第七部:終盤戦 - 死闘、そして最後の円卓 -
戦場は最終決戦エリアである直径20キロの円形の都市廃墟へとその姿を変えていた。かつての高層ビル群は半壊し、瓦礫と化した道路が迷路のように入り組む。空には厚い暗雲が垂れ込め、時折、原因不明の空間の歪みが閃光のように走る。生き残ったのは、わずか7つの都道府県。彼らは、この閉鎖された闘技場で、最後の力を振り絞る。
戦場の中央部、かつて国会議事堂であったとされる廃墟を挟んで、三つの激戦がほぼ同時に火蓋を切った。
一つは、東京と京都の宿命の対決。
「…あなたの描く『雅』とやらは、あまりにも多くの犠牲を強いる。これ以上、好きにはさせません」
傷だらけのパワードスーツを再起動させた東京が、残された最後のエネルギーをチャージしながら、静かに佇む京都に告げる。京都は優雅に扇子を広げ、余裕の笑みを崩さない。
「おや、満身創痍の首都様が、何を今更。わたくしはただ、この戦を最も美しい形で終わらせたいだけどす。そのためには、多少の『剪定』は必要やおへんか?」
京都の言葉と共に、彼女が影響下に置いた数名の県代表(既に自我を失い、操り人形と化している)が東京に襲いかかる。東京は残存ドローンとパワードスーツの近接ブレードでこれを迎撃。テクノロジーと知略、そして数を巡る壮絶なチェスが始まった。京都は瓦礫の中に巧妙なトラップを仕掛け、情報網を駆使して東京の位置を特定しようとするが、東京もまた、学習AIによる予測回避と、都市地形を熟知した戦術で応戦する。
二つ目は、北の大地を制した北海道と、百戦錬磨のトリックスター大阪の死闘。
「でっかい兄ちゃん、ようここまで残ったな! さすがに体力だけはあるわ!」
「ほざけ、お前みたいなヒョロヒョロが、俺の腹を満たせると思うなよ!」
北海道が雪玉バズーカ(氷結弾頭に改造済み)を乱射し、大阪はそれを巧みなステップと道頓堀スモーク(今回は催涙ガス混合)で回避。大阪は懐から次々とガラクタのような秘密兵器――「通天閣型スタンロッド」「串カツミサイル(小型追尾式)」「なんでやねんハリセン(物理的にも精神的にも痛い)」――を繰り出し、北海道の巨体を的確に攻撃。しかし、北海道の驚異的なタフネスは、それらの攻撃をものともしない。
「小賢しいわ!」
北海道の巨大カニ爪ハンマーが地面を砕き、大阪は間一髪でそれを避ける。一撃の重さでは北海道が、手数の多さとトリッキーさでは大阪が上回る。消耗戦の様相を呈してきた。
三つ目は、九州最後の生き残り福岡と、南国の自由人沖縄の魂のぶつかり合い。
「うおおおおお! 沖縄ぁ! 貴様だけは…貴様だけは、この手で沈めちゃるけん!」
血の涙を流しながら突進する福岡。その両手には、折れた「博多祇園山笠」の旗竿を槍のように構えている。対する沖縄は、静かに三線を構え、戦場に不思議な旋律を響かせる。
「福岡さん、あなたの気持ち、痛いほどわかるさー。でもね、この戦いに、もう憎しみだけじゃ前には進めないよ」
沖縄の歌声と共に、周囲の瓦礫や植物が呼応するかのように動き出し、福岡の突進を阻む。召喚されたシーサーたちも、以前より大型化し、その動きも洗練されている。福岡の捨て身の猛攻を、沖縄は自然と一体化したかのような戦術でいなし、受け流し、そして静かに反撃の機会をうかがう。それは、激情と静寂、破壊と再生が交錯する、鮮烈なコントラストを描く戦いだった。
そして、この三つの激戦区から少し離れた、最も高いビルの屋上。そこに、誰にも知られることなく、ただ一人、島根が佇んでいた。その手には、古びた鏡が握られている。戦場の全ての光景が、その鏡面に映り込み、そして静かに歪んでいく。彼女が何を意図しているのか、知る者は誰もいない。
【戦況速報③ - 最終局面突入・生存者7】
《公式速報 - 戦場管理AI ARIAより》
現時刻: バトルロイヤル開始より47時間58分経過。
確認稼働都道府県数: 7/47
東京、京都、北海道、大阪、福岡、沖縄、島根(※島根は現時点での交戦記録なし、位置情報のみ捕捉)
戦場エリア状況: 直径20キロの都市廃墟エリアに限定。外周は高濃度汚染及び原因不明の空間歪曲により完全封鎖。
現在発生中の主要戦闘:
エリアA(旧国会議事堂周辺):東京 vs 京都(及び京都影響下勢力)
エリアB(旧渋谷地区):北海道 vs 大阪
エリアC(旧臨海地区):福岡 vs 沖縄
特記事項: 戦場全域において、未知のエネルギー干渉を確認。一部センサー及び通信機能に障害発生。ARIA本体の自己防衛プロトコル作動中。予測不能な事態が発生する可能性:75.8%。
《ネット民コメント抜粋 - 提供:匿名巨大掲示板「都道府県ちゃんねる」》
「最終決戦キタァァァァァ!!!」
「東京がんばれ!京都の魔の手から日本を救ってくれ!」
「大阪姉さん、北海道相手に粘りすぎだろw もうどっちも応援するわ!」
「福岡の兄貴、漢すぎる…(´;ω;`)」
「沖縄ちゃん、完全に自然の化身じゃん…シーサーでっかくなってるし!」
「島根さん、屋上で何してんの…? 高みの見物? それともラスボス?」
「ARIAちゃんがんばれ!謎エネルギーって何だよ怖いよ!」
「もう誰が勝っても伝説だろこれ…固唾を飲んで見守るしかねえ…」
《ARIA分析コメント - 戦術予測モジュールより》
分析: 全ての戦闘が極めて高いレベルで拮抗。各都道府県は残存する全ての能力とリソースを投入。
東京 vs 京都: 東京の戦術AIが京都のトラップパターンを解析中。しかし京都側も東京の行動予測をリアルタイムで更新。純粋な戦闘力では東京有利だが、京都の影響下勢力の物量が課題。勝率予測:東京48.5% - 京都51.5%。
北海道 vs 大阪: 北海道のスタミナが徐々に大阪のトリッキーな攻撃を上回り始める可能性。ただし、大阪は未だ奥の手を隠し持っているとのデータあり。大阪が短期決戦に持ち込めれば勝機。勝率予測:北海道60.2% - 大阪39.8%。
福岡 vs 沖縄: 福岡の攻撃は苛烈を極めるが、精神的消耗と負傷によるパフォーマンス低下が顕著。沖縄は冷静に福岡の攻撃パターンを見極め、カウンターを狙う戦術。沖縄の環境利用能力が戦局を左右。勝率予測:福岡25.7% - 沖縄74.3%。
島根の不確定要素: 現在の戦闘データに島根の行動パラメータを組み込むことは不可能。彼女の行動次第では、全ての勝率予測が無意味化する。監視レベルを最大に引き上げ、情報収集を継続。
警告: 戦場内のエネルギー不安定化が加速。予測不能な大規模破壊イベント発生の可能性:82.3%。全生存者は最大限の警戒を。