【25 常に後ろから聞こえてくる声】
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・【25 常に後ろから聞こえてくる声】
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《だから言ったじゃない!》
耳をツンザク女性の高音。エコーが掛かっていて、明らかに普通の人間が発している声ではない。
その声が聞こえてすぐに、今度は少し低音気味な男性の声で、
《本当にこうなるとは思っていなかったんだよ!》
と聞こえた。こちらもエコーが掛かっている。
どうやら男女が喧嘩しているような声。
その声が自分の後方から聞こえてきたので、すぐに振り返ったが、そこには何もいなかった。
ここは校舎の二階、グラウンドなどにいる人たちの声は普通こういう感じでは聞こえてこない。
ちゃんと遠くにいる人のデカい声といった感じに聞こえるのだが、この声は同じ教室内で喧嘩しているような声だった。
「なのっ……どういう声なの……」
どうやら菜乃にも、ちゃんと聞こえているらしい。
《アンタのせいで私の自転車のサドルがキュウリになったじゃない!》
《まさか本当に交渉が成立するとは思わなかったんだよ!》
《しかも私の自転車! 私の目の前でカッパにパクられたんだから! お気に入りの自転車だったのに!》
《オレだってカッパが自転車パクるとは思っていなかったんだよ!》
いや、何この会話……意味が分からない、何か、内容も相まって三流ラジオドラマみたいだな。
「三流ラジオドラマが始まったの……」
あっ、菜乃も完全に俺と同じこと思っている。
そうだな、このことを菜乃と共有しないと。
「菜乃も聞こえるんだな、この三流ラジオドラマ」
俺がそう言うと、ちょっと顔を驚かせた菜乃。
でも何か、俺も聞こえているということに安心したのか、ゆっくり頷き、
「そうなの、聞こえるの、今のところこっち側に干渉してこないの」
と菜乃が言った刹那、廊下から自転車の鈴の音が聞こえてきた。
俺も菜乃も廊下のほうを見ると、なんと自転車を立ち漕ぎしながらキュウリを食べているカッパが悠々と廊下を走っていたのだ。
俺たちが声を出すよりも早く、三流ラジオドラマが反応した。
《あっ! アタシの自転車! アタシの自転車よ!》
その自転車はカゴがあるべき場所に人間の生首があって、その生首はじっとこっちを見て怪しく笑っていた。
完全に意味不明でヤバイことに巻き込まれていることを悟った。
俺は怖くて動けなくなった。
菜乃はその場で震えている。
いや動けなくなった、じゃない、これは明らかに俺を狙った何かなんだ。
俺は菜乃を守らないと。
そう思って俺は菜乃をスッと抱き寄せた。
すると不思議と震えが止まった菜乃は、俺の顔を下から覗き込みながら、
「ありがとう、悟志くん」
「ううん、これは俺を狙った何かだから。俺は菜乃のこと、守るから」
と言ったところでまた三流ラジオドラマの声がした。
《追いかけても追いつけないよ、あっちは自転車だからな》
《ちょっとアンタ! 諦めると言うのっ?》
《しょうがないだろ、自転車ってほぼマッハで動けるし》
《まあそうだけどさぁ》
いや全然そうじゃないけども。
少なくてもマッハでは動かない。
何なんだ、このクソ台本。
と、思ったその時だった。
教室の扉が急に開くと、そこにはカゴがあるべき場所にあった人間の生首がこっちへ向かって転がってきたのだ。
《ギャハハハハハハ!》
笑いながら転がってくる生首。この生首も声がエコーしている。
でも何でこの生首は見えて、三流ラジオドラマの姿は見えないんだ、なんてことを考えている暇はもう無い。
俺は菜乃をお姫様抱っこして、かわした。
そしてそのまま勢いで教室から出ようとした時、生首がピョンと跳ねて、俺の目の前に飛び込んできた。
「うわぁぁああっ!」
つい声を張り上げてしまった俺に対して、生首は俺と同じ目線で、浮きながらこう言った。
《もっと良いリアクションしてくれよ》
そう言ってその生首は一瞬にして消えていった。
菜乃はちょうど目を瞑っていたから見えていなかったみたいだけども、急に生首が目の前に飛び込んできた光景と言ったら。
こんなことが俺にずっと降りかかり続けるのか?
嫌だ、嫌すぎる、途中ですぐに死にたくなる。
というかもしかしたら家にいてもやって来るのか、否、やって来るだろう。
耐えられない、こんなの耐えられない、俺は今すぐおかしくなりそうだ。
もう発狂寸前と思った刹那、目を開けた菜乃が静かに上体を起こして、俺の唇に口づけをし、
「なの……菜乃は大丈夫だから、おろしていいの……悟志くんは大丈夫だった? の……?」
そうだ、俺には彼女がいるんだ。
そんな簡単に狂うような道へ進んじゃいけないんだ。
なんとか気を取り戻し、菜乃を一旦おろしてから、菜乃を抱き締めた。
「なのっ! ……なのぉ……」
菜乃も俺のことを優しく抱き締め返した。
簡単に死ねるかよ、俺は生きていくんだ、俺だって人生を楽しく遊んでやるんだ。