私だけの、深夜の時間
深夜一時を回った頃。プラナが眠りに落ちたことを確認したらベッドから出る。普段は夜更かしなんてしない私だが、週に一度だけこの時間に外に出る。
「……よし、起きてない」
静かに部屋のドアを開け、寮の外に出る。深夜に寮を出て外出するには申請が必要なのだが、昼のうちにそれは済ませておいた。
深夜に一人、私は王都のはずれに位置している森へと向かう。誰にも話していない、私だけの時間。
深夜の森は魔物も多く、一人で行くには危険な場所である。だが、そのくらい危険な場を一人で切り抜けられるようにならないと、プラナにはとても追いつけない。
月明かりに照らされた森の中。少し開けた場所を探して、その真ん中に立つ。魔力を体外へ放出し、周囲に自分の存在をアピールする。
「……来た」
草木が揺れる音がする。深夜に吹く冷たい風と共にやってくる、野生の気配。三百六十度、私の周囲一帯を囲むようにこちらに寄ってくる。こいつらの目当ては私の魔力。魔獣は人間の魔力を糧に生きている。
つまり、魔力を体外に放出している私は、こいつらにとってかっこうの餌というわけだ。
さあ、その剥き出しの殺意を私に向けてこい。本気でなければ意味がない。本気で私を殺しに来て、それを跳ね除けてこそ価値がある。そうでないと、プラナには及ばないのだから。
「……っ!」
研ぎ澄まされた牙と爪。体長は二メートルほど、高さは私と同じくらい。そして口から滴り落ちる唾。隠すつもりのない殺意をこちらに向けて、私の周りから一斉に魔獣が飛び掛かってきた。
野生で生き延びてきた魔獣たちの動きは素早く、鋭い。だが……。
「プラナの魔法に比べれば……!」
彼女の魔法はもっと私を狙ってきていた。彼女の魔法はどこまでも鋭く私を襲ってきていた。彼女の魔法はどこまでも私を追い込んできた。
真上に飛び上がり、爪も牙も躱す。打点が低いので、一斉に殺しに来るのなら飛ぶだけで対処ができる。
一度魔獣とは距離を取り、群れに対して正面を陣取る形になる。
「さあ、かかってきなさい……!」
これはプラナに勝つためなのだ。全力で殺しに来い。魔獣の攻撃をプラナの魔法に見立てて、躱す訓練をする。もちろん一撃貰えばこちらもただでは済まない。なぜなら魔獣はこちらのことを全力で殺しに来ているのだから。
まずは正面、一匹の魔獣から素早い爪と牙の連撃が飛んでくる。魔獣の攻撃には法則性はない。そのため、その場その場での判断が重要になる。定石に囚われがちな私にはこれ以上ないほどの訓練相手だ。
次は左側。正面の魔獣の攻撃が止んだわけではないので、同時に対処する必要がある。左側の魔獣の動きを確認すると、飛び上がってくることが確認できたので上空に逃げるのは得策ではない。座標を使って回避するべきだろう。
上空、そして前方からの攻撃に対処するために一番安全な回避場所は……。
「後方……!」
左側から飛び込んできた魔獣と正面から来た魔獣が激突する。相手がプラナであれば、魔法と魔法をぶつけさせるようなミスは絶対にしない。やはり魔獣とプラナとでは練度が違いすぎる。それでも相手を選ぶ権利は、私にはない。
まだ魔獣の群れは残っている。
私の成長のために、こいつらには糧となってもらおう……!
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そうして、朝日が見え始めるまで私は森の中を駆けまわり、魔獣の攻撃を捌き続けた。ずっと同じ魔獣の相手をしていても仕方がないので、頃合いだと思ったら魔獣を倒して次のポイントへと移り、また同じことを繰り返す。
「もう朝か……」
何度もこれを繰り返しているからか、太陽の位置で大体の時間が分かるようになっていた。今はだいたい四時半くらいだろう。
「そろそろ戻らないと……」
ずっと魔獣相手に身体を動かし続けていたので、額からは汗が少し垂れている。夜中は常に動きっぱなしだったから疲れた。それに眠い。早く帰って、シャワーを浴びて寝よう。
魔法で空を飛び、寮まで最短ルートで戻る。風を切る感覚がして気持ちがいい。夜の冷たく沁みる空気も好きだが、私は早朝の澄んだ空気の方が好きだ。眠い目を覚ましてくれる。
十五分くらいをかけて、寮の部屋に戻る。寝ているプラナを起こさないように、そっと扉を開ける。
シャワーは……起きてからにしよう。今は眠くて仕方がない。さすがに三時間動きっぱなしは疲れた。そっと布団に入って、眠る体勢に入る。
「おやすみ、プラナ」
今日は起きても授業はない。次の日が休日の時を選んで魔獣狩りに赴いているから、そこは安心である。
ベッドに身体を寝かせた瞬間、途轍もない睡魔が襲ってきた。瞼を閉じた瞬間に全身の力が抜けて、私はすぐに眠りに落ちた。
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「おやすみ、グラス。無理しちゃだめだよ」
どうしようもないほどに努力家で、どうしようもないほどに私のことしか見えてない、私のグラス。
彼女が無理をするのは嫌だけど、でも私のために無理をしていると考えるとかわいく見えてくる。
「ああ。今日もグラスはかわいいね。こんなにも健気で、頑張ってて」
珍しく少し乱れているグラスの髪を撫でながら、そう呟いた。