食堂へは早く行きたい
試験明け後、最初の授業日。朝の七時前には起きて、同部屋のプラナを起こすところからが、私の一日のスタートだ。
「プラナ、朝だよ。起きて」
未だ寝息をたてているプラナの身体を揺する。揺すりながら彼女の首元を確認するが、ちゃんと噛み痕は消えていた。
うん、少し安心。残っていたらどうしようかと思った。
「ん~、まだ眠い……」
こんの……。
布団をかぶったまま器用に抵抗しやがって。寝顔まで無駄に綺麗なのが腹立たしい。
「起きなさい。じゃないと朝食に間に合わないよ」
「グラスがここまで持ってきて~」
なんなんだこいつは。これが本当に私の憧れた天才の姿なのか? 私が絶対に勝ちたいと思っている幼馴染の姿なのか? 自分で自分が分からなくなる。
「ま、おふざけもこれくらいにして起きますか~。おはよ~グラス」
「目、覚めてたなら最初から起きてよ……」
「え~、だってちょっとおこなグラスも可愛かったし~? 長い間楽しんでおかないと損じゃん?」
「私で遊ばないで。ほら、早く身だしなみ整えて朝ごはん食べに行くよ」
「はいは~い。ちょっとお待ち」
恥ずかしげもなく私の目の前で寝間着を脱ぎだすプラナ。もう長い付き合いだから見慣れてはいるけれど、身体のラインは凄く綺麗だと思う。
私よりも胸は大きいし、つくべきところの肉はしっかりとついている。健康的な美しさ、という言葉が一番合うだろうか。
「はい、着替え終わり! んじゃ~行きますか~」
「まだダメ。寝癖も直して」
「え~、めんどくさいな~。グラスが直して~」
全くこの幼馴染は……。
プラナは鏡の前の席に座って完全に待ちの体制に入っている。
仕方ない。それくらいはやってやるか。
洗面所でタオルを軽く濡らして、後ろからプラナの髪にそれを当てる。髪が跳ねている部分を重点的に濡らして、他の部分は軽く整える。
「あー……気持ちいいよ~グラスちゃん。将来は美容師さんだ」
「はいはい。髪乾かすから、ちょっと大人しくしててね」
炎魔法と風魔法を同時に展開して温風を送る。髪の根元を少し引っ張りながら、しっかりと全体を乾かしていく。ある程度乾いたら、炎魔法を氷魔法に変えて、ちょっと冷たい風にして冷ましてあげれば完了だ。
「はい、これでだいたい寝癖直ったよ。そろそろ行かないと、朝食の時間終わっちゃうし行こう」
「気持ちよかった……私専属の美容師にならないかい?」
「なんで専属なのよ。ほら、早く立って。置いてくわよ」
それだけ言って部屋を後にしようとすると、プラナが急いでついてきた。
「ちょいちょーい! 置いてくなって~。せっかちさんだな~グラスちゃんは~」
後ろで文句を垂れ続ける幼馴染をあしらいながら、食堂に向かっていった。王立ということでお金もあるのか、朝食はバイキング形式である。食堂には既に人が溢れており、出遅れたことを実感する。
「あちゃ~、人多いね~。食べ物も減ってるし……。これ、もしかして私のせい?」
「もしかしなくてもプラナのせい」
「ですよね~。ま、しょうがないから並びますか~」
まあこの幼馴染に付き合うんだったら、こうなるのは覚悟の上だ。今までも、何度も同じことを繰り返してきたし。
結局、今日の朝食は軽く肉と野菜を食べるくらいで済ませてしまった。お昼はもうちょっと早めに行けるように頑張ろう……。
「グラスちゃん、昼はちゃんと早めに行こう」
「朝昼連続で並ぶのは嫌ね……授業が早く終わることを願いましょう」
「でもさ、今日の二限目の先生って……」
「……夕食は頑張りましょう」
今日の午前の講義は「魔法理論」と「魔法史」の二つである。魔法理論の方は、この国における魔法について学ぶ講義である。魔法の基本となる属性であったり、その効果的な使い方などがメインとなる。
講師の先生が実際に魔法を見せながら進めてくれるおかげで、授業を受ける身としても分かりやすい。そして何より先生が生徒を退屈させないように気を使って授業を進めてくれるので人気が高いのだ。
そして問題の魔法史なのだが……。
こちらははっきりと言って退屈である。先生がこの国が辿ってきた魔法の歴史をつらつらと語っていくだけなので、授業と言うよりも独り言を聞いているような気分になる。
そしてタチの悪いことに、授業時間を最大限活用して独り言を話していくのだ。つまり、昼休み前に魔法史の授業が入るとほぼほぼ確実に昼食に出遅れるということである。
とはいえ、これも授業なので話を聞き逃す訳にはいかない。ここまでは魔法史に対してネガティブなことしか話していないが、内容自体は結構面白いのである。ただ、先生の授業の進め方があまりよろしくないだけで。
ここディアスキア王国は、元々かなり魔法が発展していた国だったらしい。それこそ、今使われているような魔法なんて比にならないレベルの技術があったとか。
だが、研究が進み魔法使い達が力をつけすぎた結果、国に叛逆する勢力が現れた。その結果、叛逆の魔法使い達を鎮圧した頃には、国は崩壊一歩手前だったらしい。
これは歴史の概略でしかないが、一つ一つ紐解いていくと結構面白いものである。
「ま、私はどっかで折を見て二限目は抜けだそっかな~」
魔法史のことを面白いと思っているのは私だけらしい。私の横を歩く幼馴染は全く興味がないようだ。
「行かせないわよ、絶対に」
「ふっふ~ん。マジメなグラスちゃんは、不真面目な私を止められるかな~?」
「今日こそ行かせないわ、私があんたの手綱を握っておかないとだれも手を付けられないんだもの」
そう。彼女が授業を抜け出す時は戦いなのである。私が彼女の手綱を握るか、彼女が私の手綱を引きちぎるかどうかの。
そして今日の二限目、その戦いの火蓋が切って落とされる――。