【34 十二時ちょうど】
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・【34 十二時ちょうど】
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まるでシャンパンを開けたような”ポン!”というような音がどこからともなく聞こえてきた。
俺は飛び起きて、時計を見ると十二時ちょうど。
いや確かに明日と聞いていたが、まさか十二時ちょうどから始まるとは。
そしてどこからともなく、エコー掛かった声が聞こえてきた。
《ポンポンポン! 楽しくパーリ―ピーポー! フゥー!》
若い男性の声、ちょっとチャラついた高音だ。
クラブのMCみたいなイメージ。いやクラブにMCいるのかどうか知らんけども。
《さぁ! さぁ! 炭酸ってチャラいいねぇっ!》
「いや全然炭酸自体はチャラくないだろ、子供の誕生日会だろ、ビスケットと果汁の炭酸の家でプレゼントだろ」
《初っ端からガツガツ飛ばしてく感じ! チャラいいねぇっ!》
「全然チャラい気持ちゼロだから、大学ラグビーのようなごり押しな気持ちだから」
始まってしまったならもう仕方ない。
頭脳はフル回転でやってやるしかない。
ただし!
「ちょっと顔洗ってからな!」
《Oh,美容を気にすることチャラいいねぇっ!》
「全然チャラくないんだよ、何なら炭酸水で顔洗ってやろうか!」
と言葉を飛ばすと、一瞬と声がしたエコーのチャラオ。
だからここはここぞとツッコむ。
「何だよ今の”んっ”て声! ビスケットでも喉に詰まったんか! 誕生日会でもしてんのか!」
それに対して返す言葉はゼロ。
結構押し切っているみたいだ。
いいぞ、いいぞ、と思いながら洗面所に行って顔を洗うと、何だか水が変な感じする。
パチパチしているような……って!
「炭酸水になってる!」
《まさかツッコミで先回り! チャラいいねぇっ!》
「いや先に言っちゃうヤツ全然チャラくないだろ! チャラいヤツほど空気読みまくりの世界だろうからなぁっ!」
というか先に言っちゃったのって展開的に悪くない?
ウケがイマイチかもしれない。いやそんなことは考えるな。俺は今を全力でツッコむだけだ!
「いやもう炭酸水で顔洗ったら、いよいよ美容男子じゃねぇか!」
《いよいよ、いいよいいよ、いや、いいね! いいねぇっ!》
「いや無理やりじゃねぇか! 全然良くないわ!」
《いやもう無理やりいい感じにしちゃうからねぇっ! OKぇい!》
と声が聞こえた刹那、何だか心臓がジュワジュワいい出した。同時にバクバクもいい出したけども。
何か体が焼けるように熱い、額から汗が滲み出てきて、その汗を手で触ると、その汗も炭酸化していてゾッとした。
「オマエ! 俺の体内も炭酸にしやがったなぁっ!」
《ポンポンポン! 体内からアガってこうぜぇい!》
「いや熱い……体温をアゲんじゃねぇよ! 気分だけアゲさせろよ!」
どうやら血液も炭酸になっているらしい。
体のどこに血管があるか分かるように、炭酸が体内をなぞっていく。
熱い、痛い、苦しい、そんなことを考えていると、だんだん急に怖くなっていった。
俺の人生はずっとこんな感じなのか。
意味の分からない連中に振り回され続けるのか。
たとえ全放映状態になったからって、こういう連中は訪れるんじゃないか?
なおさら加減させずにやって来るようになるんじゃないか?
やっぱり死んだほうがいいんじゃないか?
死ねば一瞬で楽になれる。
死ねば一瞬で楽になれる。
死ねば一瞬で……と思った時に気付いた。
あっ、俺、炭酸で思考が溶けている、と。
いや違うんだよ!
「思考を溶かすんじゃねぇよ! 炭酸はせめて歯だけにしろよ! すげぇ鬱になっちまったじゃねぇか!」
《WHY! ここまでして気を取り戻すなんてやりまくり兄さんじゃん! チャラいいねぇっ!》
「全然やりまくってないわ! 十六歳の中では全然やりまくれない人生だわ! 彼女いるのに!」
《いやでも怪奇とセックスしまくりじゃん! チャラいいねぇっ!》
いやぁぁぁあああ!
「怪奇とセックスなんてしたくねぇぇぇわぁぁぁぁああああああああああああ!」
渾身のデカツッコミをすると、だんだん俺の炭酸感が抜けていっているような気がした。
そうか、つまり
「デカい声出して声帯を震わせると、否、声帯を振ると炭酸が抜けるってわけだなぁぁぁああああああああ!」
《It’s クール! さすがだいいねぇっ!》
そして俺は体も激しく振りまくった。
振れば振るほど体が軽くなってくる。
動いて疲れるはずなのに。
どうやら本当に炭酸が抜けているらしい。
《腰も振っちゃって、完全に怪奇とセックスしてんねぇ! チャラいいねぇっ!》
「そうそう、だからオマエは早くどこかへイッてしまぇぇぇええええええええええええええ!」
《おあとがよろしいようで! バイバイ!》
チャラオの声が聞こえなくなると、俺の体内はまた今まで通りの感じになった。
いや、心臓は未だにバクバクいっているけども。
そうか、もう始まっているのか、でも負けらんねぇ、絶対に面白い話にしてやるんだからな。