終電の声
−−ガタン、ゴトン。
電車の揺れで目が覚めた。
ゆっくりとまぶたを開けると、蛍光灯の白い光がぼんやりと滲んだ。終電特有の、少し湿ったような空気が車内に漂っている。スーツの襟元が重く、体の芯に疲れが残っていた。
どうやら、気付かぬうちに眠っていたらしい。
スマホの画面には電車が発車時刻からそこまで変わらない時間が映っていた。少しホッとする。
そんな時だった。
「……あー……う……え……」
耳元で、声が聞こえた気がした。
小さく、途切れ途切れの声。意味のある言葉ではない。ただ、同じような音を繰り返している。
「……あ……う……」
聞き間違いではない。誰かが独り言を言っているのだろう。
終電には、時々そういう人がいる。 酔っぱらいや、一人でぶつぶつ喋る人。外国人。差別的な気持ちはないが、少しばかり好奇心が湧いた。
声のする方を見た。
――誰もいない。
向かいの席は空いていて、その隣も空いている。さっきまで何人か座っていたはずなのに、車内には人の気配がない。
−−ガタン、ゴトン。
電車の音だけが規則正しく響いている。
「……あ……あ……」
声はまだ続いていた。
ゆっくりと立ち上がり、もう一度辺りを見回す。
つり革が揺れている。広告が揺れている。
だが、人はいない。
ドアの窓から隣の車両を覗く。そこにも誰もいないのだ。
胸の奥に、妙な不安が広がる。
電車は何もないかのように走り続けている。
それなのに。
「……う……あ……」
声が、また聞こえた。
今度は、さっきより近い。
まるで――
耳のすぐ横で囁かれたみたいに。
驚いて、そちらに振り向いた。
誰もいなかった。
それでも声は続く。
「あ……あ……」
ふと気づく。
その声は、少し震えていた。そして、どこか聞き覚えがあるのだ。
奇妙な既視感が胸をよぎる。
ガタン、と電車が大きく揺れた。
その瞬間、車内アナウンスが流れた。
「――次は、終点です」
窓の外を見た。
暗闇の中に、赤い光が見えた。
回転灯だった。
何台もの救急車とパトカーが、線路の脇に並んでいる。
そして、その先には。
大きくひしゃげた電車の車両が横たわっていた。
その様子に自分の背筋が凍っていくのがわかった。
その時、遠くで誰かの声が聞こえた。
「眼球運動なし!」
「脳の損傷の可能性!」
「あー……う……あ……」
ようやく理解した。
さっきから聞こえているその声は。
耳元ではなく。
電車の中からでもなく。
――ずっと、
自分の喉から出ていたのだった。




