第二十三話「当たり前の感謝と紅潮の美少女」
和栞と友人の恋路を応援する約束を結ぶことになった伊織。
だが、今までと何一つ変わらない付き合いを司とは続けていくつもりである。
一途だが振り向いてもらえないといった不遇を抱えている親友。
憐みを向けることもこれまでに多々あったが、今日和栞の口から出た意中のお相手、千夏の様子を聞くと、案外司と千夏は伊織が思っているより、上手くいく可能性が見えた。
今は和栞との指切りで約束してしまったので静観という立場を貫かなければならないし、茶々を入れるつもりも毛頭ない伊織だった。
「冬川君も、そんな伊織君が傍にいて、さぞ頼もしいかと思いますよ」
「そうか? 俺は司に対して何をしてられるわけでもないだろ?」
「話を聞く友達が傍にいるだけで、人間って救われるのですよ。一人暮らしを始めてからそんなことばかり考えるようになってしまいました」
「悩みでもあるなら聞くけど」
「いえ、そういう話ではないのです」
伊織は和栞に何か悩みがあるのではと考えた。
だが、当の本人は、晴れやかな笑顔を向けて語り掛けてくる。
「当たり前のものが、実は当たり前でないというか……。日々の些細な話題を共有できる人が傍にいる。語り合うだけで、人間って自分で思っている以上に心が軽やかで楽になる。そんなことに改めて気が付いたのですよ」
学校から帰ると誰もいない一人暮らしの家に帰る和栞がこの一か月の間で発見した自身の気付きを言葉にした。
「何も難しい話ではなくてですね。他人との関わりがあるだけで、自分以外の誰かを思って行動することができるじゃないですか? 人の傍に当たり前のようにいることが、実は一番大切なことだと思ったんです」
丁度今朝、テレビをぼんやり見つめては考えてしまった時のことが頭に過る。
悩みを感じさせない彼女の明るさの根源とはいったい何か、考えてしまった今朝。
彼女自身が今語ったことだが、要は誰かと話をしたり、意見を交わしたりすることで、自分の心を晴れやかに保てて、浄化できているのではないかということかと思う。
不平不満に満ちた言葉で口にする彼女ではないので、そもそもこちらが考えているような心の重しとなっている事柄は、薄汚れた言葉で表現するようなものではなくて、もっと清らかで美しい、心のちょっとした引っ掛かりのようなものかもしれない。
どのように育てば、このような芯の強い彼女が出来上がるのか。
和栞の身体は小柄で非力を感じるまでに頼りない。
だが、和栞の持つ内面の豊かさは、全くと言っていいほど外見とは対照的。
軸がしっかりとしていて、伊織に心の気高さを印象付けた。
「だから、今この瞬間も、私にとっては心を軽くする瞬間です」
少し間を開けて、ゆっくりと和栞がこちらに言葉を寄こした。
「俺も、月待さんの心の友という訳ですか?」
「ええ、心の友。今にも飛べそうなくらい私の心はふわふわです!」
「へえ、フワフワねぇ」
彼女が今笑えているのであれば、この不思議な交流にも意味があるのかなと、感慨がある。
曰く、休息になっているのであれば、それだけで十分かな……と深く考えることはやめた。
「この連休は、いつもそばにいられない妹を存分に甘やかそうと思っています!」
「妹がいるの? しっかりした姉がいて、妹もさぞ幸せなことだろうに」
「よくできた妹なので、お姉ちゃんとしても自慢の妹です!」
出来のいい妹を売り込んでくるお姉ちゃんとやらは、うんうんと何やら上機嫌にこちらに笑顔を振りまいている。
「いくつなの?」
「私と二つ年が離れています。今はぴちぴちの中学二年生ですね!」
「俺は一人っ子だからわからないけど、姉妹って大変じゃないの? 喧嘩が絶えないとか、可愛い妹は幻想だとか、そんなイメージしか思い浮かばないのだけど」
「うちは姉妹の仲は良好ですかね? それもこれも、母からよく、仲良くしてねと言われていたので、妹は真っすぐないい子に育ってくれました!」
相変わらず、自分のことはそっちのけの彼女だ。
母親としても、このような真っすぐな姉妹を育てられているのだから申し分ないだろう。
「そういう月待さんこそ、そのお母さんに育てられたんだし、他人事じゃないと思うのだけれども」
「私もいい子に育ってますかね?」
彼女は素で自分のことを話題に出してくる。
当の本人に関しても、含みのない直球を投げてくるので、神経質に答えなくても良いのだが、こちらとしては直接彼女のことを評価することに変わりないのだから、口から滑って変な誤解を生まないようにしたい。
今の伊織は心の平穏を保つために、一呼吸を置いてから話し始めることが一番大切なことだった。
「溢れ出る人の良さが、玉に瑕ってところ?」
おいそれと頷くようなことをいうのは憚られたので、うまく濁せるような言葉を選んだ。
「含みのある言い方ですね」
すぐに彼女からツッコミが入ってくる。
この際、彼女から丸め込まれては、主導権を譲り渡してしまいそう。
なので、誰もが思うような彼女の良さについて、ほめちぎってみることにした。
気の迷いを感じなくもない……。
だが先ほどこちらが卑屈になってしまうほど、美味しいものを胃に詰められてしまったので、今日は負けっぱなしで、このまま引き下がるには、心が許さない気がしていた。
少しばかり、目の前の美少女をわからせてやる必要を感じている。
伊織は、青空に顔を向け、息をスーッと吸い込んだ。
「月待さんは可愛いし、美人だし、頭も良いし、運動もできるし、人当たりもいいし、親切で丁寧だし、気遣いもできるし、人の良いところを探すのが上手だし、愛嬌があるし、料理だって死ぬほどうまいし、友達や妹思いだし……」
「も、もういいです、十分ですっ、やめてください、恥ずかしいですっ」
珍しく顔を真っ赤にしてアワアワと彼女が恥ずかしがるので、見ていて面白い。
顔を小さな両手で覆っているが隠れきれない耳まで赤くしており微笑ましくて、可愛いらしい。
「でも、公園で寝ちゃうのがなぁ」
本当は素で絶対的な美を振りかざしてくることが彼女の一番の凶器であるのだが、伊織にとってもまだ耐えうるほどに、彼女も行動をわきまえている。
当分、その脅威に恐れおののくようなことはない。
ただ、交流が増えるうちに素直に彼女の一挙手一投足が可愛いなと素直に思う場面も増えてきているので、根負けしないように自分を保っている節もあった。
人間誰しも、可愛いの前では絶対服従になってしまう。
かっこよさを売るものが、一たび格好がつかない様子を露呈してしまえば、幻滅を与えてしまうが、可愛いと感じる対象は恐ろしいもので、それらが何をやっても可愛いものは可愛い。
ドジを踏めば可愛いし、仮に泣いていても、笑っていても、怒っていても、可愛い。
彼女も一般的に周囲から「可愛い」と評価を集められるものを多く持っているので、ここは目の保養という正義を振りかざして悪に真っ向から立ち向かっていく所存の伊織である。
そもそも、彼女の「可愛さ」に身を振り回され続けているような自分であれば、今頃は虫の息だろう。
目の前の顔を真っ赤にした幼気な少女はそのような言い訳が通用しないくらいには愛らしく、瞳を潤ませている様子で、こちらを見ては口元をふるふると震わせている。
「最後のは余計じゃないでしょうか……?」
「そう思うなら、危ないようなことは控えていこうな?」
「だから監視係さんを雇ったのですが、先ほどの報酬ではご不満ですか?」
「あれで不満を垂れているような人間がいるならそいつは一生、食事では不幸せだろうよ」
「もうっ」
和栞から太腿に一発を食らった伊織だったが、その衝撃は軽く、乾いた「ぺしっ」という音は、直ぐに風に揺れる木々のざわめきに搔き消された。
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