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寝ているのなら

「疲れてるから《《何をされても起きない》》かも、ね?」


「……分かった。夕飯の時間になったら、起こすから」


 陽が傾いて空がオレンジ色に変わり切ったあたりで、プラナは帰ってきた。そして私を誘うような文言を吐いて、倒れ込むようにベッドに入る。


 彼女の「疲れている」なんて言葉は嘘だ。長年の付き合いなんだから、それくらいは分かる。私を誘うために、それらしい理由をつけているだけだ。


 それでも。分かっていても、私は彼女の誘いに抗えない。彼女の誘いを断るということは、私が彼女よりも優位に立てる機会を一つ失うということなのだから。


 ああ。


 こんなことでしか自分の欲求を満たせないという事実が、私の心を更に黒くさせる。幼い頃から募らせてきた、この嫉妬と羨望と敗北感。全てが混ざって出来上がったこの感情には、なんて名前を付ければよいのだろう。


 こんなことを考えていると、後ろからすうすうという寝息が聞こえてきた。だが彼女は完全に眠ってなどいないだろう。わざと寝息をたてて、合図を出しているだけだ。


 授業の復習を辞めて、そっと席を立つ。歩いて向かう先はプラナが眠っているベッド。無防備に横たわっている彼女の周囲には、微量の魔力が感じられる。


 思っていた通りだ。プラナは絶対に起きている。だが、私は今から彼女を汚すのだ。


 だって、《《彼女は眠っていることになっている》》のだから。


 仰向けで眠っている彼女に、覆いかぶさるように手と膝をつける。手は顔の真横に、左膝は彼女の脚と脚の間に、右膝は脚の横に。


 彼女の顔に、自分の顔を近づける。


 普段彼女が使っている香水と、汗の香りが混じったような香り。鮮やかなピンク色の唇に、長いまつ毛。夕焼け空を思い出させるようなオレンジ色の髪は、少し乱れている。きっと寮に戻ってくる際に、魔法で空をかっ飛ばしてきたのだろう。


 まずはこの髪を整えよう。柔らかな触り心地の髪を寝かせるように撫でていく。根元から立ってしまっている部分は、梳くようになぞっていく。


 せっかく綺麗な容姿をしているのだから、もっと身だしなみに気を使ってみてもいいのに、と思わなくはない。


 それでも元々持っている美しさというか、人を惹きつける魅力のようなものがあるのだから凄いと思う。私には、そんなものは備わっていない。


 ああ。


 そういう部分でも、私は彼女よりも劣っているのか。気づいてしまうと腹が立つ。どんどん私に無くて、彼女にあるものが浮き彫りになっていく。


 自分に無いものを持っている人間は、なぜこんなにも羨ましく思えるのだろう。気が付けばプラナのことを思い出して、嫉妬する。そして嫉妬していることを自覚する度に、自分の浅ましさが嫌になる。


 私はこんなにも愚かで、浅ましくて、醜い。だから、こんな形で彼女に感情をぶつけることでしか自分をコントロールできない。彼女が抵抗せず、受け入れてくれるのをいいことに、私は彼女の上に立つのだ。


「はぁ……」


 プラナは、私がこんなにもどうしようもない人間であることを分かっているのだろうか。私がこうすることでしか、自分の感情を発散できないことが分かっているのだろうか。


 分からない。どうせ分からないのなら、彼女をどこまでも汚してしまおう。だって、彼女は今眠っているのだから。


 まずは唇を奪う。閉じている口を強引にこじ開けて、舌を入れる。唇を舌でなぞってから、口内を這わせていく。プラナからの反応はない。あくまで、眠っているという体を崩す気はないらしい。


 今回のキスは短めに済ませる。キスをしている時の呼吸が下手な彼女に、今の状態で長い時間キスを続けるのは良くないだろう。


 少し、彼女の表情が動いた気がする。でもそんなことは気にしない。今、彼女の上に立っているのは私であって、プラナではない。事をどうするかの権利は、全て私が握っているのだから。


 彼女は綺麗で、美しくて、明るくて、私よりも凄い人間だ。そんな彼女を、こんなにどうしようもない私が汚しているという事実がそこにある。私の抱えている汚い感情を雪ぐには、そうするしかなくて。


 彼女の胸に耳を当てる。とくんとくん、という規則的な音が心地良い。


 ……ズルいな。


 私は今の状況にこんなにも心を乱されているというのに、彼女の心臓の鼓動は穏やかなまま。この状況で、彼女はなにも感じていないのか。


 だったら、今回はその心臓の鼓動を早めてやろう。プラナが何を感じているのかなんて気にしない。嫌でも私のことを意識させて、その心臓を穿ってやる。


 ならば、彼女が寝たフリをしていることを利用するまでだ。主導権は私が握っている。プラナが私に全てを委ねたことを、後悔させてやろう。


 プラナの耳元に顔を近づける。その敏感な耳から、無理やりにでも私を意識させてやる。普段は絶対に出さないような低い声で、語り掛ける。


「ねぇ、プラナはさ……」




「私のこと、好きなの?」




「私はプラナのこと、大好きだよ。幼馴染で、親友で、私の憧れの人。でも……」


「いつまでも憧れているだけだと思わないでね……? 私は絶対にあなたを超える。貴方を超えて、認めさせてあげる。私は貴方の横に立つに相応しい人間だってことを」


「プラナに認めさせるまで、私は絶対にあなたから離れないから。一生を懸けてでも、私は……」


 そこまで言いかけたところで、プラナが目を覚ました。寝たふりをするのも、限界だったのだろうか。再び彼女の胸に顔を近づけて音を聞く。


 先程よりも、確実に鼓動は早くなっている。上手くいった、と思っていいだろう。


「起きたの? まだ夕飯の時間じゃないけど」


 すっとぼけてみる。最初から彼女は寝たふりだったので、茶番だったといえばそうなのだが。


「あのねぇ……耳元であんな大胆な告白されて、起きるなって方が無理だっての」


 顔を赤らめたプラナが言う。ちゃんと効いているようで一安心だ。


「そう。何をしても起きない、なんて言うから思っていたことを全部言ってしまったわ」


「いや……それにしたってでしょ……」


 残念ながら、今日の私の時間は終わりのようだ。大人しく、彼女の上から体をどける。


「じゃあ、夕飯までは雑談でもしましょうか。今日は何をしていたの?」


「なんでグラスちゃんはそんな平然としてるのさ……本当にさっき耳元で愛を囁いてた人間と一緒なの?」


 さあ。どうだろう。


 あの瞬間だけは、私は別人だったかもしれない。でも、本当にそうだったのかは私にも分からない。きっとこれからもそうなのだろう。普段の自分と、彼女の上にいる時の自分。それが同じ自分なのかなんて、分からない。



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