな顔もするんだ。
「…私の顔がどうかしましたか?」
「い!いや!何でもないよ。」
だったら僕がちゃんとエスコートしなければ。
「心配しなくてもこの時間は普通のお客さんしか来ないから、僕達が入っても大丈夫だよ。」
彰祐従兄さんから聞いた話だがオオクラの客層がガラッと変わるのは夜九時以降なのだそうだ。
遅くに来るお客さんとの棲み分けのため夕方六時に一度閉店して夜八時に改めて店を開き午前一時まで営業する。
その時間帯には真っ当な騎士だけで無く裏の仕事を生業とする輩も出入りし、当然酒類も提供されるけど一番の商品はマスターが独自に仕入れて来る情報なのだそうだ。
しかし日がある内は僕達が入っても何の問題も無い、ケーキとサンドイッチの美味しい普通の喫茶店、僕も一ノ瀬さんもマスターに顔を覚えられる程の常連だ。
「こんにちは。」
「こんちわー。」
軽く挨拶をして店内に入ると丁度空いている時間だった様で店内には僕達三人以外にお客さんの姿は無い。
店長はこちらに気付いて挨拶を返してくれた。
「いらっしゃい、尚登君はいつものコーヒーと一美ちゃんはケーキセットでいいかい?…お連れさんは…?」
僕達にいつものメニューでいいか?と問いながら店長は初顔の一条さんに注意を向ける。
中学生とは言え強力な騎士が緊張気味に振舞っているのは店長も気になるらしい。
「こちらはあの一条家のお嬢様。」
一ノ瀬さんが一条さんを店長に紹介し、一条さんも店長に自己紹介する。
「初めまして。一条響子と申します。」
「そうですか…あなたが…初めまして。店長の大倉と申します。以後お見知り置きを。」
一条さんは次世代の剣聖と噂される優秀な騎士、店長も彼女の名前は知っていたみたいだ。
一条さんと並んで見て僕は自分の隣に居る人間とのギャップを感じずにはいられない。
先代剣聖であった義父さんの子として彼女の様でありたいと願った相手を間近にすると胸の中にモヤモヤとした物が湧いて来る。
彼女は『次世代の剣聖』で僕は『剣聖の家のハズレ養子』…方向は真逆だがどちらも中学生騎士としては近所で名前を知らない者の居ない有名人。
!いけないいけない…気持ちまで負けてしまってはダメだ…
そう言えば一条さん…お昼を食べ損ねてお腹が空いてるって言ってたよね?
だったら軽食を頼んであげた方がいいかな?と気を利かせて見る事にした。
「一条さん、ここのサンドイッチは絶品なんだ。店長、一条さんにはミックスサンドセットを。」
僕は暫く食べていないけどオオクラのミックスサンドはちょっとした物…義父さんもこれが好物で、何年か前に『剣聖のサンドイッチ』とテレビで紹介された事もある。
「はい、かしこまりました。」
そう言って店長はカウンターに戻り調理を始めた。
叔父さん…木崎先生や彰祐従兄さんとの待ち合わせ場所として僕はこのオオクラを良く利用する。
義父さんもそうだったけど木崎先生も二人の従兄もここの常連だ。
待ち合わせの間何も飲食しない訳には行かないのでコーヒー等を頼み、『お前は子供なのだから』と支払いを迎えに来た大人に済ませてもらう慣習になってい一ノ瀬さんは時々それに便乗している。
普段はカウンター席に座るのだが今日は四人がけのボックス席、僕の座る正面に一ノ瀬さん、その隣が一条さん…
やがて僕達三人の前に注文の品が運ばれて来た。
僕のコーヒー、一ノ瀬さんのケーキセットそして一条さんのミックスサンドセット、その時一条さんが僕の方を見て『あら?』と言うか少し意外そうな顔をした。
「木崎君はコーヒーだけでよろしいのですか?」
その疑問はもっともな物かも知れない。
騎士は莫大な運動量を誇る生物であるため基本的によく食べる。
栄養の利用効率は普通の人間よりもずっと良いのだが、それでも彼らの倍は食べないとその求められる職務は果たせない。
「丁度この後用事があってここで待ち合わせなんだ。眠くなると困るからコーヒーだけで…。」
僕がそう言っても他の食べ物と一緒ならともかくコーヒーだけと言うのは騎士としては考えられない食事量だと一条さんは全く持って納得出来ない様子だ。
「ですが我々騎士は食べるのも仕事、食べるのも修行です。普段からカロリーを摂って少しでも体に栄養分を蓄えておくべきです。飲み物だけならブラックコーヒーで無くミルクココアとかホットミルクセーキとか糖質・脂質・タンパク質を同時に摂れる物にしなければ。せめてコーヒーにお砂糖とミルクをしっかり入れましょう。」
「え?ちょっと!一条さん⁉︎」
一条さんは僕が飲もうとしていたコーヒーを引ったくると限界まで砂糖を放り込み、元々のコーヒーの色が分からなくなるまでミルクを注ぎ込んだ。
「さ、どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
ああ、コーヒーよ…こんなになってしまって…
変わり果てた姿で帰って来たコーヒー(?)を口に含むとやっぱりと言うか想像通りと言うか折角のコーヒーの味が牛乳と砂糖で消し飛んでしまっている。
これはあれだ…自販機で売ってる山吹色のロング缶のミルクコーヒーの一番甘いやつ…いや甘さよりもミルクの味が勝ってるからこれは子供の頃飲んだ紙パックの白鳥コーヒーの方が近いかな?
分かっている…これは決して虐めや嫌がらせ等では無く、一条さんは将来戦友となるかも知れない僕のためを思って大真面目にやってくれたんだ。
だって一条さんのコーヒーも真っ白に近いクリーム色だもの…。
カウンターの方をチラと見ると折角のコーヒーを無残な姿にされてしまった店長がカウンターの向こうで苦笑いをしている。
ちなみに次の来店から僕の『いつもの』はコーヒーからミルクココアになった。




