【01 食リポおじさん】
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・【01 食リポおじさん】
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最近、何だか俺の周りでおかしなことが起きまくる。
普通に食事をしようと定食屋に入ったら、すぐこれだ。
相席していたオジサンがやけに、一人で食リポをしているのだ。
「この刺身、煮たガムの噛み応え……ごんすなぁ」
いや煮たガムて! ぐにゃぐにゃで新鮮さゼロそうだな!
あと語尾の”ごんすなぁ”って何っ? そんな語尾で厳しい社会を生き抜けるのかよ!
「味は、海を吸い込んだ綿……ごんすなぁ」
全然美味しそうじゃない! なら”海”でいい! 綿にしてしまうなよ!
つい心の中で突っ込んじゃうな……まあ今日は俺に何か降りかかってくるヤツじゃないからいいけども。
そう、割と結構俺に何か降りかかってくることも多いのだ。
変な人に話し掛けられることは日常茶飯事で、ちょっと考えてみると、五月にあった十六歳の誕生日からずっとこうだ。
一体俺の人生はどうなってしまったんだろうか、と思ったところで、俺の頼んだカツ丼定食がやって来た。
「これ食って屁して寝てろぉぃ!」
……清楚そうな店員さんにすごいこと言われた……本当一体どうなっているんだ、俺の人生……。
いやでも思い出すんだ、おばあちゃんの言葉を。
”どんな人にも誠実に対応しなさい、全ての物事は自分に返ってくるから”
これがおばあちゃんの教えだ。
だから俺はその店員さんには軽く頭を下げて、ニッコリと微笑んだ。
でも店員さんはガン無視といった感じだった。
……食って・屁して・寝てろ、て……この定食屋でやっていいの? 逆にこの定食屋でやっていいの?
いや食うのはするけども、この定食屋でそのまま屁をして、寝ていいの? そんな居座るヤツ、嫌でしょ……。
まあいいや、このくらいのこと言われることはマジで日常茶飯事だし、気にせず食べて帰ろう。
と、割り箸を割ったその時だった。
相席していたオジサンがおもむろに口を開き、
「食リポしろよ、ガキぃ……」
と言いながら、こっちを睨んできた。
いや何でっ?
そんな脅され食リポなんて初めてだ。
無視してもいいのかなぁ、でもやたら怖いし、あとまあおばあちゃんの教えもあるし。
食リポしたら何かいいことがあるかもしれないし、まあ食リポくらいならいいか、やるか。
「わぁー、美味しそうなカツ丼定食、出汁の香りが輝いていますねー」
そう言ってからチラッとオジサンのほうを見ると、オジサンは真剣な瞳でこっちを見ていた。
食リポの試験か、まあいいや、怒っているわけではないみたいなので、この調子でいくか。
「卵も半熟のところと固まったところのバランスが良くて、いろんな食感が楽しめそうです。では食べてみます」
オジサンは何だか頷いている、悪くないようだ、じゃあここで一口……うん!
「美味しい! 出汁の加減がちょうど良くて、素材の香りもします! カツはサクサクで卵はいろいろ、食感が楽しいです!」
と俺が言ったところでオジサンは机をバンッと叩いて、語気を強めてこう言った。
「出汁って、ぁっ、出汁ってぇっ、ぁぁっ! 何の出汁なんだよぉっ! あぁぁあああい!」
無駄な”あ”が多いことが気になるけども、そうか、何の出汁か言ったほうがいいのか。
じゃあ
「昆布の出汁ですね」
「例えろよ!」
いや何の出汁か先に言ったほうがいいでしょ、と思いつつ、俺は例えを考えてみた。
昆布の出汁の例え……旨味の爆弾とか、そういうことかな、昆布はうまみ成分が多いし。
「昆布はまさに旨味の爆弾ですね」
俺がそう言うと即座にオジサンは早口で言葉を飛ばしてきた。
「爆弾って物騒か! これだから殺し合いのゲームばっかりする世代はっ!」
……何か怒られた……いやまあ物騒か、そうかぁ、物騒か、まあ確かに”海を吸い込んだ綿”よりは物騒だなぁ。
じゃあちょっと変えるか。
「いや、爆弾というか、旨味の花火ですね」
「海で言え! 空じゃねぇか! 旨味の魚雷だろ! バーカ!」
……いや魚雷も爆弾の類では……ハッキリ、バカと言われてしまった……こういう語彙をそのまま使ってくる人に限って食リポって何なんだよ……。
いいや、あとはもう普通に食べよう、と思って、口直しに味噌汁を飲むと、
「ハイ、味は?」
とオジサンが手を叩きながらそう言ってきた。
いやまあこのオジサン、ちょっと怖いし、食リポを続行するか。
「ワカメに豆腐と、滋味深い味ですね」
「地味って何だよ! 失礼だろ!」
「……いや、あの、滋味深いって、しみじみ美味しいという意味です……」
と、たまらずちゃんと説明すると、オジサンはガタンと椅子を急に後ろに下げ、立ち上がり、お尻を『パツン!』と叩いた。
……いや、どういうことだ……と思いながら、見上げていると、オジサンはゆっくり座りながら、
「失敬な時は自分を苛めてやる……ごんすなぁ」
何か分からんけども、このオジサン、めちゃくちゃ怖い……こっちに手を出す人じゃないけども、手を出さない人の中で一番怖い……。
いつもよりも大口で、早くカツ丼定食を食べていった。
それ以降はあまり食リポも求められなかった。
オジサンは何だか恥ずかしそうにこっちを見ているだけだった。
良かった、滋味深いを間違えたショックが大きかったみたいだ。
というわけで俺は注文票を持ってレジに行こうとしたその時、オジサンが先に俺の注文票を手に取り、こう言った。
「美味しいごはんを地球のみんな、ありがとう……は?」
「えっ?」
あまりにも意味の分からない言葉に俺は生返事をしてしまった。
一瞬、俺の分も払ってくれるのかな、と思ったら、まさかの意味分からん言葉。
「美味しいごはんを地球のみんな、ありがとう……は?」
オジサンはニッコリと満面の笑みをこちらに向けながら、そう言うだけで。
俺は戸惑いながらも、言わなきゃダメみたいなので、
「お、美味しいごはんを地球のみんな、ありがとう……」
と言うと、オジサンは俺の手を握りながら、
「それが正しい……ごんすなぁ」
と言って、俺の手の中に注文票をねじ込んだ。
その時に触れたオジサンの手は、手汗でビチョビチョでめちゃくちゃ気持ち悪かった。
そしてレジの順番はオジサンがグイグイと前に出たので、オジサンが先で。
オジサンはやたら店員に話し掛けるほうの人らしく、なかなか俺の番が回ってこない。
あの清楚な店員さんが明らかに嫌な顔をしている。
でも決してオジサンには「屁して寝てろ!」みたいなことは言わず、やっとオジサンがいなくなったタイミングで俺へ、その店員さんが、
「テメェのせいだからな! 屁寝ヤロウ!」
と叫んだ。
屁寝ヤロウて……”へねやろう”と聞こえたけども屁寝ヤロウという変換で合ってるかな、合ってるんだろうなぁ。
何で俺が八つ当たりを受けないとダメなんだ、と思ったけども、ここでおばあちゃんの教えを思い出す。
この店員さんに文句を言ったら、きっと俺にまた何か返ってくるかもしれない、だからここはグッと我慢して定食屋を出た。
あーぁ、最悪、せっかく久しぶりの外食だったのに、また変な人たちに絡まれてしまった。
一体俺の人生はどうなってしまったんだろうか。