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授業中の戦い

 一限目の授業開始の予鈴が鳴る。私はプラナが授業を抜け出そうとしてもすぐに止められるように、彼女の隣の席に座った。本当の戦いが始まるのは二限目だが、一限目に彼女が抜け出さないとも限らない。


 実際、彼女はこれまでに何度か魔法理論の授業を抜け出している。彼女にとって、授業が面白いかそうでないかは抜け出す基準に関係ないらしい。その時の気分、ということなのだろう。


「まったく~、そんなに私を見つめなくても抜け出さないっての~」


「私がその言葉を信じると思う?」


「信じてくれないの~? グラスちゃんは強情だねぇ~」


「誰のせいでこうなったと思ってるのよ……」


 そんなやり取りをしていると、教室の前の方から咳払いが聞こえてきた。先生の視線は完全にこちらを向いている。それに伴って、周囲の生徒の視線もこちらに向く。


 ……騒がしくしすぎたかもしれない。


「あー。もういいかね? では授業を始めるぞ」


 幸いにも、お叱りはナシで済んだ。


 このままだと私まで不良生徒扱いをされる日が来てしまうのでは? そんな疑念がよぎる。そうならないように注意しなくては……。


「も~。グラスちゃんがうるさくするからだぞ~?」


 さすがに二度も注意されるのは嫌なのか、囁き声で話しかけてくるプラナ。だがなぜ、全ての責任が私にあるかのような言い草なのだろうか。


「あんたも一緒でしょ。ほら、前向いて。授業始まってるんだから」


 私も二度注意されるのは嫌なので小声で伝える。はいはーい、と気の抜けた返事だけして前を向くプラナ。


 本当に大丈夫だろうか……。


 警戒だけはしておこう。机の下で魔法を展開し、プラナの席の周りに簡易的な罠を仕掛けた。彼女が魔法の範囲外に出ようとしたら、ちょっとビリっとくる電気が流れるようになっている。


「ん……? 今何か魔法の気配が……。いや、気のせいですか」


 さすがは魔法理論の先生と言ったところだろうか。魔力の流れには敏感である。だが、バレないように最小限の魔力で罠を作ったことが功を奏したようだ。


 これまでも何度か同じような罠を作ってきたが、ここまで敏感に反応してきた人はいなかった。今年の魔法理論の先生は実力的にも、授業の進め方的にもアタリのようだ。


 チラッと横を見てプラナの様子を見てみる。そこにはわざとらしく頷いたり、ほうほう、とか言っている変な幼馴染がいた。


 ……うん。こっちは罠には気づいてなさそうだな。この様子なら、一限目は大丈夫だろう。あとは私も授業に集中しよう。


 魔法理論の講義は、かなり面白いし楽しいと思う。授業一つ終える度に新しい発見があったり、新しい魔法の活用法を見つけたりと、色々と成長を実感しやすいのだ。


 そうして、途中から隣の幼馴染には目もくれず授業に集中していたら、いつの間にか一限目の講義は終わっていた。授業終了の予鈴が鳴ると、授業終わりの喧騒に混じって、隣から声が聞こえてきた。


「ん~……。あ、授業終わった? 完全に寝てた……」


 寝てたって。この幼馴染、マジメに授業を受ける気はあるのだろうか。


 ……いや、ないな。あったら授業を抜け出そうなんて発想には至らない。


「あんたねぇ……次の授業まで時間あるんだし、顔でも洗ってきたら」


「ん~、そうする。んじゃ、よっこらせっと……」


 席を立ちあがるプラナ。彼女が歩き出した瞬間、私は思い出した。そういえば彼女の周りには……。


「あ、待って。動いちゃダメ。その席の周りには……」


「? 私の席の周りがなんだ……っ!」


「……ごめんプラナ」


 彼女が立って、その場を離れようとした瞬間に私が仕掛けていた罠が作動した。きっと今頃彼女には、ちょっと痛みを感じる程度の電気が流れていることだろう。


「……まあいい感じに目は覚めたからヨシ!」


 いいのか。まあプラナがいいのならいいか……。


「さーて、次は二限目か~。二限目か~……」


 露骨にテンションを下げるプラナ。


 うん。まあ気持ちは分かる。分かるけどそんなに露骨に下げなくてもいいのでは?


「言っとくけど抜け出させないからね?」


「う~ん。それはどうかな~。グラスちゃんが止められるか次第だね」


「止めるから、絶対」


 その会話を最後に、二限目開始の予鈴が鳴る。ここからが私とプラナの本当の勝負だ。先程のビリビリはまあ、前哨戦といったところだろう。私は前哨戦を勝利で終えて若干上機嫌である。


 まずは授業開始の挨拶。ここではさすがに彼女は動かない。彼女が動き出すのは、最低でも授業が始まってから十分以上経った後。先生の意識が完全に授業にのみ向いた瞬間だ。


 だから私はそれまでに準備をする。まずは先程と同じように彼女の席の周りに罠を仕掛ける。今回は電気を流すのではなく、足元を凍らせて動きを阻害する魔法だ。


 だが、同じ手が通用するほどこの天才は甘くはないだろう。一度ビリビリを経験した彼女なら、必ず警戒してくるはずだ。だから二の矢、三の矢も用意しておく。


 さあ、この十分間でできることはやった。ここからは、私の練った罠と彼女との勝負だ。私の貴重な授業時間を持っていったのだ。絶対に連れ戻してやる。


「そろそろかな~」


 ……動いた。


 プラナが静かに席から動こうとする。まずは席の周りに仕掛けた氷魔法。まあこれが通るとは思っていない。これが通ったら私がひっくり返る。


「ひぇっ。冷たっ……」


 ……。


 引っかかった。なんでこれに引っかかるんだ。あなた天才でしょ。足元の注意がおろそかすぎないか? 階段とか絶対注意して上った方がいい。


「くっ……やるなグラスちゃん……まさか二度も同じ手を使ってくるとは……」


 いや、普通一度喰らったら二度目を警戒するものではないのか? 私がおかしいのか?


 そして大人しく席に着くプラナ。多分あと二回くらいは抜け出そうとするな……。


 そしてしばらくして授業中盤。再び彼女は動き出す。


「もっかい行っちゃおっかな~」


 再び静かに席を立つプラナ。さすがに席の周りのそれにはもう引っかからない。今、彼女は自分の姿を消す魔法を使っている。それでも、私の仕掛けた罠は作動する。


「っ!」


 ……躱されたか。


 二の矢として、教室の壁に風魔法を仕掛けておいたのだが、それは不発に終わった。しっかりと作動すれば、ここの席まで風が押し戻してくれるはずだったのだが、同じ威力の風魔法を使って相殺している。


 だが、まだ三の矢を用意している。それが躱されたら、悔しいが私の負けだ。


 三つ目の罠を仕掛けた場所は教室の扉。そこを通過しようとした瞬間、私の腕に魔力が流れて知らせてくれるようになっている。その後は、その後は……?


 マズイ。魔力の流れで通り抜けようとしたタイミングを把握し、そこで何かしらアクションを起こせばいいと思っていたが今の私は授業を受けている身だ。アクションを起こそうにも起こせない。


 そしてそのことに気が付いた瞬間に、私の腕に魔力が流れ出した。


 ああ。


 彼女を止めることが出来なかった。また私の負けか……。何度目の敗北だろう。もう数えきれない。この腕に何度も流れてくる魔力のように。


 ……いや待て。なんで何度も魔力が流れてくるんだ? 一度通過したら戻ってこないはずでは? つまり今、彼女は扉の位置を往復している……?


 なぜ? 謎は深まるばかりだ。


 そして、私が答えのない問題に頭を悩ませていると、プラナが隣の席に姿を現した。それになんか顔を赤らめてるし……。


「くっ、やるなグラスちゃん……あんな罠を仕掛けておくなんて……ぽっ」


 何が「ぽっ」だ。勝手に恥ずかしがってるんじゃない。


 いや、この幼馴染は一体何を勘違いしているのだろう。普通に私のミスなのだが。


 ……まあいいか。なんか勝ったらしいし。


 ……とはならないな。勝った気がしない。向こうが勝手に何かを勘違いして、勝手に負けた気になっているだけだ。


「いや、何を勘違いしてるの……?」


「? だって教室の扉に罠仕掛けたのはグラスちゃんでしょ?」


「確かにそれは私だけど……」


「扉になんか仕掛けてあるな~ってのは分かってたんだけどさ、試しに通り抜けてみたら私の魔力がグラスちゃんに持ってかれる感覚がして……」


「そういう罠にしたからね」


「その感覚が、なんかこう……癖になるというか……気持ちよかったというか……。ぽっ」


 だからその「ぽっ」はなんなんだ。顔を赤らめながら滔々と語るんじゃない。というか何度も私に魔力が流れてきたのはそういうことか。罠だと分かっているものを往復するなよ、というツッコミはしないでおく。


「いやー……グラスちゃんにあんなことやこんなことをされる感覚が、なんかこう、すごかったね」


 頼むから誤解を招きそうな言い方をしないでくれ。


「今日は私の負けだよ……グラスちゃん……。強くなったな……」


 ……。


 勝った気がしない。というかこれを勝ちだと認めたくない。プラナもふざけて言ってるのが丸わかりだし。


 今日は五分だ。そう、五分だった。そう自分を納得させて、今日の戦いは幕を閉じさせた。



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