第二十六話「律儀な和栞からのお土産」
長期連休も残り二日。
この日は朝起きて、朝食をとった後で、自室で机に向かい、軽い復習をかねて教科書を広げる伊織であった。
この連休中の課題はとっくに終わっているのだが、休みにかまけていると、五月下旬から始まる中間考査に対応できず、母からの金銭報酬が減ってしまう。
この長期連休中は不要な出費を抑えることに成功したが、夏季連休はそれに比べ物にならないくらいイベントが起こると予想されるので、このままのお財布事情を引きずってしまうような心もとない状態で過ごすと、最悪我慢を強いられるような悲しい夏の思い出に繋がってしまう恐れがある。
(何不自由ない夏休みを獲得するための戦略的な撤退だ)
そのように自分に言い聞かせ、復習とペンをくるくると回しながら手慰みをするような時間を行ったり来たりしながら過ごしていた。
復習と言っても、常日頃から十分な勉強時間の確保ができている伊織は、忘れかけていた範囲をぱらぱらと見直しながら確認していく程度のことに過ぎない。
人間の記憶力とは信用できないもので、すっかり頭から抜け落ちてしまったような内容を伊織は発見できたので、この復習には意味があったと有意義に思うことができた、そんな朝だった。
昼半ばから、最近習慣となった散歩に出かけることにした。
普段、平日であれば登下校で足腰を使い、知らず知らずのうちに健康的な運動が出来ているが、怠惰を極めたこの連休中は、外で歩き回るといった予定も司と行った映画くらいだったので、身体が凝り固まっている。
若干億劫な気持ちが見え隠れするが、このまま部屋の中だけで連休を終えてしまうことを考えると味気なくも感じていたのだ。
(いつもの流れには従っとくか)
勉強の息抜きも兼ねて家を出た。
◇◆◇◆
いつもの高台にある長椅子に到着すると、やはり普段より身体が重い感覚がした。
最近はストレスなく階段を上って、この場所に来ることができていたのだが、やはり生活習慣の乱れが身体に出てしまっているようで、疲労感がある。
(こんなにきつかったか?)
椅子に座って遠くの空を眺めながらぼんやりと心を空にする。
この場所に通い始めた当初、辺りは桜が咲き誇っており、目を楽しませてくれていた。
今はすっかり緑も深まってきた頃合い。
遠くの方からはカエルの低い鳴き声が一匹分。
感覚が研ぎ澄まされるような思いで、静かな時を楽しんでいた。
ふと、いつもとは違い違和感に感じてしまうことが一つ。
(なんか物足りないな)
そんなことを思いながら想起する人物は一人。
月待和栞のことである。
たまたま、公園通いが習慣となってしまった春の始まりごろから、何かにつけてこの場所に足を運んだ時は和栞の姿があった。
最初はお互い示し合わせることもなく、たまたまこの場所で出会ったのだが、最近では、待ち合わせの場所に使ったり、昼食をともにしたりと、考えもしなかった用途でここを使うことが増えてきたので、この場所と和栞との交流が結びついていた。
今日のように彼女の姿がないことの方が珍しい。
この連休前には実家に帰る予定だと話した和栞だったが、それ以降は伊織に音沙汰もない。
高校に入学してから、様々に友人との交流が出来てきたが、おそらく一番関わりを持った新しい友人が、この場所でたまたま出会った「クラスで一番の美少女」なのだから、不思議なものだ。
そんなことを考えていると、何やら携帯の着信音が鳴る。
「今日は毎週土曜日恒例のお散歩ですか?」
和栞からの着信メッセージが一件。
彼女から見透かされているようで笑えた。
「そう。丁度、椅子でゆっくり昼寝でもしてやろうかと思ってるところだった。監視でもされてんのか、俺」
「そうだろうと思いました。この広い空の下、ひとつにつながってますね、私たち!」
ドラマか映画でしか聞いたことの無いような言葉を掛けられたものだから、内心悪い気はしていないが、彼女の性格的に悪気なくこのような発言になるのが憎めないところである。
(まったくこの子は……)
「誰にでもそんな言葉易々と使うもんじゃないぞ?」
「では、唯依さんに使うのをやめておきます」
「違う。そういうことじゃない」
同性には一向にかまわないが、異性に向けると違う意味になるぞ?と伝えたかった伊織だったのに、間違って伝わったようだ。
表情が見えない分、軽く揶揄われている気もしたので、やれやれといったスタンプで感情を表現しておくに留めた。
「今、丁度電車に乗っていて、夕方ごろにはそちらに戻ります」
「気をつけて帰っといで」
メッセージを送信した次には、可愛い猫が敬礼をしている。
「母がお土産を持たせてくれてるのですが、よろしければおひとついかがですか?」
「俺でいいのか? 千夏さんとかいるだろうに」
「沢山持って帰ってますので、お気になさらず。友好の証ということで!」
「光栄だな。ありがたく頂戴するよ」
「生ものなので早めにお渡ししたいのですが、今日空いてますか?」
「わかった。今日なら、十七時頃かな?」
ぺこりと頭を下げるスタンプが返ってくる。
伊織は「了解」という言葉で返信するやいなや、日差しの暖かさに負けて、眠ってしまった。
◇◆◇◆
「いおり……くん」
伊織は意識が遠い。
「伊織君」
目を開けるとトントンと膝に触れる小さな手が見えた。
(確か……)
確か、和栞とやり取りをしていたことを薄っすらと伊織は覚えていた。
手の先に目を向ける。
目の前にしゃがみこんで、心配そうにこちらを覗き込んでいる和栞の姿があった。
「おはよう……」
「おはようございます。どこで待ち合わせか聞こうとメッセージを送ったのに、返信がないものだから心配していましたよ」
携帯を覗くと、彼女からのメッセージが何件か届いており通知がたまっていた。
自分でも驚きだったが、小一時間程度、この場所で眠ってしまっていたようだ。
「ごめん」
「ずっと、寝てらっしゃったのですね? 何か言うことはありませんか?」
「うーん。この椅子には睡眠作用があるらしい……」
「そうじゃないでしょうに」
しゃがみ込んだままに、上目でムッとした顔をこちらに向ける和栞がいるので、まだ頭がぼんやりとする伊織は、「なんだコイツ可愛いな」と愛くるしさを感じていた。
「返信をすっぽかしてすいませんでした」
「そうでもないです」
「ん?」
「こんなところで寝ていたら危ないですよ!」
「どの口が言ってるんだ」
「この口ですよ。私はいいのです、専用の係員さんがいるので」
和栞は「べー」と舌を出す。
「はいはい。すいませんでした」
不貞腐れて反論をやめた伊織の顔を、朗らかに笑っている和栞だった。
和栞が立ち上がるとふわっと甘い香りが漂う。
「お邪魔しても?」
「どうぞ」
長椅子を指さし和栞が、伊織の隣に座る。
「多分ここにいると思って来ましたよ?わざわざお呼び立てしてすみません」
軽く会釈をした和栞の黒髪が揺れる。
「気にしなくていいよ、寝てただけだし」
手元の紙袋から小包を取り出し、彼女はこちらに差し出してきた。
「お伝えしていた、実家帰省のお土産です」
「ありがとう」
「辛いものがお好きであればいいのですが……」
小包を受け取ると、ずっしりとして重量を感じる。包装紙を見ると商品名が記載されておりその中身は直ぐにわかった。
「めんたいこ?」
「そうです!日持ちしないので、ご家族でお早めにどうぞ。我が家でも愛用中のおいしいやつです」
「みんなで食べるよ。ありがとう」
「ぜひそうしてください!」
(さて、どうしたものか)
一人でこの量を食べ切るわけにもいかないので、律儀な美少女から頂いてしまったお土産をどう両親に説明するか考え始めた伊織であった――
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次回、和栞と伊織が急展開!!お楽しみに!




