序文一 『M』と『ハイランダー』 第一節『M』
小説 羽田尚登と百舌鳥の館
序文一 『M』とハイランダー
第一節 『M』
三月某日現地時間午前六時………北アメリカ大陸西海岸ワシントン州
夜も明け切らぬ薄暗がり、人も通わぬ本来ならまだ静寂に包まれているはずの針葉樹林帯……
その真上を轟音を立てながら一機のヘリコプターが通り過ぎて行く。
ジェットタービンの爆音を響かせながら針葉樹の少し上を飛行する州軍のヘリコプター(U H−1改良型のどれかなのだろうがここではその程度の認識でいい)
操縦手と副操縦手、そして銃手の3人乗りでサイドドアに固定されているのは口径0.5インチ=12.7㎜のブローニングM2機関銃(威力を簡単に説明すると人間の胴体に当たると死ぬほど大きな穴が開くか、当たりどころが悪ければ真っ二つになるくらい)が固定されている。
M2?定番は7.56mmのM60やGAU16あるいは17だろう?
と思われた方も居ると思う。
その意見はもっともだ、12.7mmよりも7.56mmの方が反動も少なく携行弾数も増やせる。
じゃあワザワザ50キャリバーを使わなければいけない相手って何者?
銃座から時折地上に向けて機関銃弾が発射される。
曳光弾の閃光が照らすその先には
巨大な四脚の
真っ赤に光る目を持った
獣の様な物が走っている。
「目標を発見した、間違い無く『M』だ!頭尾長二〇フィート、推定体重三五〇〇ポンド以上、敵をクラス2と認定。時速70マイル以上で市街地に向けて進行中。」
ずんぐりとした毛深い胴体、太い手足の先にはまた太く短い指とその先に鋭く尖った爪がある。
皆が知る生物の中で一番近い物をあえて挙げるとすれば外観だけならクマが一番近いだろうか?
ただ問題はそのサイズ、3500ポンドと言えばざっと2トン。
周辺に生息するハイイログマよりも大きくアラスカに居るホッキョクグマや絶滅動物のホラアナグマの中で最大級の個体のさらに倍…
なんだ、2トンってカバのメスの平均体重じゃないか?
と言われると一気に迫力を失ってしまうが少し考え直して欲しい。
生息地アフリカ大陸でライオンよりも人を殺しているのがカバなのだ。
それが時速70マイル=120kmで突進する…。
もし、その重量・速度だけでも十分凶器たり得る巨体に自動車向け鋼板を紙の様に切り裂く鋭い爪、ボーリングの球を噛み砕く顎、拳銃弾や散弾はおろか5.56mmや7.62mmのライフル弾を貫通させない毛皮を備えた生物が存在し、そしてそれらが人類に牙を剥くとしたら?
「もう民間人居住地まで6マイルを切った。」
ヘリ操縦手は司令部に報告、状況は逼迫、目標は一直線に人里に向かっている。
「了解した、今『ハイランダー』がそちらに向かっている。可能な限り足止めをしてくれ。くれぐれも高度を下げるな。」
ガンナーは一直線に走る敵に狙いを定め、引き金を引く。
轟音と共に銃弾が発射されるが、敵は走りながら左右に身をかわし銃弾は地面を弾くばかりだ。
「くそ、当たらない!」
「どうする?市街地まであと何分も無いぞ!」
先回りしようにも四つ脚の獣の方が小回りは利く。最高速度は倍以上でも敵はガンナーを翻弄する様な身のこなしで機関銃を避けながらも全く速度を落とさない。
「高度を下げてくれ…直撃させてやる。」
山林火災のリスクを考えればより有効と思われるロケット弾は使えない。
拳銃弾や散弾、ライフル弾ではどうにもならないがこれは50キャリパーの機関銃弾、当たり所が悪ければ流石に動きが鈍る。
そうすれば蜂の巣にして息の根を止める事は出来るし、偶然の命中弾で敵を仕留め英雄扱いされている者も隊にいるのだ。
急降下で一気に距離を詰めれば回避する余裕を『M』から奪う事が出来る。
しかし高度を下げるという選択肢は絶対にとってはいけないと教育され、また出撃前にも厳命、ついでにさっきも念を押されている。
彼らの任務は敵を視界に留め、進行方向に先回りしてその鼻先に銃弾を叩き込み、少しでも進行を妨害し『ハイランダー』の到着を待つ事…
しかし目前に守るべき市街地が迫っている焦りと英雄願望が若い兵士達から正常な判断力を奪ってしまったのだ。
パイロットはその『英雄』がやった様にヘリコプターを旋回させながら『M』の鼻先目掛けて斜めに急降下させ、そしてガンナーは敵の意表を突いて正面から機関銃弾を…
「!」
銃口の先に居るはずの『M』の姿は無い…周囲を見回しても何処にも…
制限高度を下回ってはいけない理由は二つ。
一つ目は高度を下げれば視野が狭くなり、目標を見失う事。
敵は瞬時に身を翻し、その瞬発力を持ってあっという間にガンナーの視界から消えてしまった。
「まずい、見失った。上昇してくれ!」
「了解!」
パイロットは視界を確保するために急上昇しようと操縦桿を引く、
しかしその次の瞬間!
視界から消えていたはずの敵は周辺の木を足場に瞬時に駆け上がり、そのままヘリに襲いかかった。
これが二つ目の理由、敵の間合いに入ってしまう事だ。
「う?うわああああああああああああ」
ほぼ2トンの重量が突然着陸脚に飛び付いたせいでヘリは機体バランスを失う、
敵から回避する余裕を奪うための低空飛行が逆に安全な間合いと機体を立て直す高度的な余裕を奪う。
ヘリは真横を向いて地面に叩き付けられローターが巨大な爪の様に地面を抉った。
陸棲肉食動物の中で最大と呼ばれるホッキョクグマをゆうに超えるカバ並みの巨体、最速と呼ばれるチーター以上の速度とそれを数時間単位で維持できる持久力、ライフル弾を弾き返す毛皮、機関銃の斉射すら回避する俊敏性と武装ヘリコプターの追跡を振り切る知能、そして時にそれを墜落せしめる攻撃力と凶暴性………。
今回の四脚獣型のみならず人型,鳥型,蛇型,蟲型等多種多様な形態をとり地球上にその進化の歴史を一切見出す事は出来ず、別世界からの通路を通ってのみ現れ英語圏では“the monster””『M』”と呼ばれるこれらの奇怪な生物群…。
この世界の人類は有史以前からこれらの由来不明の生物の侵略に晒されていた。