【15 放課後は普通に家で休みたい】
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・【15 放課後は普通に家で休みたい】
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「菜乃の! 子守歌のコーナーなのーっ!」
放課後すぐに菜乃が俺の教室にやって来て、俺の隣の席に座り、これが始まった。
「菜乃が子守歌を歌って疲れた悟志くんを癒すコーナーなのっ!」
「いや、俺、普通に家で休むから大丈夫だよ」
「ダメなのっ! 悟志くんは家に帰ると悟志くんらしさが無くなるからダメなのっ!」
「いやもう普通に俺は、家が本当の俺だよ」
というか何だよその謎理論、家に帰ると俺らしく無くなるって俺の家での風景見てんのかよ。
まあ適当に言ってるんだろうけども、それならもっと良い引き留める言葉を考えておけ。
「と・に・か・く! 菜乃が子守歌を歌うから悟志くんはそれで寝れたら寝ればいいし、寝れなかったら帰ればいいの!」
「じゃあまあ一回子守歌に付き合うから、寝れなかったらもう学校から出て良いんだな」
「そういうことなのっ! 無理強いはしないのっ!」
「既に一回聞くことが無理強いしているんだけどな」
俺は一応、椅子に浅めに座って背もたれを使い、リラックスするような体勢をとった。
寝れるもんなら寝たい部分もあるしな、最近家には変なヤツが訪問してくるし、夜も何か変な音が聞こえる時があるし。
こうやって学校で菜乃や遼子、シューカと話している時は現れないから。
まあ菜乃とシューカが変なんだけども、菜乃が睡眠に舵を取ってくれれば、安心して眠れる……かもしれない。
「じゃあ歌うの! 菜乃は~♪ 大きな大きな~♪ 心~♪」
菜乃の子守歌、菜乃の歌なんだ。
しかも開口一番に自画自賛し出した。
でもメロディは案外悪くない。声も落ち着いた声で癒しな感じだ。
「菜乃は~♪ 小さな小さな~♪ 主食~♪」
小食なんだ、でも小さな主食って言い方しないけどな。
まあ太らないようにするには、頑張っているんだな、女子って。
「菜乃は~♪ 普通マジ普通~♪ 思考~♪」
いやもう大きい小さいときて、マジ普通とか言い出すヤツは普通の思考じゃないけどな。
あとファンだと公言している相手に子守歌を歌うという発想も全然普通じゃない。
「菜乃は~♪ 割と大きめの~♪ 胸~♪」
急に自分の身体的特徴を言い出した。
あと男子に割と大きめの胸とか言い出したら眠れないだろ。
「菜乃は~♪ 割と小さめの~♪ 副食~♪」
副食って今日日、食育の授業でしか聞かないな。
主食は小さくて副食は小さめって、オカズは主食よりいっぱい食べたいんだな。
「菜乃は~♪ ガチ本気普通~♪ 水~♪」
水は惜しまず飲むんだ、まあ水分とらないと腸活も上手くいかないからな。
顔とかも洗うだろうし、お風呂とかも水使うし、水は惜しまず生きたいよな。
「菜乃は~♪ 新しめの~♪ 服~♪」
まあ服は好きなんだな、そう言えばどんな私服なんだろうな。
でもビンテージには興味無いということか、やっぱり流行り物の服がいいんだろうなぁ。
「菜乃は~♪ 古めの~♪ 靴~♪」
靴は昔から馴染んだヤツにするんだ、まあそっちのほうが靴擦れとか起きないもんな。
ちゃんと使っていれば物持ちがいいほうの人か、そういうの大切だよな。
「菜乃は~♪ 中間の~♪ 靴下~♪」
まあ靴下ってそこまでこだわる必要無いもんな、普通に擦り切れた時に買い替えればいいだけで。
俺も中間だな、靴下って中間以外存在しないよな、大体の人が中間だよな。
「菜乃は~♪」
いや!
「ずっと自己紹介の歌!」
「なのー! 寝てないのーっ!」
「寝ないよ! 自己紹介されているんだから! 次の情報何かなって、ちょっと待ってる自分がいたよ!」
俺が普通にそうツッコむと、急にモジモジし始めた菜乃。
何だろうと思って、次に言う言葉を待っていると、菜乃が、
「菜乃の自己紹介なんて興味無いと思ったから、すぐに寝ると思っていたのに待っていたなんて……恥ずかしいの……」
そう改めて言葉にされた俺は、何だか突然恥ずかしくなってきた。
確かに……次の情報を待つ必要なんて全然無かった……というか俺、菜乃に興味津々だったんだ……いや!
俺には遼子という心に決めた相手がいるのに! いやでも実際! 電波とは言え可愛い子からファンと言われたら少しは傾くだろ!
「菜乃に興味持ってくれて、ありがとうなのっ……」
そう微笑みを傾けてから、そっと立ち上がり、そのままどこかへ行ってしまった菜乃。
いやまあ帰ったんだろうけども、そんな優しいリアクションをされると、何か、何か、好きになっちゃうじゃん……。
俺は誰もいない教室で余韻を噛みしめてから立ち上がり、下駄箱で靴を取り換えていると、後ろから馴染みの声がした。
「ふ~ん、何か楽しいことあったみたいじゃん、悟志」
こ、こんな時に遼子だ……今なんとなく、遼子に会いたくなかった。
「それともまた嫌なことでもあったのか? 変なヤツに付きまとわれているとかさっ」
「いや、別に……」
なんとなく伏し目がちになってしまう俺。
遼子と視線を合わせないようにしていると、遼子はちょっと苛立っているような少し大きな声で、
「まあ嫌なことがあったらすぐ言えよ! 私が助けてやるからな!」
と言いながら、俺の背中を強く叩いた。
「痛ぇよ、遼子……」
「別に普通だし! まっ! 悟志のこと一番良く分かってんのは私だからな! 相談は全て私にしな!」
「いや心強いけどさ……」
でも菜乃という女子が少し気になっているんだみたいな話、遼子にはできないし。
というか今は何故か遼子と話す気になれない。
何だか菜乃のことを考えてしまうから。
だから
「今日は別に大丈夫だから、うん、でもいつもありがとう、遼子」
ちょっとした沈黙。
でもすぐにその沈黙を打ち払うようにデカい声で、
「まっ! 頼りにしてくれよな! 楽しくいこうぜ! 楽しくなければ人生じゃないからな!」
そう言ってその場を去って行った遼子。
遼子と一緒に帰るという手もあったけども、今は菜乃のことを少し考えたくて。
いやでも遼子と一緒に帰れば良かったかな、また帰り道に変なヤツに絡まれるかも。
遼子がいる時って絡まれたこと無いし……いやいや、とか思ってたら、現れて、遼子ごと巻き込まれたら良くないし。
とにかく今日くらいはもう誰にも絡まれたくないな。