今は私が”上”
いつからだろう。私とプラナがこんな関係になったのは。元はと言えばプラナが悪いのだ。事あるごとに彼女と勝負して、そしてその度に私が負けた。勝負が終わった後、調子に乗った彼女に挑発されて。煽られて。それで、私が我慢できなくなってしまった。
きっとその時の私は何かがおかしかったのだと思う。何をすれば、彼女を落とせるのか。何をすれば、彼女の大切なものを奪えるのかということだけを考えてしまって。その時、私が選んだ行動は……。
キスだった。
これなら、彼女の大切なものを奪えると思ったから。彼女を私と同じ場所まで引きずり落とせると思ったから。それだけの理由でそうした。その時の感覚は、今でも鮮明に思い出せる。
思ってた以上に柔らかい唇。紅潮した頬。そして彼女の驚いた表情。それが見れただけで、私的には満足だった。私でも、彼女の意表は突ける。驚かせることが出来る。それが分かっただけで満足だった。
そして、それからもこの関係は続いていった。勝負の度に負けて、煽られて、そして彼女の唇を奪う。何故か彼女は抵抗しないし、いつしか彼女の方からそれを仄めかせるような煽り方をしてくるようになった。
数少ない、私が彼女よりも上になれる機会を逃したくなくて、その誘いに乗ってしまう。この関係を続かせても良いものか、考えたことはある。
でも、辞めることは出来なかった。彼女が私よりも下にいる、受けに回っている、というのが私の背筋をゾクゾクさせて。いつしか、私も彼女のことを求めるようになっていた。
そして今、王都から学生寮に戻ってきて、部屋のベッドにプラナが横たわっている。
「さて、今日はどんな風に私をめちゃくちゃにしてくれるのかな?」
とてもこれから私に攻められる人の態度とは思えない。攻められるのを待っているかのような。もう攻められることが当然かのような態度。
腹が立つ。
私が攻めさせられているような、そんな気すらしてくる。
「……黙って」
うるさい口には、自分の口を添えて塞ぐ。初めて唇を奪った時から変わらない、柔らかい感触。今日は二度も負けているのだ。腹いせに舌も入れる。一瞬だけプラナが見せた困惑の表情。でもその表情はすぐさま変わった。
愛らしいものを見るような、子犬を愛でるかのような表情。
なんなんだ、その表情は。
いつまでも調子に乗っているのが許せない。いつまでも私に勝てると思っていそうなのが許せない。
だから徹底的に攻め続ける。舌を絡ませる。呼吸なんてさせない。激しく舌を動かして、蹂躙する。
ああ。口の中に唾が湧いてきた。流し込んでやろうか。一滴も溢れさせない。今は私が攻めなんだから、全部飲み込め。
彼女の口内に唾を流し込む。彼女の喉がコクコクと動いている。その感覚がこちらにも伝わってきて少し気持ちがいい。
迷うことなく飲み込んでいる彼女の姿は、少し倒錯的だった。今だけは、私が彼女を支配している。その感覚が、たまらなく心地良くて。
心地良い支配感に浸っていると、プラナが私の背中を叩く。呼吸が限界の合図だ。まさか殺す訳にもいかないので口を離す。
「はぁー……はぁー……んっ……」
プラナはキスの最中に呼吸をするのが下手だ。だから、長い間キスを続けていると彼女は身体をぐったりさせる。今日はいつも以上に力が抜けているように見える。少し、やりすぎてしまっただろうか。
「はぁー……ふふっ。今日のグラス、凄い激しいね。そんなに悔しかったんか~?」
「……っ。そうだけど」
認めるしかないことが、悔しさに拍車をかける。まだ私の嫉妬心は雪げていないというのに、悔しさだけが募っていく。
「あっさり認めるんだ。マジメだね~」
「うるさい。今は、私が上」
再び彼女の口を塞ぐ。オレンジ色のサラサラとしたショートヘア。吸い込まれそうになる蒼い瞳。彼女の整った顔をぐちゃぐちゃにしているのが私だということを考えると、私のこの黒い感情も少しは雪がれていく気がする。
……私は何を考えているのだろう。幼馴染にこんなに黒い感情を抱いて、受け止めてくれるからって、躊躇いもなく感情をぶつけている。
これは本当に幼馴染にぶつけてしまってもいい感情なのか? これで一時の満足を得て、私はそれでいいのか?
分からない。分からないから、やめない。もう何度も同じことを考えたし、同じ結論を出した。だから、私は今も彼女のことを汚していく。
今度は耳だ。今、プラナの耳から入る情報は私の言葉だけでいい。彼女の耳を手で覆って、息を吹きかける。ビクッと震えるプラナ。耳も敏感なのか。だったら、徹底的に攻めてやる。
「ねぇ……」
自分でも少し驚いてしまうくらい低い声で、彼女の耳元に囁きかける。私以外の物に意識を向けさせはしない。私で埋め尽くされてしまえばいい。
「いつか絶対、あなたを超えるから。それまで、私から離れないでね」
最後に彼女の首筋を噛んで、今日の私の時間は終わりにする。痕が残らないように、甘噛みで済ませよう。今日の夜まで噛み痕は残るだろうが、それくらいでいい。
プラナの顔から距離を取って、今日は終わりだという合図をする。
うん。今日は、これでいいだろう。
だが、いつにも増して黒い感情を押し付けてしまった気がする。攻めの時間が終わると、理性がいきなり私の脳に帰ってきて反省タイムが始まってしまう。自分が何をしていたのかを省みざるをえなくなる。
「……ごめん。今日は、やりすぎたかも」
「私は別にいいけどね~? 今日のグラス、嫉妬心丸出しで可愛かったし」
ここまでやったのに、彼女は全てを受け入れてくれている。私はどす黒い感情を向けていたのに、彼女はそんなこと意にも介さない。
なぜ彼女はこんなにも余裕を保っているのだろう。私だけが必死になっていて、バカみたいだ。
「それに……ふふ。首に噛み痕まで付けちゃって。独占欲まで出てきたか~? 可愛いやつめ~」
結局、最終的に私は彼女よりも下なのだと自覚させられる。ここまでいつも通りの流れだ。向こうがそう思っているかは分からないけれど、私にとってはそうだ。
いつか、絶対に彼女の上に立つために。彼女の傍に立つに相応しい存在になるために。私はこれからも彼女と向き合い続けよう。
まずはこの魔法学園を卒業するまでに、彼女に追いつくことからだ。