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天才の独占欲

首筋に付けられた噛み痕をなぞる。彼女が私に対して独占欲を出してくれたことが嬉しかった。独占欲なんてものを抱えているのは、私だけだと思っていたから。でも、さっきのグラスは確かに私にこう言った。




「いつか絶対、あなたを超えるから。それまで、私から離れないでね」と。




 彼女がここまで独占欲を出してくるなんて思わなかった。グラスには申し訳ないが、私を超えさせる気はない。


 彼女にはいつまでもずっと、私の後を追ってきて欲しいから。事あるごとに勝負して、その度に私が打ち負かして、その度に見せる彼女の悔しそうな表情がたまらなく好きだから。あの表情を私だけのものにしたいから。


 つまるところ、さっきのグラスの言葉は「永遠に私の傍にいてくれる」という宣言に他ならなかった。本人にそんなつもりは一切ないだろうが、私にはそうとしか聞こえなかった。


 ああ。この首筋の噛み痕が、明日には消えてしまいそうなのが惜しい。もっと強く噛んでくれても良かったのに。そうすれば、ずっとグラスをこの身体に感じることが出来たのに。


 今のうちにこの噛み痕から彼女の独占欲を感じておこう。首筋に再び手を伸ばすと、グラスが私に話しかけてきた。


「その……ごめん。首、痛む? 力は込めすぎないようにしたつもりなんだけど……」


 全く、変なところで理性的なのは昔から変わらない。私の口の中に唾液を流し込んでおいて、首に噛み痕をつけるのは躊躇うなんて。彼女の線引きはよく分からない。


「大丈夫、痛くないよ。心配性だなぁ、グラスは」


「だってさっきからずっと首筋を気にしてるから……。次からは気を付ける」


「別に気にしなくていいのに~。実際のところ、本当はもっとシたかったんじゃないの~?」


 グラスの表情が迷いを孕んだものに変わる。


 昔っから隠すのが下手だな、グラスは。返答に悩む、ということはもう答えを言っているも同然じゃないか。


「まだ満足してないんなら、付き合うよ~? 負けず嫌いで、かわいいグラスちゃんのために」


 あえて挑発的な言葉を選んでみる。だが、今回は釣れなさそうだ。


「ダメ。これ以上は……私の中の何かが壊れそうだから」


 ああ。


 彼女は、私の考えていることを分かって言っているのだろうか。こんなどす黒い感情を抱えた女に対して、そんな嗜虐心を煽るような言葉を吐くなんて。


 私の目の前でそんなことを言わないで欲しい。私の方が抑えが効かなくなりそうだ。私が、彼女のことをめちゃくちゃにしてやりたい。彼女の心も、身体も、全て壊し尽くして私の好きなように作り直してやりたい。


 でもこの感情はまだ表には出さない。だって、出してしまえばもう彼女は私の後を追ってきてくれないかもしれないから。限界まで彼女を追い詰めて、諦めることすらできなくなった頃に、私が彼女を塗り替える。


「グラスちゃんは理性的だねぇ~。じゃ、私は次の機会を楽しみにしてますよ、っと」


「次なんてない。次の勝負は私が勝つ、から」


 グラスの手が震えている。口ではこう言っているが、内心分かっているのだろう。まだ私には追い付けないことが。それでも、彼女は勝てるという希望を失わずに努力を積み重ねるのだろう。


 実に健気で、愛らしいとすら思う。もちろん私が何もしなければ、いずれは追い越されるだろう。だが、私はグラスには背を追い続けていて欲しいのだ。だから、追い越させない。そのための努力を、私は惜しまない。


 だって、私がグラスの前に立ち続ける限り、彼女は私のものなのだから。そう簡単にグラスのことは奪わせないし、奪われる気もない。学校内でグラスを狙う人には牽制してあるし、そもそもグラスには近づけさせない。


「はいはい。次は、私に勝てるといいね~。ま、負ける気はないけど」


「そうじゃないと困る。本気じゃないあなたに勝っても意味がない」


「そもそもグラスちゃん相手に本気出さないで勝てるなんて思ってませ~ん。これでも私、結構グラスちゃんのこと認めてるんだからね?」


 グラスのことを舐め腐っているようなことばかり言ってきたが、これは事実だ。私が少しでも手を抜けば、彼女は確実にその隙を突いてくる。だから、彼女と向き合う時はいつも本気の私だ。


 それほどまでに、彼女の努力は実を結んでいる。私が努力を怠れば、あっという間に追い抜かされてしまうと思えるほどに。


「勝ち続けてる人に言われても説得力ないんだけど……」


「おや、大切な幼馴染の言うことを信じてくれないの? 私は悲しいよ、しくしく」


「ヘタな泣きまねしないで。それよりも、そろそろ夕食の時間だから、一緒に行こ」


「ありゃ、もうそんな時間。この噛み痕は~……まあいっか! 見られて困るものでもないし!」


「っ! それはダメ! ちゃんと隠していって!」


「冗談冗談~。も~、私がそんな問題起こす訳ないだろ~?」


「いっつも授業抜け出して遊びに行くような奴が今更何を言ってるのよ……」


「それとこれとは話が別じゃん? ほら、首元は隠したし、晩御飯食べにれっつごー!」


 後ろからグラスの溜め息が聞こえてくる。


 まあ、私としては別に噛み痕くらい見せつけておいても良かったと思っている。だって、その方が周りにアピールができるから。グラスは私の物、というアピールが。


 きっとグラスは、私がこんな独占欲に塗れた女だと気づいていない。いつかこの気持ちはグラスにバレてしまうと思うけれど。それでも別に構わない。だって、向こうも同じ気持ちだということが分かったのだから。



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