魔法実技の授業
午後の授業として入っている魔法実技。この授業が嫌いな人は、おそらくこの学園には存在しない。何故なら、自分の魔法の実力が確認できる機会なのだ。
また、新しい魔法を試すチャンスでもある。魔法理論の授業と併せて好んでいる人も少なくない。
かくいう私も、その一人だ。魔法理論の授業で得た知識を実践してみるのにこれ以上良い機会はない。これが毎日、午後の一コマに入っているのだから非常にありがたい。
今現在は学校のグラウンドに集合している。この時間になると、より一層生徒の声も騒がしくなるというものだ。
「おーいお前ら静まれー! 実技始めんぞー!」
担当の先生の大きい声が響く。実技の先生らしく、体格は大きく圧を感じさせる風貌である。実技の授業の始まりは、いつもこの先生の一声が無いとガヤガヤが収まらない。やはり、身体を動かす時間と言うのは楽しいものなのだ。
「うっし。静かになったな。じゃあ、いつも通り勝手に二人組を作ってくれ」
「へいへいグラスちゅぁ~ん。私とお茶しな~い?」
その気持ち悪い呼び方はなんなんだ。あと今はお茶をする時間ではない。
「ナンパならお断りよ」
「むぅ、少しはノッてくれてもいいのに~。まあ、いつも通りグラスちゃん以外相手がいないから付き合ってよ」
「いや、あんたと組みたそうにしてる人は山ほどいると思うわよ」
実際、プラナはその人柄のよさと魔法の実力から見てもかなり人気がある。彼女の魔法を受けてみたいだとか、見てみたいと思っている人は多くいるのだ。それを全てスルーしてまで、私と組もうと言ってくれるのはありがたいことなのだが。
「のんのん~。グラスちゃん意外じゃあ私のためにならないだろ~。というか、グラスちゃんには私以外に相手がいるのかな~?」
「うっ……それは……」
痛いところを突かれた。私は彼女ほど人柄は良くないし、友人と呼べる人もほとんどいない。誰かとペアを組むとなると、私はかなりアウェーである。
「ほらー、思いつかないだろ~? 大人しく、私とやり合おうじゃないか」
「……分かったわよ。でも授業とはいえ本気、だからね」
「そりゃあもちろん。本気じゃないと意味がない、でしょ?」
先程までのふざけた顔ではなく、真剣さが増した表情に変わっている。普段は気の抜けた仕草や表情が多い彼女だが、私はこっちの表情の方がずっと好きだ。
「よし、だいたいペア作り終わったな。じゃあ、後は自由にやってくれ。あ、自由だからって羽目を外しすぎた奴にゃあ容赦しねぇからな」
この自由さも、この授業の人気の理由の一つだろう。広大なグラウンドをふんだんに使って、私たちの魔法を磨くことが出来る。
「よーしグラスちゃん。羽目を外さないように、ね?」
「そっちこそ、ね!」
その短い会話が、私たちの試合開始の合図となった。
お互いに魔法で上空へと飛び上がる。上空であれば、グラウンドの範囲内に縛られないため魔法を使い放題だ。いくら王立の学校でグラウンドが広いといえど、私とプラナにとっては狭すぎる。
「じゃあまずは私から~!」
先手を打ってきたのはプラナ。その手には氷属性と雷属性の魔法が込められている。魔力の比重は氷の方にかなり寄っている。そうなると、雷魔法は私の動きを制限するためのもので、氷魔法がメインだと考えた方が良いだろう。
「それなら!」
こちらは炎魔法と風魔法を同時に展開させる。魔力の比重は炎に寄せる。氷魔法に対応するのなら、これが最もいいだろう。
「うんうん。グラスちゃんならそうするよね~!」
そう言った瞬間。プラナが氷魔法側に込めた魔力を一点に集中させ、巨大な氷塊を作り出した。一つの巨大な岩のような氷が、私に向けて打ち出される。
マズイ。完全に読みを違えた。雷魔法を打ちだしてから、氷魔法の弾幕が来ると思い込んでいた。まさか一点突破を狙ってくるとは。
「くっ……!」
対応するために炎魔法を打ちだす。弾幕に対応するために風魔法を展開しておいたが、こちらは完全に腐りそうだ。炎魔法だけで完全に相殺はできないだろうが、威力を多少殺すことは出来る。
「読み通り~!」
私の炎魔法と巨大な氷塊がぶつかり合う直前、プラナの手から雷魔法が打ちだされた。その雷は真っ直ぐ氷塊に向けて飛んでいき、氷塊を粉々に砕く。そして、氷塊の勢いはそのままに、砕け散った無数の氷の欠片が私に襲い掛かってきた。
「っ……!」
躱しきれない……! 風魔法を不要だと判断したことが完全に裏目に出ている。風魔法単品では威力は心許ないが、少なくともこの氷片をある程度受け流すことはできただろう。
「かはっ……!」
冷たい感覚が身体の至る所に突き刺さる。本当に、いつまでたってもこの幼馴染の搦め手には対応できない。負けを認めるのは悔しいが、今回は誰がどう見ても私の敗北だろう。
「グラスちゃんは素直だねぇ~。こういう変なことしてくる相手にも対応できるようにならなくちゃ~」
「あんたがおかしいのよ……」
地面に着いてから、反省会のようなものが始まる。こういう定石通りの行動をとり続けてしまうのは、私の未熟なところだ。
「まあこんなことしてくるの私だけだと思うけどね! まだまだ私の影は踏ませないぜ~?」
本当に。いつになったら私は彼女の影を踏むところまでいけるのだろう。シンプルな実力も、発想力も、対応力も、その全てが私より一段階以上は上なのだ。もう何度も味わってきた感覚だけれども、だからといって悔しいことに変わりはない。
「おいお前ら! 羽目を外しすぎるな、って言ったよな?」
うっ……。この声は……。
「全く……双姫様にも困ったもんだ。おい、怪我はねえのか」
「やだなぁ~。ちゃんと加減してるに決まってるじゃないですか~」
「はい、特に怪我はしてないです」
憎たらしいことにこの天才、力加減が上手いのだ。絶妙に怪我をしないラインの威力で魔法を放ってくる。
「ならいいけどよ……派手にやりすぎるなよ。何かあってからじゃ遅ぇんだから」
そう言ってその場を去っていく担当の先生。正直怒られなくてほっとしている。
「ふぅっ! 怖かった~。気をつけなきゃ」
「そうね……私もやりすぎたかも……」
そうして、今日の魔法実技の授業はお開きとなった。力加減の練習は……もっとちゃんとやっておこう。