【23 教室に戻る】
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・【23 教室に戻る】
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教室に戻ると、シューカが俺の席に座っていた。
そろそろ五限目なので、菜乃とは別れ、今、俺側は一人。
さて、コイツは何を言い出すか。
また遼子みたいに嫌なこと言われたら、普通に手が出ちゃかもしんないな。
「サトシン、生きとるな」
そう言って微笑んだシューカ。
でもまだどっちの意味なのか分からない、バカにしているのか、本当に生きていて嬉しいのか、が。
「ナノンがうまく止めてくれたみたいやな」
”うまく止めてくれた”ということは生きていることを歓迎しているのか、ある程度良い意味で。
あと菜乃のことはナノンと呼ぶんだ、俺、悟志はサトシンで。コイツのあだ名付けの法則、分かりやすいな。
「やっぱり死ななかったわ! さすがシューカちゃんが見込んだツッコミ人間や!」
「何なんだよ、それ。ツッコミ人間って何かつまんなそうだな」
「褒め言葉や! つーわけで、これからツッコミの訓練をビシバシやっとくで!」
「何でそうなるんだよ、ツッコミの訓練とかいらないだろ、それも特に。だってもう俺、放送されていないんだろ?」
俺が普通にそう言うと、人差し指を立てて「チッチッチッ」と舌を鳴らした。
いや言いたいことは伝わるけども、動作が古い。
マジでこんなことやるヤツいるんだ。関西弁って別に古いことするとかじゃないからな。
シューカはニヤリと不敵に笑い、こう言った。
「一度そういう対象になった人間はある程度、ずっと捕捉されていんねん。世界政府からな」
「……まあそうだろうなぁ、自暴自棄になって暴れるヤツもいるだろうし、ずっと監視されているような気はする」
「で、またこれからも、つーか今までよりもヤバイ連中に絡まれるかもしれないということは聞いとるよな?」
「それは聞いた。最悪の形で」
遼子のことを思い出し、少し、というかかなり鬱になってしまった俺。
そんなしぼんだ顔をしてしまったのだろう。
シューカは一息ついてから、優しく俺の腕を叩き、
「大丈夫や、サトシンには味方がおるから。シューカちゃんは勿論、ナノンもそうや。それに意外と多そうやで?」
菜乃とシューカ以外にも味方がいる?
そんなこと無いと思うけども、でも、まあ、味方がいるというのは少し心強い……と思っても、それがすぐに顔に出せるわけでもなく、だから俺は無理して笑った。
するとシューカは、少しムッとしながら、
「シューカちゃんの前で作り笑いはやめぇい、シューカちゃんの前では絶対芯からの笑顔や!」
そう言って拳を突き上げたので、その滑稽さに失笑してしまった。
「ほら笑ったで! 笑ったで!」
と妙に嬉しそうにするシューカに、本当に、ちょっと、本当にちょっとだけ救われてしまった。
そうか、俺には味方がいるんだ、それだけで十分じゃないか、少なくても今は。
ちょっと空気が和やかになったところで、また少し、シューカが真剣そうな顔になり、本題が始まった。
「ほな、閑話休題や。実はな、時折”より抜き”で放送されることがあんねん、放送が無くなったヤツも」
「やっぱりそういうのあるんだ」
「でもそれは全部人に絡まれているヤツで、家で一人で何かしてたり、彼女と何かしていたりは無いで」
”家で一人で何かしてたり”で、また素で落ち込んでしまった。
いやもう多分ずっと俺って、この十字架背負って生きていくだろうな。
無理してでも忘れるしかない、いや無理したら忘れられるなんてこと無いけども。
また落ち込んだ顔にはなっているだろうけども、そろそろ授業のチャイムも鳴るだろうし、シューカは続けた。
「でな、大掛かりに”あの人は、今”みたいなことをやる時があんねんて」
「何そのバラエティみたいなノリ、いやずっとそうだけども」
「その”あの人は、今”で結果を出すと、また全放映状態を勝ち取れるんやて」
「いや全然勝ち取りたくないから、最悪じゃん」
とツッコミでも何でもない、ただの本心を繰り出すと、シューカは小さく首を横に振ってこう言った。
「全放映状態になればマジでヤバイヤツはまた来なくなり、一日二時間くらいなら放映しないでほしいという時間を作れるらしいんや」
いやでも、正直そのマジでヤバイヤツというのが全く分からないしな。
まだ俺のところにそういうヤツが来たことないから。
一日二時間くらい放映されないと言われても、それ以外をずっと放映されるほうがよっぽど苦痛なような気がする。
と、思ったところで、シューカが俺の肩を強めに叩き、
「思ったことは全部口に出せぇい! 感じたことを全て言う! それがツッコミの心得や!」
「いやまあツッコミの心得としてはそうだろけども、俺別にツッコミ教えられたくないから」
「じゃあええ!」
いいんかい、と思ったその時、シューカは俺の肩を強く掴んでこう言った。
「ツッコミの心得はもうどうでもええから! シューカちゃんの友達として思ったことは全部シューカちゃんに言うんや!」
……友達? と思った刹那、
「友達と言われてどう思ったんや! それを言うんや! ほら! 来い! 来るんや!」
何かすごい熱量だな……でも友達か、友達なんてハッキリ言葉にされたら、そうだな。
「案外悪くない」
「じゃあ友達には言いたいこと全部言うやろ! 何か言いや!」
「それなら言うけども、全放映状態はやっぱりキツイ。捕捉されているとはいえ放映やら放送は無いほうがいい」
「なんやねん! 思った方向とちゃう!」
すごいハッキリ言うなぁ……まあそのハッキリ言うところがシューカってヤツなのか。
それならもう一丁、俺もハッキリ言ったほうがいいな。
「だって一日二時間大丈夫な時間があるだけでそれはキツイって」
「あっ! それだけちゃうねん! 全放映状態になるとそれだけでお金がもらえんねん! サトシンの両親は多分、今までサトシンが放映されて稼いだ分で海外旅行してんねんで!」
「そういうことなのか! 俺の両親がいなくなれた理由って! いやでもお金のためってっ!」
「そういう仕事と思えばええねん! 絶対全放映状態になったほうがええで! 芸能人みたいなもんや! 実際芸能人の中にもそういう人おるから今度ちゃんと調べたらええで! 全放映状態ありきで芸能人なった人もおるしな!」
”ありきで芸能人になった人もいる”か……いやまあ芸能系に興味が無いわけじゃないけども、まさか、そんな人もいたのか。
俺も今度、あのチャンネルに登録されている人たちをちゃんと調べてみよう。
シューカはまだ続ける。
「んでホンマにこれからやって来るヤバイ連中ってホンマにヤバイって話やねん! だから全放映状態を目指して、ホンマにヤバイ連中とは遭遇しないほうがええねん!」
「いやだからその本当にヤバイ連中というのが良く分からないからさ」
と言いつつ、ふと、天候を操り雨を降らした怪人のことが脳裏をよぎった。
あういうのが続々来るということかっ?
だとしたら、だとしたら確かにヤバイな……。
多分俺は不穏な顔をしたのだろう、シューカが「ほら!」と言いながら俺を指差したところで授業開始のチャイムが鳴った。
教室にいた生徒たちは続々自分の席に着いて、シューカも例外なく、自分の席に戻った。
俺もシューカがずっと座っていた自分の席に着いて、何事も無かったように授業を受けた。
それにしても本当にヤバイ連中って一体どれほどなのだろう。
今は全放映状態の天秤が軽すぎるが、もしかしたらこの天秤が動くこともあるのか?