閑話 職員室
職員室では尚登の叔父こと木崎裕次郎が今日の午前中に行われた甥の内部進学審査の結果を眺めていた。
内部進学に用いられる身体能力検査には項目ごとの最低基準点があり、尚登は持久力と耐久力の継戦能力に関わる重要な項目二つを欠いていたため補欠合格も叶わなかった。
尚登に関して問題になるのは持って生まれた体格の小ささだ。
第一に細い骨と少ない筋肉では敵の攻撃に対する肉体的な耐久力が身に付かない。
さらに小さな体には蓄えられるエネルギーの量も少ないので騎士の運動量と代謝量では戦闘時にあっと言う間に燃料切れを起こして動けなくなる。実際に裕次郎も試して見たのだが一般的な騎士であれば問題無い程度の行軍からも尚登は脱落してしまった。
尚登は騎士として遺伝子を発現しているせいで就職や進学の先が規制される事に加えて、更に騎士としての進路にも制限が加わってしまう非常に残念な体をしている。
ただ資料を見る限りでは進路指導の教諭が言った通り尚登の学業・授業態度に問題は無く、剣技においても技術的な課題はクリアしている。
――それどころか身体能力検査の合計点は二次審査合格者最下位のそれを上回っているのか……本当に努力で何とか出来る物については問題ないのだな…。
全部ダメなら諦めも付くが半端に出来る所があるせいで余計に希望を捨てられないのは若者にしばしば見られる傾向だが騎士としての尚登にも出来る身の振り方はそれなりにあるし、裕次郎にも尚登に表の顔としてして欲しい事やさせたい事がある。
それは決して逃げや妥協ではなく尚登と同じ境遇から立身出世を果たした人間を裕次郎は何人も知っているのだ。
裕次郎を困らせているのは尚登本人が出来る事では無くやりたい事に拘り続けていて、そのやりたい事が保護者として見過ごせないほど危険で無意味な事、今回の高校進学は尚登に自分の限界を思い知らせ、無理な目標を追い続けて将来を棒に振る事が無いように軌道修正する良い機会だと思っていた。
「木崎先生…来年度からの出稽古についてなのですが…。」
三年生学年主任の教師が申し訳なさそうに来年からも授業を受け持ってくれるだろうか?と聞いた。
「そちらさえよろしければ今まで通り来させて下さい。」
尚登の進学とはまた別の問題であると、裕次郎は来年からも出稽古を受け持つ事を快諾した。彼は引退したら小中学生騎士向けの無料道場を開きたいと思うほど子供や若者と接する事が大好きなのだ。
「有難うございます。ところで…尚登君の進学先についてなのですが…。彼に確認した所、ここの一般入試以外何処にも願書を出して無いと…。」
「ええ、そんな事だろうと思っておりました。なので私の方で光星に願書を送っております。ここの一般入試を受ける交換条件として光星を受験させます。」
「そうでしたか。」
それなら大丈夫かな?と学年主任は胸を撫で下ろした。
裕二郎は笑顔を浮かべながら小声で囁く。
「ここだけの話、一度出た判定を取り消させては先生方の面子を潰す事になるから寄付金を積むなら昨日の午後三時が最後のチャンスだとも言ってやったんですが…。」
つまり教育者でありながら裏口からの進学も提案したと言う意味だ。
「振り込みを確認してはおりませんね。」
主任と裕次郎は笑い合った。
「木崎裕一郎の子としてのプライドでしょう。それに免じて家族も尚登が納得出来る様にさせてやる事に賛成してくれました。」
つまり親戚はともかく彰裕を始めとした裕二郎一家との関係は良好なのだ。
「限界まで足掻く事も失敗や挫折もそしてそれらから立ち直る事で得られる自信も人生には必要です。先生方も思う所はあると思いますが、もう少しだけ付き合ってやって下さい。」
中学生である尚登の人生はまだ始まってさえいない。今は色々な経験を積み重ね糧とする段階なのだ。
「尚登には複雑な家庭の事情もあります。兄の死後彼から色々な物を取り上げただけでは飽き足らずさらに尚登を追い出そうとする者がまだ一族に居ます…。」
そして兄の遺児である尚登を守る事も自分の務め…
「彼らから自分の立場を守るために倫道館高等部に合格し、木崎家の男子として身の証を立てたいと思うのは当然の事、ですが我々騎士に取って持って生まれた体の差を埋める事は容易ではありません。ここでやって行くのはもう限界でしょう。」
優秀な騎士である裕二郎も剣聖位に登り詰めた兄との差に思い悩んだ時期もあった。それを埋めるための苦労努力が実業家としても騎士としても指導者としても高く評価される今の彼を作り上げている。
「おまけに噂では女子の父母から『あんなハズレ養子に近付くな』と陰口を叩かれて居るとか…。倫道館の生徒には上級の武家も多いのでそんな風に言われてしまうのも仕方無いでしょう…ですがこの上高校生活を…大事な青春期の三年間をそんな中で過ごさせては兄に申し訳が立ちません。」
ついでに中高生の頃は常に兄の影に隠れ比較され続け、実力の割に異性からの評価も低かった。
自分に近付いて来る女の子はみんな兄目当て、兄宛のラブレターや兄宛のバレンタインデイのチョコレートや兄宛の誕生日プレゼントを渡され続けた暗い日々…尚登には明るい高校生活を送らせてやりたいと言うのは偽る所のない本心だ。
「それに加えて世間には三年前の…東京ゲートの出現を兄の責任だと街角で尚登に心ない言葉を投げ付ける者もおります…。心機一転させる意味でもここで一度環境を変えてやりたいと思っております。」
「環境を変える…とは?」
「光星にいらっしゃる有栖間由佳先生をご存じでしょうか?」
「有栖間先生…ええ知っております。若いですが非常に優秀で、今時珍しい詰め込み型の熱血教師…ただ、かなり癖のある人物だとも伺っております。」
「実は前々から彼女に尚登を預けたいと思っておりまして…」
高校入試で尚登がけっ躓くのは分かっている。
ならばそこから立ち直る御膳立てをしておいてやろう。




