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本編五 猛犬と狂犬 一

尚登の小学校時代からの同級生であり

またかつて通った道場の一人娘

『猛犬』こと一ノ瀬和美

彼女との御戯れに尚登はつかの間の安らぎを覚える…

しかし彼女と自分は小学校時代から接近禁止中…



「那月…帰りましょう…。」

少し離れた場所で他所の父母と話をしていた深川さんのお母様が呼びかけた。

「はーい、じゃあ。」

返事をすると同時に軽く別れの挨拶をして深川さんは去って行った。

お母様が僕に向けて軽く頭を下げ、僕も礼を返す。

「さよなら。」


「最近よく一緒にいるよね…アンタ達そんなに仲良かったっけ?」

軽く手を振って深川さんと別れた僕の後ろから聞き覚えのある声がかかった。


その真っ赤な髪の毛一つ取っても手入れにかかる時間は深川さんの二倍三倍では済まないだろう…それだけの時間を美容に充ててなお彼女は僕や深川さんなど足元にも及ばぬ強さと成績を誇っている…。

世の中ってどうしてこうまで不公平なんだろう?

それにしても背中まで伸ばした髪にキツめのパーマをかけて真っ赤に染めたその風貌、明らかに校則違反なのだがこの倫道中等部では強力な騎士であれば容姿格好程度で注意を受ける事はまず無い。

過去に『よく知っている誰かさん』が試してみたのだが、肝心な所を隠して上着を羽織っていればお咎め無しだったという噂が実しやかに伝わっている。

馬鹿な事をする生徒が居てもそれを真似する生徒はいない。損をするのは本人だけなので一々指導する必要が無いのだ。


声の主が誰だか良く分かっているので僕はそっちを見ずに答える。

「進学について似たような感じになってたからお互い情報共有し易い様にしてただけだよ…。」

「それにしちゃぁ随分と踏み入った話をしてたじゃない?アタシ的にはああ言うマジメぶってるだけの手合いはアンタにお勧めしたく無いんだけどなぁ…。」

「では一ノ瀬さん、僕にお勧めの女の子を連れて来て下さい。」

「ハイハイ、アタシアタシ♪」

どうしよう…溜息しか出ない…そりゃあ一ノ瀬さんみたいな女の子とお付き合い出来るのなら願ったり叶ったりだ。

しかし僕にはそういう訳に行かない事情がある。

「一ノ瀬さん…僕は一ノ瀬流を破門になった時に君のお父様から接近禁止を言い渡されて居るんだけど…。」

「アタシに接近禁止ってだけで破門にはなってないよ。」


倫道では個人同士の恋愛に対して学校からチェックや指導が入る事は無い。

騎士同士貴族同士ともなれば法的に結婚出来る年齢に達していなくても親の許可や勧めあるいは強制を持って交際しているペアも多くて…

つまりは家任せと言う事だ。

当然望ましくない相手との交際が発覚した場合も家が積極的に介入する。


一ノ瀬さんは御両親から強力な騎士との縁組を期待されていて、いかに木崎家とは言え立場の弱い養子で力も無い僕への接近を禁じられている。

だから僕と接する時も線を引いているし、僕も一ノ瀬さんの接触がただのお戯れである事を理解しているので絶対に自分から声をかける事はしない。

そしてそれは彼女に限った話では無く身の上に問題を抱えた僕に近付くなと家から注意を受けている女生徒は決して少なくない。

ちなみに先程の深川さんは武家と言ってもそれほど格の高い家柄では無く、またお父様も東陵騎士団に所属し直属では無いにしても裕二郎叔父さんの部下であるためそういう注意は受けていない…と聞いた…飽くまで表向きの話だけど…。


「と、言う訳だからまた何時でも道場に来てよ。お父様もまた一から鍛え直してやるって言ってるからさ♪」

「ああもう…またその内にね…」

一言口に出して初めて分かった…ああ、これはダメだ…イライラが態度に出てしまっている。

普段はこんな口の聞き方しないのに…さっきも深川さんに失礼は無かっただろうか?

とにかくこんな日に女の子と話なんてしたくない…。

彼女に背を向けさっさと退散しようとする僕の後襟を一ノ瀬さんはぐいと掴んで自分の方に引き寄せた。

「待ちな尚登、用があるのはアタシの方だよ…。」

「ダメだよ…こんな目立つ所で僕みたいなハズレ養子とお喋りだなんて…。」

接近禁止と言う事はつまり

『お前なんかと付き合わせたらウチの娘の評判が下がる』

と言う意思表示…。

保護者同士のトラブルになって叔父さんに迷惑をかけてしまう。

必死に逃げようとするが一ノ瀬さんは後襟を放さない。

それどころか僕の頭に手を乗せ頭をグシャグシャ撫で回し、背を屈めて顔を覗き込んで来た。

「尚登…このアタシが世間でどう呼ばれてるか…知ってるだろ?」

「‼」

そう言う聞き方をするのなら…こう答えねばならないのだろうな…。

「高等部にも恐れられる倫道の総番こと『猛犬』一ノ瀬和美様でしょ?」

僕の答えに満足したのだろう。一ノ瀬さんはニッコリと笑顔を浮かべながら背筋を伸ばし、胸を張る。

「分かってんじゃん。今更尚登とお戯れしたくらいで落ちる評判なんて持ち合わせちゃいないよ。」


そんな事は無い…二人居るお婆ちゃんも、いなくなってしまった義母さんも…本当に強い大人の女性達は君の事を本当に高く評価しているよ。

君は生来の強さと芯からの真面目さは真っ直ぐな黒髪だった子供の頃のまま…今の姿も自分の剛さや内面の優しさをしょうもない人間に利用させないための警戒色みたいな物、

その周囲を威嚇するための真っ赤な髪を脱ぎ捨てた時に君がどう変わるのかを皆楽しみに待っているんだ。


そこまで言うのなら今日の所はお喋りに付き合わせて頂こう。

「それで今日はどうしたの?内部進学が決まってるんだからこんな所に用は無いでしょ?」

「それだよ尚登!『狂犬』見なかった?」

『狂犬』と聞いて全身に緊張が走る…。

「一条さん?見てないけど…どうしたの?」


『狂犬』=『一条響子』僕達の小学校時代からの同級生で学年…いや高等部まで含めたエース、中学生でありながら既に大人の教官騎士さえゆうに凌ぐ騎士全体で見ても桁外れの戦闘能力を身に付けていて成人すれば初の女性剣聖になるだろうと有望視されている。


「見かけたら伝えて欲しいんだ。『剣司が探してるから顔を合わさないように直ぐ寮に帰れ』ってね。」

「新藤君が?分かった。伝えておくよ。」

狂犬絡みとかそれだけでも僕にとっては厄ネタ以外の何物でもない…そして一ノ瀬さんも僕と彼女の間に因縁がある事を知っている。

そんな僕に一条さんを探せと頼むのだから余程の事情があるのだろう。

「………理由聞かないの?」

ところが一ノ瀬さんは『少しおしゃべりがし足りない』と目で訴えて来る、じゃあもう少し…ご一緒させて頂きます。

「知ってた方がいいなら教えてくれない?」

「じゃあ教えてやるよ、響子が内部進学を断ってたんだよ。」


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