本編四 深川那月
同級生・深川那月
那月の語る夢は遠く…それは既に目標と呼べる物では無いかも知れない。
「あの、木崎君…」
「え?…あ、深川さん…。」
後ろから声をかけて来たのは同級生の女の子…フレームの太いメガネに短く切り揃えた髪型
髪の手入れにさえ時間をかけたくない女生徒の間で流行っている髪型で、実際彼女達は同じ年頃の女の子がシャンプー&ヘアセットにかける手間を浮かせている。
『能力の低さに由来する余裕の無さの現れ』
『自分の人生を生きていない証拠』
『女子廃業』
と揶揄される事もあるが、そんな陰口を気にする余裕は『量産カット』の彼女達には無い。
この少し頼り無い空気を纏った少女の名前は『深川那月』さん。
量産カットの女子の中で一番量産カットが似合う『ベスト量産カット2021』に男子から勝手に認定されている、見た目ちょっと可愛いクラスの男子の半分くらいが『あの娘の可愛さを理解しているのは自分だけ』と思っている女の子だ。
また男子の間ではメガネを掛けた状態の何処か自信なさげな顔とメガネを外した時に近視のせいで若干鋭い目つきになる時とどちらが良いか語り合う事で10分は時間を潰せる娘として時折教室の隅で話題になっている。
彼女は中学から入学して来た同級生で成績が近く進学に関して似たような状況であったため、情報交換をしやすいようにと十二月頃から行動を共にする事が多くなっていた。
「その…残念だったね…。」
深川さんの言葉に僕も無言で頷いた。彼女もまた今日の内部進学審査で不合格判定を受けている。
今日の合格者は二人いたけど、一人は家の用事、もう一人は当日の体調不良で二次審査試験を受けられなかった者で、普通に受験出来ていればここに居る必要は無かった。
僕達落ち零れの審査はその二人のついでに最後のチャンスをくれただけであって合格の可能性はほぼゼロ…。
分かっていた…分かっていたけど…それでも…。
「…うん…一般入試に向けて気持ちを切り替えて行かないと。」
「受けるの?一般入試。」
その時の深川さんは少し驚いた様な読み取り難い表情を浮かべていたが、僕はそれを読み取る事が出来ずそのまま話を続けてしまった。
「一応最後まで食い下がって見るつもりだよ。深川さんは?」
「私はもうここまで。父さんは一般入試を受けてもいいって言ってくれてるけどね…。」
深川さんは僕よりもまだ能力の偏りが少なく、合格する可能性も僅かだが高い。
「じゃあどうするの?」
「私は光星を受けるわ。」
光星高校は都立の騎士科高校で私立の倫道館と並び優秀な生徒を輩出している。上位十人ほどの成績優秀者に限れば卒業後の進路も倫道と遜色無い。
「レベルもそれほど劣ってないし公立だから学費も安価いし、それにあっちは合計点さえクリアすればいいから得意分野で点数を稼げば合格出来るし…。」
前向きな様で何処か疲れた表情を浮かべながら彼女は続けた。
「私ね、高校を卒業したら家を出るつもりなの。お父さんもお母さんも私より妹の方に期待してるし、両親の老後を考えたら私みたいな不出来な娘はこれ以上家に負担はかけられないから。」
あ………
経済的な話題になって僕はやっと彼女が先に浮かべた読み取り難い表情が羨み、受かる可能性の殆ど無い試験まで受けさせて貰えるのが羨ましいという気持ちだったのでは…と思い至った。
そう考えると尚登の中に自分の無神経さを恥じる気持ちが沸き上がり、申し訳ない様な情けない様な感情で心の中が一杯になった。
「ちょっと、そんな憐れむような顔はやめて。」
そんな僕の顔色を読み取ったのか深川さんは少し力強い表情を浮かべて左腕で力瘤を作る様なポーズを取って見せながら言った。
私は高校で頑張って何処かの騎士団にインターン採用してもらって奨学金で大学に行くわ。絶対に一級騎士になって見せるんだから。」
騎士には国によって認定される資格がある。
四級騎士
特に資格ではない
中学校入学と同時に認定され、国家の管理下に置かれた事=最悪の事態には動員もあり得る=非常時に逃亡を許されず一般人の盾になる義務を持つ事を意味する。
だが一九〇八年に日本で騎士法が制定されて以来『四級動員』がかかった事は一度も無い。
三級騎士
十二歳になる年度から受験資格が発生し、また騎士科中学校卒業と同時に自動的に認定される。ただし倫道館・京都武学等のハイクラスな中学校への入学や内部進学には小学校六年次に取得する(つまり四級騎士であった期間が無い)事が必須である。
二級騎士
十六歳になる年度から受験資格が発生する。
並の者は大学在学中に取得するが上級職を目指すには高校での取得が必須。
また十六歳で合格した者は将来有望とされ、各騎士団から学費や栄養費等の援助の申し出…はっきり言うと取り合いになる。
持っていなければ次に上げる準一級騎士資格を取得出来る大学を受験しても合格は不可能である。
一級騎士の受験資格が得られるのはここから。
準一級騎士
東京国立騎士科大学を初めとしたごく一部の大学でのみ取得可能な資格。
優先して一級騎士昇級試験を受験させるのに相応しい能力を持っていると国家に認定された騎士を意味する。一級昇級試験の推薦人が先任一級騎士一名で済むなど優遇措置がある。
ただしこれを持っているのに三〇過ぎても一級に上がれない者は逆に素行人格に問題ありと白眼視される。推薦無しで取得出来る資格はこれが最高。
一級騎士
準一級・二級の騎士が必要な実戦経験(実戦参加の回数やヨウキ討伐数)を満たし先任の一級騎士二名ないしは特級騎士一名以上からの推薦を受けて受験資格を得る事が出来る。
この推薦制度のせいで大騎士団に所属していない騎士は受験資格その物を得る事が出来ないケースも多い。
騎士団幹部クラスになるには必須の資格。一級を取ったものの大騎士団での出世が見込めない者はそこから中小の騎士団に転出したり、自身の騎士団を設立したりする。
特級騎士
一級騎士の中でその戦果と品行を優秀と国に認められた者が認定される一種の名誉職。騎士法制定以降同時に十人以上存在した事は無い。
この他にも特に剣技の優秀な者、特定の流派の指導者や由緒のある武具・宝剣の所有者に贈られる名誉的な称号もある。
騎士としての出世栄達は一級騎士資格を遅くても三十歳出来れば二十五歳までに取っていなければ望めない。
当然その一級騎士資格は僕が将来的な目標とする物の一つでもある。
けど深川さんが希望する
『一級騎士資格に手の届く騎士団』に
『大学進学と同時に奨学金付きでインターン採用される』には
並の騎士なら取得に大学四年までかかる二級騎士資格を高校在学中なるべく早く、出来れば高校一年生の内に取得した上で騎士団の審査を通過せねばならない。
そして明文化されてこそいないがその審査を通過するには准一級が取れる大学に合格している事が必須である。
これは僕や深川さん程度の騎士にとっては非常に狭い門…。
二級騎士資格も進藤君や一ノ瀬さんみたいに身体能力が並外れて優れているならその分を加算されて一年生での合格が充分可能だけどそうでないなら特別な武功か社会的な評価が必要だ。
高校一年の昇級試験のある十一月までにそれこそ普通の騎士が六〜七年かけて積み重ねる実績に匹敵する武功がなければいけないのだから…例えば………
カバみたいな大きさの肉食獣型ヨウキを遭遇戦で単独撃破するとか………
そのためにあの剣と戦闘服を用意したのだけどそもそもそんな敵に単独で出会すこと自体がこの日本じゃまずあり得ない。
強い仲間を集めた強力な学生騎士団を作り、社会貢献活動をするとか……。
この時点で夢物語……
一般人で例えるなら『学校を制圧したテロリストを一人で全滅させる』レベルの妄想……
表で口にしたら可哀想な子だと後ろ指刺されることだろう。
さらに大学では卒業までに准一級騎士資格を取得するのは勿論、それとは別に騎士団からの課題と業務を与えられ、それを学業と両立させねばならない。
それをクリアすれば騎士団に幹部候補生として採用されるが、査定によっては本採用が見送られるばかりか、学業不振と判断されれば奨学金の打ち切りもありうる。
ああ…溜息が出そう…深川さんの方を見ると彼女も同じような顔をしている。




