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【されされ】〜超ポジ清純ヒロインな和栞さんにしれーっと、美少女に夢を見ない俺の青春が、癒されラブコメにされた件〜  作者: 懸垂(まな板)
第二章「二人だけの勉強会」

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第三十九話「和栞さんは秘密主義」


「腹減ってきたし、今日はこのくらいにしておこうと思う」

「うちで夕飯を食べていっても一向に構わないのですよ?」


 またこの美少女はとんでもないことを言い始めた。

 特別な理由もない限り、再度ご相伴に預かるなんてとんでもない。


 おそらく、この時間であれば母の由香が夕飯の準備をしながらキッチンに立っている頃なので、今更「夕飯は食べてくる」なんて言葉はこの年齢の自分にしては危険なパワーワードになりかねない。


 なおの事、和栞の手料理は絶品であるとの体験がある伊織にとっては、この申し出は魅力的なものに思えたが、おいそれと「いただきます」をお願いすることはできなかった。


「またまた、ご冗談を……」

「冗談に聞こえるのであれば、伊織君もまだまだ私の事をちっともわかっていませんね」


 どこか不満げな表情を見て取れるのだが、こちらが夕飯の申し出に首を縦に振ってしまえば、彼女は今すぐにでもキッチンに立ってしまいそうな気配がある。


 彼女は軽い冗談話を端々で織り交ぜるユーモア感覚があると思っているが、今は割と本心寄りの言葉を発しているのが真剣な眼差しでわかる。


「嬉しいお言葉を今は飲み込んで、帰るとするよ。あの料理を口にするには心構えがいるので、前もってお伝えください。不味いってことじゃない方で」


「胃袋を掴んでしまうのですね?」

「このままじゃ鷲掴みにする勢いだからそういうのは本番に取っておくべき」

「本番とは……?」

「鷲掴みにしたいくらいの人間にとっておけってことだよ」

「あら、私は誰の胃袋も捉えて離さないようにしたいと思っていますよ?」


 いたずらな様子で笑みを浮かべている。彼女は言葉の意味を分かっていてこちらにちょっかいを掛けてきているのだと思った。


「こんな自分の胃袋を掴んでどうする?」

「一生離さないですかね?」


「流石に一生は無理だろう? 月待さんにも彼氏や旦那さんができるだろうに」

「はい……。そうかもしれませんね」


 少し悲しそうな顔をしているが、その意味を聞くのはなんとなく怖かった。


「でも、伊織君にも記憶に残る料理を作れているなら嬉しいです」

「そりゃ、快晴の下で食べた唐揚げは易々と忘れられないので、バッチリ」


「タコさんウインナーも忘れてあげないでください」

「忘れてないよ」


 それで良しという彼女の納得を受け取ったので、腑に落ちる回答を出せたのかと、安堵した。



◇◆◇◆



 伊織は、机に広げていた勉強道具一式を丁寧に鞄にしまい込みながら、帰り支度を始めた。


 彼女は勉強をひと段落させるのか、消しゴムのカスを丁寧に掃いている。


 和栞が思い出したかのように口を開いた。


「土曜日の母の日のプレゼントの買い出しの話ですが……」

「うん」


「私は、母のエプロンを新調しようと考えているのですが、お花も渡したいので、一度に選ぶことができる場所に行きたいのです。どこか良い場所は無いでしょうか?」

「それなら心当たりがあるから心配しなくていい」


「それは良かったです。伊織君のお母様へのプレゼントはいかがなさいましょうか?」

「これだというものは決めてないかな。月待さんの買い物に付いていく途中で考えようかと思ってたよ」


「わかりました。当日探しましょうね」

「そうだね。よろしく」

「頼まれました」


 彼女は決まって自分の胸を叩いて、依頼を承諾する。


 見慣れた所作ではあったが、今回はこちらが見当もつかない母の日のプレゼントのアドバイザーになってもらうのだから、小さなその身体がいつにもまして頼もしく見えてきた。



「伊織君は土曜日はおめかしして来てくださいますか?」

「ん? おめかしって? 今みたいな普段着で行くけど……」



 何か言葉に含みがあるような気がしたが、聞かれたことに素直に返す。



「わかりました。伊織君は、私にはどのような雰囲気をご所望ですか?」



(ん?)



 伊織の思考が和栞の口から出る言葉にまだ追いついていない。



「なんといった? 雰囲気? ご所望? なんで?」

「お出かけですから、隣で並んで、ご一緒頂く方には迷惑をかけられませんので」


「迷惑って、既に華やぎが過ぎているから気にしないでいいと思うよ?」

「嬉しいことを言ってくださいますね。でも決めてください」


 どうやらこの視線はこちらから何らかの返答を寄こさなければ、捉えて離さないつもりなのだろう。隙が無かった。静かに返事を待つ様子の彼女は、真っすぐにこちらを見ている。


「それって、こっちが決めていいものなの? 何着てても月待さんは、似合うもんだとは思ってるけど」

「伊織君の好みを聞いているのですよ」


 どうやらこちらの好みに合わせてくれる気のある彼女が、趣味嗜好を聞き出そうとしてくる。


「なんかデートするみたいな言い草だな……」

「え? デートの意味から考えるのであれば二人だけで行動しますし、デートになりますよ?」


「お嬢さんや……そういうことは、気やすく認めていいようなことではありません」

「伊織君は言葉の意味を丁寧に受け取りますよね。深く考えず、私とデートしましょう!」



(全く、困ったもんだ……)



 呆れを通り越した伊織はどうにでもなってしまえと開き直ってしまった。


「語弊のある言葉を、他の人の前で使うんじゃないぞ? 後で大変な目に遭うのはそっちなんだから」


「時と場所は的確に選んでいくので大丈夫ですよ。相手が伊織君だからこのような言葉選びになっても問題ないかと思いました」


 言葉に脈絡がない様に感じてしまったのだが、彼女なりに安心してこの言葉を使ったらしい。

 やや真剣な眼差しでこちらをじっと見ている姿を見るに、からかって楽しんでいるような様子もないのでさらに追加で面食らってしまった。


「心得ているのであればよろしいが……」


 ニコッと微笑んでいる彼女を見ていると、真に言葉の意味を理解しているのか不安になってくる。そんな笑顔を誰にでも向けているような彼女だからなおのこと、恐ろしく感じてしまうのだ。

 

 和栞の人当たりが輝く様子に伊織は困り果てた。


「そもそも、伊織君と仲良くさせてもらっていること。まだ誰にも言ってませんよ?」

「もしかして千夏さんにも?」

「はい。そうですよ?」


 学校で彼女がらみの面倒ごとが発生しない事に合点がいった。

 そもそも話自体が周囲に出てないのだ――たった今、理解した。


 いずれ、こんな美少女とマンションの一室で密会を重ねているなどと言うことが周りに知れ渡れば、面倒ごとも出てくるだろうと思っていたので有難い話ではある。

 だが、ごく親しい人間にまでそのことを言わないでおくということは話が変わってくる。

 仮に事態を知った友人たちに、必要以上に親しげな関係であると誤解を生みかねない。


「それもそれで、困ったもんだな……」

「もちろん、唯衣さんには、私が一人暮らしをしていることはお伝えしてあります」


「そういうことじゃなくてね?」

「そういう伊織君こそ、冬川君にはお伝えしていないのでしょう?」


 確かに、彼女が口を割っていない事同様に、こちらも誰に話す訳でもなく、彼女との時間を過ごしている。


「司は根ほり葉ほり聞いてきそうだから、そうしてる。面倒ごとは避ける主義だから」

「なぜ面倒ごとになると思うのですか?」


 不思議そうにこちらを見て問いかけてくる彼女は、心の底から想定が及んでいないらしい。


「なぜって……。二人で勉強しているなんて、そもそも状況が信じられないだろうし、一から説明して話すだけでも時間がかかる。まして、司だし。どう茶化されるか手に取るように想像ができるだろ?」


「お友達であれば何一つ不思議なことじゃないと思っているのですが……。案外、伊織君は秘密を大切にしたい口の堅い方なのですね?」


「秘密って、笑っちゃうな」


「私もプライベートな話題は秘密にしておきたい気持ちが大きい……ですかね。ただそれだけで誰にも言っていない理由にしておきます。私が話題の中心にいることは好きではないので、あまり自分のことは明かしたくないのですよ」


「そんなものなのか?」

「そう思っていてください。乙女心です」


 その乙女心は当分、的確に捉えることが出来なさそうだなと感じてしまう。


 確かに、容姿端麗な彼女の事であるから、見え隠れする男性の影など、周りの友人たちが知ってしまえば、嫌でも大きくなってしまう格好の話題提供だろう。

 彼女は世渡り上手――自分の身の丈や立場に似合った行動を心がけている結果、自分を話題の中心とはしたくないという、おしとやかな性格に落ち付いているらしい。


「乙女心と秋の空とはよく言ったもんだな」

「まだ夏も来てません。楽しい夏はそっちのけですか?」


「クーラーが良く効いた部屋でゴロゴロに限る夏」

「ふふっ。この二人だけの勉強会は秘密のお付き合いということにしておいてくださいね? 伊織君も、みんなには内緒ですよ」


 和栞は小指を立てている。

 笑顔で彼女とのお約束――こちらに差し出し、意味が分かる。


 やれやれと小指を結びに行く。


 内緒話となってしまったこの密会は、またもや小指に秘め事として吸い込まれてしまった。


 彼女は満足したのかこちらに笑顔を振りまいている。

 結んだ指先から、こちらの脈動が彼女に伝わってしまう気がした。


「清楚系がいい」

「え?」


 顔から火が出そうなくらいだった。


「そっちが決めろって言ったんだからね」

「はい。喜んで!」


 視線の斜め下から、明るい温かな声色が返ってきた。


 伊織は、離れる寂しさを少し感じながら、小さな手との結び目を解いた――


理解したからこそ、口に出さない事もあると思います。

ブックマーク、評価をお待ちしております。

次回より、甘ったるい二人が一日デートを始めます!微笑ましく見守ってください!!

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