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Camino  作者: テラリウム
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最弱勇者、誕生

 約六千年前、世界中に一人の人間によって『魔法』という概念が誕生した。その人間は尊敬の意を込めて、人々から『魔王』と呼ばれて崇められた。

 約五千年前、魔法の研究が進み、強力な魔法を使いこなせるのは魔力値の高い人間だけであることがわかった。彼らは『魔法使い』と呼ばれるようになった。そして、魔法使いは皆一様に濃い色の髪をしていることも判明した。

 約三千と五百年前、『魔法』が生活の基盤になっている世界で、ついに世界の均衡が瓦解し、『魔物』と呼ばれる怪物を生み出した。元々存在しなかった『魔力』というエネルギーが、世界を破滅に導くまでに至ったのだ。

 約三千年前、世界中で暴虐の限りを尽くす魔物達を討伐する為、一人の英雄と三人の仲間が立ち上がった。彼らは多くの魔物を倒し、後に『勇者』と呼ばれ、世界を救った英雄として語り継がれている。

 約二千と五百年前、勇者の時代から魔物の減少と共に、魔法使いも段々と数を減らしていった。その時、長らく歴史上から姿を消していた『魔王』が再び姿を現し、魔物と魔法使い達が共存する国『マホウの国』を築いた。

 約二千年前、ニンゲンの国の王は魔王と条約を結んだ。互いの領域を侵さない限り、互いに不干渉であるという約束。

 こうして世界が二分されたことによってやっと訪れた平和に、人、魔物問わず、皆が歓喜した。


 そして、百年前。突然初代魔王が姿を消した。

 それによって代替わりした魔王は再び世界に魔物を解き放ち、世界は混沌へと堕ちていった。


「で、その魔物、ひいては二代目の魔王を倒す勇者として選ばれたのが…」

「アタシィィイイイ!?」

「みたいね」

 麗らかな春の昼下がり。

 暖かな日差しが窓から差し込むリビングで、朱色の髪を三つ編みに編んだお下げを揺らす少女──リアは絶叫した。

「な、なんでアタシなの!? ただの農民の娘なんだよ!?平凡なただの一般人!!」

「それをオレに言われてもな……」

 リアの隣に座るベリーショートのブロンドヘアの少女──ナディアは、困ったように溜息を吐く。

「まぁ、でもリアって魔力値高いし、いけるんじゃない?」

 リアの代わりに手紙を読んでいた右サイドを三つ編みにした長い白髪の少女──エリスは、そう言いながら手紙を封筒にしまい、優雅にティーカップを傾けた。

「いやいやいやいや、そういう問題じゃないよ!!魔王だよ!?あの!マホウの国の王様!それに魔力値高いって言っても今のところアタシ回復魔法しか使えないからね!?倒すとか無理だからね!?」

「否定はしないわ」

「こら、エリス!そんな本当のこと言ったら可哀想だろ!?」

「アタシはナディアちゃんの言い方に傷ついたよ!!」

「なんで!?」

 ショックを受けるリアと、それに取り乱すナディア。そんな二人を見てエリスはクスクスと笑った。

「でも、リアがこの依頼を受けようが受けまいが、この国の国王直々の招待状を貰った手前、形だけでも登城しないとね」

「エリスの言う通りだな。でないと、『不敬罪!!』とかなんとな言ってリアを刑に処しかねない」

「そ、そんなぁ…!終わったわ、アタシの人生…。短かったけど、充実した毎日だった…」

「「早い早い早い」」

 合掌しながら天を仰ぎ始めたリアに、ナディアとエリスは揃ってツッコむ。

「要するにさ、登城するだけして、その後キッパリと断ればいいんだよ。もし無理矢理にでもやらせようとするならオレが王をぶっ飛ばしてやろう」

「ありがとう、ナディアちゃん!でもそんなことしたら…」

「うん、その場合ナディアとはもう一生会えないわね」

「覚悟の上だ」

「「潔い」」

 グッと拳を握って胸を張るナディアに、二人は感嘆の声を漏らした。だが、正直に言って、やめて欲しい。絶対に。

「それにしても『勇者』かぁ。教科書でしか読んだことないし、イマイチピンとこないよ」

「わかる。正直なところ、生まれてこの方魔物すらみたことないし…現実味がないっていうか」

「この村って一番『マホウの国』から離れてるものね。二人が見たことないのも当然かしら」

「そっか、エリスちゃんは他の国から来たんだもんね!馴染みすぎて忘れてたよ」

「三年前に助けてくれたことは一生忘れないわ。ありがとう、二人共」

 白い睫毛に覆われた真紅の瞳を細めて微笑むエリスに、リアは慌てて手と首を横に振る。

「い、いいよ、そんなの!アタシ達は当然のことをしたまでだよ!ね、ナディアちゃん」

「そうだ、エリス。それに、その後いろいろとオレ達を助けてくれてるのはオマエだろ?」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」

 そう、エリスは元々この村の人間ではない。三年前、限界の空腹状態で村の前に倒れていたところをリアとナディアに助けられたのだ。今でこそ村に馴染み、堂々とナディアの家で居候をしているが、当初はその異様な白髪に村人達に遠巻きにされていた。

 いくら魔力値が低い人間でも、白髪の者なんて誰も見たことがない。なぜならそれが意味するのは、その人間が魔力を一切持たないということだからだ。

 そしてエリスは皆の予想通り、一切の魔法を使うことができなかった。しかし、それを補うかのように彼女には膨大な知識を有し、エリスはそれを使って多いに村に貢献してきた。今ではこの村で彼女に知恵を借りなかった者などいないほどだ。

「話は戻るんだけど、他の国ではよく魔物が出るの?エリスちゃんも見たことある?」

「うん、もちろん。今では見かけないところのほうが少ないわね」

「じゃあ、この村って結構安全ってわけか」

「そうね。私が見た限りでは一番よ」

「えへへ、一番だなんて…」

「魔物ってどんな感じだ?やっぱり怖いのか?」

「う〜ん、そうね」

 悩む素振りを見せながら新しく三人分のお茶を入れるエリスは、窓の外を見つめながら口を開く。

「彼らは非常に知能が低く、人を見れば問答無用で襲ってくる。人間と違って魔力の保有量にムラがなく、すべての個体が等しく魔力を持っているわ。種族的に差はあるけどね」

「ヒェッ!や、やっぱり勇者とか、アタシ、む、無理だよぉ」

「よしよし、リア、大丈夫だ」

「ナディアちゃん…!」

「万が一のときは、ちゃんと墓を立てるからな」

「あれ〜?」

 恐怖から顔を真っ青にして涙ぐむリアをナディアは優しく慰めるが、彼女の口から発せられる言葉は声こそ優しいものの、なかなかに辛辣であった。

「これが百年前からの話」

「え?」

「じゃあ、その前は…?」

「人と大して変わらなかったわ。一体何があったのかしらね」

 酷く愉快そうに笑いながらティーカップを傾けるエリスに、リアとナディアは揃って首を傾げた。

 それから数日後、城から派遣されたであろう豪華な馬車が村にやってきた。あまりの豪華絢爛さにあんぐりと口を開けて呆けているリアとナディアを置いてけぼりにし、あれよあれよという間に馬車に乗せられたリア達は、あっという間に王がいる城まで連れてこられてしまった。

 ちなみにエリスは生憎と仕事が入っているらしく、同行はキッパリと断られた。

 そして現在。

「うわぁ…」

「…なんだ、これ」

 王の間に通された二人の一言目がこれである。

 しかし、それも無理はない。なにせ、王の間は人の海とかしていたのだから。

「ようこそ、勇者様。どうぞ中に…空いてる隙間にどうぞ」

「隙間!?もうそういう段階!?」

「陛下!これで勇者様102名!全員が揃われました!」

「102!?勇者ってそんなにいるの!?」

「なんか、オレのイメージ的に勇者とか英雄って1人とか多くても5人とかなんだけど…」

「ええ、最初はかつての勇者様の血縁者に当たる方を1名か2名ほど募るつもりでしたが、あまりに年数が経っている為、子孫をハッキリ判明できず…それなら質より量だ、と陛下が仰っしゃられて…」

「雑っ!」

「それなら変だ!オレらの村からわざわざリアだけを選ぶなんて…!」

「ナディアちゃん?アタシなんかした?ねぇ!?」

「一定の魔力値を保有している者のみ集めましたので、実際の戦闘力は測りかねております…」

「あ〜…それなら納得できるわ」

「アタシの取り柄が魔力値しかないみたいに言わないで!!」

「じゃあ戦闘に関して他に何があるんだよ!!」

「そ、それは…」

 カッとなってついつい言い返したものの、ナディアの問いにリアは言葉を詰まらせた。だが、ここで負けてはいけない。リアの自尊心がそう訴えかける。リアはグッと意を決し、ナディアを見つめ返した。

「あ、あるよ!」

「へぇ、それは…?」

「の、農業!」

「すみませーん、休憩所ってありますかぁ?」

「ナディアちゃぁああん!!」

 見事なスルー力により、ナディアはリアを置いて、サッサと騎士の案内で応接間へと入っていった。

 最後の頼みの綱であったナディアもいなくなり、リアは渋々といったふうにギュウギュウ詰めの王の間に入れられ、すぐに扉は閉じられた。周りを見渡そうにも頭すら満足に動かせず、リアは早々に諦めた。

「それでは、これより陛下よりお言葉を賜ります。どうぞお入りください」

 その言葉とともに王の間の扉が開かれ、今までざわついていた場内が一瞬にして静寂に包まれ、全ての人間が一斉に玉座を見上げた。

 コツコツと響く靴音にリアは心臓が縮み上がる思いだったが、ここで動揺してはいけないと心を奮い立たせる。やがて足音が止み、それと同時にしゃがれた初老の男の声が響き渡った。

「よくぞ集まってくれた、勇者達よ」

 仕立ての良い豪華な衣装に身を包んだ、リアの父よりも若干老けているように見える男が、玉座にどっしりと腰を下ろしてこちらを見下ろしている。

 しばらくぐるりと全体を見渡した後、国王は小さな声でポツリと呟いた。

 勇者、多くね?、と。

((お前が集めたんだろうが!?あ"!?))

 その呟きを拾ったリアを含む全員が一斉に心の中でツッコミを入れたのは言うまでもない。

 そんな国民達の心情など露ほども知らず、国王は更に話を続ける。

「皆、知っていると思うが、この世界は今滅亡の危機を迎えている。原因は明白。二代目の魔王だ」

 二代目、魔王。

 百年前、突如として代替わりを宣言し、二千年間続いた不可侵条約を破った人物。

 六千年生き続けたことで不死とされていた初代魔王は未だに行方が知れず、その二代目に殺されたという話もある。

 兎にも角にも、二代目魔王は現在、世界中で危険視されているのだ。

「我が国はマホウの国から離れた位置にあった為、魔王の脅威から免れていた。だが近頃、我が近隣諸国で魔物の被害が頻発しているそうだ。このままでは、我が国もいつ被害が及ぶかわからん。そこで、各国から我が国に魔王討伐の要請が寄せられた。皆も知っての通り、かつての勇者もこの国の出身。そして、その子孫たり得る皆に、魔王討伐を依頼する」

 威厳ある声でそう言い放った国王に、勇者102人は困惑気味に互いに顔を見合わせた。

 無理もない。この場にいるのは訓練を受けた戦士や騎士ではないのだ。中にはそういう人達もいるのだろうが、ほとんどが魔力値だけが高い戦闘経験のない一般国民。突然勇者となって魔王討伐を命じられて「承ります」と簡単に答えられるはずがない。

 これならリアが言い出す前に、他の誰かが辞退を言い出すかもしれない。そうすれば言いやすくなる、そんな淡いリアの期待は国王の次の言葉で一気に砕かれた。

「あ、ちなみに断ったり逃げたりしたら、即刻死刑ね」

 その瞬間、国王以外のその場の全員が信じられないものを見るような目を向けたのはいうまでもない。

「ばっっかじゃねぇの!?ちょっとオレ、あのバカ王に文句言ってくる!」

「ダメだよ、ナディアちゃん!そんなことしたら地下牢行きだよ!」

 解散した後、外で待ってくれていたナディアにことの経緯を説明した途端、翠緑の瞳を吊り上げ、般若の形相を浮かべたナディアは今にも懐に忍ばせた短刀を持って殴り込みに行きそうだ。

 というかいつの間に忍ばせていた、そんな物騒な物。

「一旦!帰るよ!ナディアちゃん!」

「止めるな、リア!オレにはやらなければいけない使命が!」

「それを果たしたら人生終わるって言ってるの!!」

 さすがは毎日鍛錬を欠かさない戦士といったところか。ナディアは全力でリアに引っ張られているものの、驚く程びくともしない。だが、実のところ然程前進もしていないのは農作業で鍛えられたリアの腕力や脚力のおかげだろう。先程は軽く流されたが、馬鹿にはできない力だ。

 しかし、力が同等だからこそ、二人は進めもせず引くこともできずに城の門前で言い争いを繰り広げている。そのやりとりを見ていた騎士達が、冷や汗を流しながらそろそろ止めようかと相談し始めた時、神官服を着た少女が長い紫髪を靡かせてリア達に近づいて行った。

「お話し中すみません。あなたが勇者リアですか?」

「え、あ、はい!アタシがリアです!えっと…」

 穏やかな声に何度か水色の瞳を瞬かせたが、すぐに我に返ったリアはバッとナディアから手を離すと、急いで居住まいを正してその神官の少女に向き直った。その反動でナディアが地面に顔から転んだのは言うまでもない。

「大丈夫ですか?」

「はい、お気になさらず…いっつ…」

「ご、ごめん、ナディアちゃん!それで、その、神官様がアタシにどんな御用でしょうか?」

 魔物が跋扈する現代では、主に国をその脅威から守っているのは各国の聖教会だ。大神官を筆頭として多くの神官達で結成されたその組織は、国民から絶大な信頼と尊敬の念を集めている。

 その為、リアも初めて相対する神官に緊張していた。

「そんなに畏まらなくて大丈夫です」

「あ、はい!じゃなくて、うん?」

 遠慮がちに口調を崩してみるも、少女の冷ややかな藤色の瞳にはやはり少々たじろいでしまう。だが、少女の方は特に気にした素振りは見せず、逆に満足そうにうなづいている。これで良いらしい。

「私は第一級神官のエレノアです。先程、渡しそこねてしまったこの勇者の証と追加説明を神官総出で各勇者方に行っているところです」

 そう言って、エレノアは何もなかった手のひらにポンと高価そうな小箱を出し、その中身をリアとナディアに見えるように傾けた。

 中にあったのはこの世の物とは思えない程の美しい彩色を放つ水晶が嵌め込まれたネックレス。金色のチェーンを含め、一見してすぐにとてつもなく高価な代物だと思わせるそれに、リアとナディアはゴクリと喉を鳴らした。

「こちらは教会で作製された物で、勇者であることの証明の他、緊急時の連絡、一定量の魔力保存、地図データの閲覧が可能です」

「こんなに綺麗な上にすごく便利なんだね!」

「あと、死亡された場合も自動で検知されます」

「やっぱり物騒!!便利だけどね!」

「それなら安心だな。これでちゃんとリアの墓を建てられそうだ」

「安心ポイントそこじゃない!」

「ちなみに紛失されたり、壊された場合、一度本国へ戻り新しい物を受け取らなくては行けない為、くれぐれも注意してください」

「めんどくさい制度だな」

「決まりですので」

「でも新しいのをまた支給してくれるなんて、十分嬉しいよ!」

「ちなみに、1つ60ゴールド(=60万円)になります」

「お金取るの!?」

「商売ですので」

「商売っていっちゃったよ、この人」

 最初の冷淡なイメージが少し崩れつつあるその神官にリアは目を回しそうだ。だが、このエレノアという少女は特に何も思っていないのか、淡々と説明を続けている。

「それでは追加説明をさせて頂きます」

 追加説明という名の超がつく程の重要事項の内容は2つ。1つ、各勇者は1週間後までに仲間を3人集め、再び登城すること。2つ、旅立つ前に大神官から覚醒の儀式が行われる。その際に自身の潜在能力が強制的に引っ張り出される為、一瞬酔ったような感覚になるので注意すること。

「以上で説明は終わりです。他の勇者にも説明しなければならないのでこれで失礼します。どうかお二人に先行きに幸あらんことを」

「あ、ちょっ、ま!」

 リアが止める間もなく、エレノアは長い髪が乱れるのも構わずに足早に城に向かっていってしまった。恐らくまだまだ説明すべき勇者達が多くいるのだろう。

 しかし、リアの心中は穏やかではなかった。

「1週間で、3人の仲間!?ムリムリムリムリ!!どうしよう、ナディアちゃん!!」

「それよりもリアの潜在能力が何かの方がオレは気になるわ」

「そりゃあ、きっとすっっごく強い攻撃魔法に決まってるよ!」

「そうかぁ…?イマイチイメージ出来ないっていうか」

「今はそんなことどうでもいいよ!それより早く村に戻って後2人探さなきゃだよ!」

「うーん、まぁ、そう…待て待て待て、2人じゃなくて3人だろ?……おい、まさか」

「え?ナディアちゃんはもう入ってるでしょ?」

「は?」

「え?」

 見つめ合うこと数秒。リアの言っている意味が分かったと同時に、ナディアはギョッと目を見開いた。

「オレを頭数に入れてるのか!?」

「逆に入ってくれないの!?」

「そんなの当たりま」

「うっ…シクシク、ナディアちゃんがそんな冷たい人だなんて…う〜〜」

「リ、リア…?」

 ナディアが何か言う前に、リアはわざとらしく泣き真似を始めた。その仕草と声にさすがのナディアも狼狽える。だが、更にリアは「ナディアちゃんがいないとアタシ不安だよ……一人じゃ無理だよ……」と追い討ちをかける様に言葉を並べていく。

「わ、わかった!わかったから!オレも入るから!」

「ホント!?ありがとう!ナディアちゃん!」

「ん?あれー?」

 そして、そんなリアの泣き真似に見事騙されたナディアにリアは満面の笑みで抱きついた。それを受け止めるが数歩よろめきながら後退りしたナディアは、何かが可笑しいと首を傾げる。

 そんなナディアに抱きつきながら、リアは心の中で泣き真似の師匠たるエリスを拝んだ。

(ありがとう、神様魔王様エリス様…全てはあなたの指導のおかげです)

 こうして、勇者リアのパーティに、戦士ナディアが加入することとなったのである。

「エリスちゃぁああん!助けてえぇええ!」

「助けてやって!!」

「…えーと、とりあえず、落ち着いて。助けてあげるから」

 村に戻ってすぐ、勇者の証であるネックレスを首にかけたリアとナディアは一目散にリアがいるであろうナディアの家へと駆け込んだ。丁度お茶の準備をしていたエリスは、二人の勢いに目を丸くしている。

「それがね!お城に行ったら勇者が実は私だけじゃなくて!しかも仲間を集めろって言われて!あと2人いるんだけど…あ、あと集めないと死刑って!あ、違う、勇者にならないと死刑なんだっけ?ナディアちゃん」

「混ざってる混ざってる」

「ゆっくりでいいわよ、リア。はい、お茶」

「ありがとう!いただきます!」

 エリスに差し出されたお茶をぐいっと一気に飲み干してリアは一旦気持ちを落ち着けた。ふぅ、と息を吐きながらゆっくりカップをテーブルに戻すと、リアは改めてエリスに向き直り、事の経緯を説明した。

「かつての勇者に倣って仲間を3人集めるのまでは理解できるけど……耳の調子が良くないかもしれないわね。悪いけど、勇者が何人かっていうところ、もう一回言ってもらえる?」

「102」

「狂ってるわね」

 エリスはリアから詳しく話を聞いた後、盛大なため息をついた。最初こそ真剣に頷いて聴いていたエリスだったが、中盤から頭上に疑問符が飛び交い始めていた。

 ナディアは痛い程気持ちがわかるとでも言いたげに、うんうんと何度も頷いている。

「とりあえず、仲間を募るとして…あと2人ね…」

「そういえば、オレの加入にあたっていろいろと疑問があるんだが」

「あ、ナディアちゃん、帰りに買ったクッキーあるけどいる?」

「いる」

 急いでカバンから出したクッキーをナディアに与え、問題の件を有耶無耶にしたリアは何事もなかったように再びエリスに向き直った。モグモグと嬉しそうにクッキーを頬張るナディアと、少々冷や汗を流すリアを交互に一瞥した後、すべてを察したエリスは一度ニコッと笑い、何も言及せずに話を進める。

「うーん……そうね。魔王討伐の旅なら強い人を仲間にしたいわよね」

「うんうん!」

「一般的に考えると、実戦慣れしてる傭兵とかを雇うところだけど…」

「うっ…それは、アタシの懐事情的にちょっと…」

「そうね、102人もいるなら王宮からの支給品も多くはないでしょうし…やっぱり村の人に頼むしかないわね」

「村で強い奴なら何人か知ってるぞ」

「あら、さすがナディアね。ならその人達を誘ってみるのはどうかしら?」

「わかった!今から言ってくる!」

「あ、おい、リア!」

 制止の声を聞かずに走り去ったリアを引き止めることは叶わず、ナディアはやれやれとため息をついた。

「元気ねぇ」

「…エリスは仲間にならないのか?」

「あら、私?」

 エリスは少しだけ考える仕草を見せた後、ゆっくりと首を横に振ってみせた。その答えにナディアは眉をひそめる。

「なんで?」

「さっきも言ったでしょ?強い人が仲間にならなきゃ。魔力値0の私は足手まといになっちゃうもの」

「じゃあオレが剣を教える。弓でもなんでもいい。エリスならすぐ出来るだろ?」

「ふふ、ナディアは優しのね。でも気持ちだけ受け取っておくわ」

「なんで?」

「だって…」

 真剣なナディアの問いかけに、エリスは一拍置いた後、頬に片手を当てて答えた。

「面倒だもの」

「……お前なぁ」

「ふふ」

 あまりにも当たり前にそう答えたエリスに、思わずナディアはその場でズッコケそうになった。ちょっとでも気遣った自分が馬鹿らしくなって、ナディアは残った紅茶を飲み干して立ち上がった。

「オレも行くわ。夕飯は帰ったら作るからちょっと待っててくれ」

「あら、それなら私が作るわよ?」

「やめろ、ダークマター製造機」

「失礼ね」

 心底嫌そうな表情で言ったナディアに、エリスはムッとした顔で反論するも、ナディアはそれを無視してリアの後を追った。

 それから1週間というもの、リアとナディアは懸命に仲間集めに励んだ。村中を駆け回り、強いと評判の人や武器を扱える人物、はてには傭兵経験のある人など、様々な人に声をかけまくったが、誰一人として首を縦に振るものはいなかった。

「うぅ……なんで……」

「そりゃあ、魔王討伐を目的とする勇者の仲間なんて誰もなりたがらないだろ」

「ですよね~…はぁ」

 ナディアに正論を言われ、リアはガクッと肩を落とした。

 結局、現在仲間となりうる人物は0人。しかも期限は明日。これは本格的にまずい事態である。

「やっぱり傭兵を雇うしかないのかな…」

「かもなぁ…ん?」

「ナディアちゃん?どうしたの?」

「いや、なんか、あっちに人集りが…」

「え?」

 ナディアが指差した先、村の入り口付近で何やら人が集まっているのが見える。その内の何人かは慌ただしく走り回っていた。この村ではあまり見ない光景だ。

「どうしたんだろう…?」

「とりあえず行ってみるか?」

「うん」

 ナディアの提案に乗り、二人はそのまま人だかりに向かって歩き出した。近づくにつれて、村人の声が聞こえてくる。

「おい!誰か包帯を持ってきてくれ!」

「くそ!血が止まらねぇ!」

「エリスさんはまだか!?」

「エリスさんは今、隣村よ!間に合わないわ!」

「誰か神官を呼んでくれ!!」

 ざわめく村人達に二人は唖然とした。人だかりの中央から聞こえてくるのは切迫した声と悲痛な声。人集りが多すぎて何が起こっているのかはわからないが、一刻を争う緊迫した状況なのは理解できた。

「ナ、ナディアちゃん…」

「と、とりあえず、事情…何が起こっているのか聞こう」

「そう、だよね。えっと…あ、マイゼルさん!」

 リアは村人の一人、マイゼルの姿を見つけると彼に声をかけた。マイゼルはリアとナディアに気付くと、すぐに側に駆けつけてくれた。

「二人共、ここは危ないから早く離れなさい」

「そ、その、一体なにがあったんですか?」

「…魔物だ。イレーナが襲われた」

「「っ!?」」

 マイゼルから告げられた言葉に、リアとナディアはお互いに目を見合わせた。

 何せこの村は魔物達の居住地たるマホウの国から一番遠く離れている。エリスからもこの村程安全な場所はないとお墨付きをもらったのだ。その証拠に、この村は長年魔物に襲われたことがない。

 それが今になって現れた。それも、リアが勇者として旅立つ前日に。

「イレーナさんって、確か少し小柄で…リアと背丈が似てなかったか?」

「そう言われればそうだが…まさか、ナディア、お前」

「ああ、オレはイレーナを襲った魔物はリアを狙ってたんだと思う」

「え!アタシ!?」

「一理あるな。勇者を少しでも減らすために仕組まれた罠っていう可能性もある…。ナディア、すぐにリアを連れてここから離れろ」

「わかってる。行くぞ、リア」

「ま、待って、ナディアちゃん、マイゼルさん!イレーナさんは今危険な状態なんだよね?回復魔法が使える人が必要ならアタシが…!」

「ダメだ!」

「っ!」

 リアの言葉を遮るように、ナディアは珍しく声を張り上げて反対した。その迫力に思わずリアも押し黙る。そんなリアにマイゼルは諭すように声をかけた。

「リア、気持ちはありがてえ。だがな、魔物ってぇのは毒を持ってんだ。しかも他人に移しちまうことがあるときた。だからこういう時は神官様か、処置の方法を知ってる奴に任せるのが一番だ。他の村にいる知り合いもそうしてるらしい」

「マイゼルの言う通りだ。リア、ここはエリスに任せて」

「それってエリスちゃんの方が危ないんじゃないの?」

「少なくともエリスはオレらよりも魔物に詳しい。アイツならきっと」

「詳しくても対処したことなかったら?もし毒がエリスちゃんに移ったら!?みんなエリスちゃんに何でもかんでも任せてるけどさ!あの子はアタシ達よりも自分を守る力が無いんだよ!?」

「それは…」

 怒気を含ませたリアの声に初めてナディアは言葉を詰まらせた。

 軽い口喧嘩でならいざ知らず、こんな真剣に真っ向からナディアに反論するリアを、ナディアは初めて見た。

「リア、落ち着け」

「ごめん、マイゼルさん。ナディアちゃんも…でも、アタシはやっぱりアタシのするべきことをしたい!」

「リア!」

 ナディアの静止を振り切って、リアは一目散に駆け出した。慌ててナディアも後を追おうとしたが、マイゼルに腕を掴まれてしまいそれは叶わなかった。

「おい!離せよ!」

「ダメだ、ナディア!お前の魔力値はエリス程でもないにしろ低いのには変わりねぇ!二人で行って毒が真っ先に移るのはお前だ!」

「そんなのわかってる!でも、リアが!」

「それが!さっきのリアの気持ちだ!」

「っ!…チッ」

 マイゼルにそう言われて、ナディアは悔しそうに舌打ちをすると掴んでいた腕を振り払い、その場にドカッと座り込んだ。マイゼルはそんなナディアを見下ろして、ガシガシと頭をかく。

「リアの言う通りだが、魔物に精通してる奴は必要だ。とりあえずナディア、お前は隣村に行ってエリスを連れて来い」

「……あぁ」

 そう小さく返事をしてから、ナディアは一度頭を振り、近場の馬小屋に走っていった。

「すみません、ちょっと、と、お、し、て!!」

 リアは人だかりをかき分け、なんとかイレーナがいるであろう最前列までやってきた。ホッと息をつきながら顔を上げる。そこに広がる光景は、あまりに悲惨だった。

 イレーナは運び込まれたときのままなのだろう、担架に乗せられた状態で荒い呼吸を繰り返している。左肘から下の腕はなくなり、代わりに血がどくどくと流れているとともに、ドス黒いモヤが立ち昇っているのが見えた。あれがマイゼルの言う毒なのだろうか。

「おい!部外者は下がれ!あぶねぇぞ!」

「神官はまだか!?」

「いえ、連絡がまだつきません!」

「イレーナ!大丈夫か!?もう少し耐えてくれ!」

「イレーナ、しっかりしろ!」

「頑張れよ!もう少しだ!」

 村人達が必死に声をかけるも、イレーナからは反応が一切ない。相当酷い毒なのか、それとも既に気を失っているのか。どちらにせよ危険な状態であることに変わりはないだろう。そんな状況にもかかわらず、リアはどこか呆然とした様子で立ち尽くしていた。

「あ……」

 ナディアに啖呵を切って飛び出してきてしまったが、リアの足は言うことを聞かない。あまりにも酷い目の前に広がる光景に、頭の中は真っ白だ。

(お願い、アタシの足!動いて!じゃないとイレーナさんが…でも、どうしよう、怖い…でも!)

「あ、あの!アタシ、回復魔法使えます!」

「リア!…いや、危険だ、下がれ」

「できます!完全には同行できないかもしれないけど…でも、少しで良いからイレーナさんを助けたいんです!チャンスをください!」

「だが…」

「〜〜!ウジウジするなら勝手にやるから!」

「お、おい!」

 男の態度に痺れを切らしたリアはそう言うと、イレーナの側にしゃがみ込んで、傷口に手をかざした。群衆から上がる小さな悲鳴を聞き流しながら、リアは深呼吸をして精神統一をする。

 エリスに教わったことだが、魔法の強さは何も全て魔力値で決まるわけではないらしい。

『魔法はいわゆる奇跡。でも奇跡だなんて曖昧なものとして捉えてはダメよ。魔法を使う時に一番大事なのは』

『「イマジネーション」』

 エリスの言葉を復唱し、リアは目を閉じて想像する。血が傷口で固めて止血、皮膚が再生するイメージを。

「……治れ!!」

 リアはありったけの魔力を放出し、回復魔法を唱えた。リアの掌から淡い暖かな光が溢れ出し、イレーナの傷口を包み込んだ…はずだった。

「つっ!!」

(弾かれた!?)

 イレーナの傷口を包んだ光はリアが想像していた光景とは真逆の反応を示した。淡い暖かな光は黒いモヤによって弾け飛び、霧散した。

「そんな……なんで……」

(こんなの初めて……アタシの魔法が効かないなんて)

 魔法が発動するときの手応えが感じられず、リアは愕然となる。回復魔法はリアの最も秀でた力だ。攻撃系がまともに使えない分、回復魔法の類はこの村一番だと言ってもいい。それが、全くの効力をなしていない。

(この黒いモヤだ。これが邪魔してる。これをどうにかしないと…でも、どうしたら)

 無意識に自身の手を握りしめ、一つ深呼吸をすると、リアは再び目の前の苦しげなイレーナを見下ろした。

(わからなくても無理矢理やるしかない!エリスちゃんは魔法は奇跡だって言った。だったら、その奇跡を起こしてやる!)

 ギュッと握りしめていた両手を再びイレーナにかざし、リアは回復魔法を唱えた。今度は淡い光ではない。目を開けてすらいられない程の眩い光がイレーナを包み込む。

「お、おい!あれ!」

「なんだあの光!?」

(やり方なんてわかんないし、ナディアちゃんみたいに強くないし、エリスちゃんみたいに賢くもない!でも、アタシには有り余るこの魔力がある!)

「お願い、イレーナさんを治して!魔法が奇跡なら、こんなにたくさん魔力があれば奇跡くらい起こせるでしょ!?だから!!」

 リアが叫んだ瞬間、眩い光はより一層大きく輝き出した。あまりの眩しさに周りにいた人々は思わず目を瞑り、手をかざす。

 魔力圧によって引き起こされた風がうるさく騒ぐ中、チリン、と涼やかな音が聞こえた瞬間、光は一瞬にして収束し、イレーナの体に吸い込まれるように消えていった。

「っ、はぁ…い、いけた…?」

 肩で息をしながら恐る恐るイレーナを見やる。イレーナの顔色は先程よりも幾分か良くなったように見える。リアが呆然としていると、後ろで見守っていたらしい村人から声が上がった。

「すげぇ……あの毒が完全に消えてる」

「な!?本当か!?」

「ああ!腕も元どおりにくっついてるぜ!」

「うおぉぉぉぉぉ!!よかったなぁ!!」

「リア!すげーよ、お前!!」

 驚きと歓喜の声が上がる中、まだ現実味のなかったリアは、その声でハッと我に返った。

「あ、アタシの回復魔法……成功したんだ……」

 イレーナの腕を見てリアは実感した。そこでやっとホッと胸を撫で下ろした。

「よかっ、た…」

 次の瞬間、リアの視界がぐらりと歪んだ。今まで使ったことのない量の魔力を一気に放出したのだ。流石に無理をしすぎたのだろう。限界だ。

 リアは目をつむり、そのまま地面に倒れる覚悟を決めた。

「リア!」

「ナ、ディア、ちゃん?」

 しかし、リアの予想に反して柔らかい衝撃と慣れ親しんだ温もりがリアを包み込んだ。

「リア!大丈夫!?なんて、無茶な…」

「エリスちゃん…」

「お前……バカだろ」

「えへへ……ごめんね」

「……ったく」

 悪態をつくナディアだが、その瞳はどこか優しげだ。そして、リアはそんなナディアと自分を心配気に覗き込むエリスを交互に見つめ、心の底から安心したように笑った。

「ありがとう……二人とも」

 リアの回復魔法により毒が消えたイレーナは後から来た神官に保護され、今は彼女の家で改めて様子を見てもらっている。念の為にリアも神官に検査を受けたが、体が異常に気怠い以外に特に症状は見られず、それもエリス特製の薬茶を飲んで一瞬で治った。

「はぁ〜、やっと落ち着いてきた。エリスちゃん特製の薬茶凄いね」

「マジでもう元気じゃん。さっきまで『アタシもうムリーうーごーけーなーいー』とか言ってたのに」

「ほんとにビックリ。いっそのこと普段より元気かもしれない」

「何それチートか」

「やだわ、そんなに褒められたら照れちゃうじゃない」

 エリスは片頬に手を当てて微笑み、おかわりを淹れてくると言って部屋を出た。多分気を遣ってくれたのだろう。

「あ、あのね、ナディアちゃん…その、さっきは言い過ぎちゃって、その」

「いや、あれはリアの言う通りだった。オレは確かにエリスに頼りすぎてたんだと思う」

「う、ううん、違うよ!ナディアちゃんの方が合ってたんだと思う…今回は上手くいったけど、もし失敗してたら最悪な結果になってたかもしれない。あの時冷静になって考えてたら、アタシもきっとエリスちゃんを待つべきだったんだって思ってたと思う」

「リア…」

「でも、結局魔法は使ってたんだと思う。エリスちゃんに呆れられても、ナディアちゃんに怒られてもきっとアタシは魔法を使ってた。それがアタシにできることだから」

「……」

「それにね、ちゃんとわかったんだ」

「?」

 リアは両手の人差し指を合わせてモジモジしながらナディアを見上げた。その瞳には強い意志が宿っている。自然とナディアの背筋が伸びた。

「アタシも誰かを守りたいんだってこと!」

「……なんか、リアってちゃんと勇者なんだな」

「え!?ど、どうしたの、突然!今までさんざん弱いだのなんだの言ってたのに!」

「いや、なんかエリスが言ってたんだよ。あんまわかんなくてよく覚えてねーけど、なんか、こう、さっきのリア見てたらすげー、これが勇者なんだって、思うっつうか…」

 ナディアは照れくさそうに頬をかきながらポツポツと呟く。

「なんか、ナディアちゃんに素直に褒められると鳥肌が」

「うっせぇな!オレだってたまには思うことくらいあんだよ!」

「えぇー!?」

 二人して騒ぎ立てていると、廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。どうやら薬茶を淹れているエリスが戻ってきたようだ。

「二人とも、お茶が入ったわよー。それと、はいこれ」

「あ!アタシのペンダント!」

「ん?なんか色変わってね?」

 エリスから渡された勇者の証である水晶のペンダントは、無色透明だったのから一変し、リアの瞳の色と同じような水色へと変貌していた。

「え!な、なんで!?色が変わってる!」

「大丈夫よ、単純にリアの魔法が覚醒したってだけだから」

「へー…って覚醒!?」

「さっきので限界突破したのね。おめでとう、リア!」

「ありがとう!てことは、アタシもついに攻撃魔法を使えるようになるんだね!!」

 高く掲げたペンダントを見つめながら大きな水色の瞳を輝かせるリアは、嬉しそうにその場をくるくると回った。

「まぁ、そこは鑑定してみてのお楽しみね。ナディア、お願いできる?」

「おう!任せろ!」

「ナディアちゃんかー、なんか不安」

「失礼だな!鑑定くらいできるって!」

 怒りながらも手をリアの額に当てると、ナディアは意識を集中した。そして、ナディアの脳内にリアのステータスが映し出される。

「どう?ナディアちゃん」

「……これ、やべぇな」

「……え?」

「回復魔法のバリエーションがめちゃくちゃ増えてる!」

「た、例えば!?」

「回復魔法(究極)とか、浄化とか…うわっ!死者蘇生とかある!」

「うえぇえ!?アタシ凄い!!」

「死んでから3秒以内なら復活させられるらしいぞ!」

「まさかの3秒ルール!でも、それが本当ならめちゃくちゃチート」

 ナディアの鑑定結果にリアとナディアが盛り上がっている中、エリスは静かに問いかけた。

「それで、攻撃魔法は?」

「そうだよ!アタシの念願の攻撃魔法は!?ねぇ、ナディアちゃん!」

「おいおい、急かすなって、リア!今見てやる、か…ら……うん」

「ナ、ナディアちゃん?」

 急に黙り込んでしまったナディアにリアは不安そうに首を傾げる。ナディアは片手で顔を覆うと深いため息をついた。

「ない」

「……え?」

「一個も、ない…攻撃系」

「へ……えぇ!?なんで!?」

「覚醒してもないんじゃ、これはもう諦めるしかないわねぇ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、エリスちゃん!もう一度魔法を使ってみれば……」

「多分同じ結果だと思うわよ?」

 エリスの冷たい忠告にリアは押し黙り、その場に崩れ落ちた。

「あー、マジでもう無理なんか?」

「無理」

「だとよ」

「なんでぇええ!?」

 エリスの無情な言葉にリアは頭を抱えて絶叫した。しかし、これは事実なのだから仕方ない。攻撃魔法は結局使えないが、回復魔法のバリエーションがかなり増えたし、チート能力も手に入れたのだ。これから補っていけば良いだろう。

「ま、無いものねだりしてもしょうがないってことよ」

「うぅー……」

「てかさ、今思い出したんだけど…リア、お前あと仲間二人どうすんだよ?」

「仲間…?……あ!!」

「おいおい」

「ど、どどどど、どうしよう、ナディアちゃん!もう時間がぁ!」

「オレ知らねー」

「酷い!」

 慌てふためくリアを横目にナディアはくわぁと大きな欠伸をして、エリスに寄りかかった。

「とりあえず、明日素直に白状するしかねぇだろ。あと二人見つけられませんでしたーって」

「ううぅ……」

「うーん、じゃあ、私が3人目になってあげようか?」

「「え!?」」

 エリスの突然の提案にナディアとリアの声がハモった。

「あ、危ないよ、エリスちゃん!もしエリスちゃんに何かあったら…」

「ナディアが守ってくれるらしいから大丈夫よ」

「お前、この前は面倒くせぇとか言ってなかったか?」

「気が変わったのよ。こんなに素敵な勇者様が、どう成長するのか楽しみだわ」

「エ、エリスちゃぁああん!」

 優しく微笑むエリスに、リアは感動して思わず抱きついた。

「さて、そうと決まれば明日の朝一番でここを出発しなきゃね。ナディアもそれで良いかしら?」

「オレは元からエリスのことを誘ってた方だし、問題ねーよ」

「エリスちゃんが来てくれるなら百人力だね!よーし、早速明日に向けて準備だぁ!」

「おう、頑張れ。そんじゃ、オレは寝る」

「私も寝るわ。おやすみ」

「え」

 言い終わるや否や、ナディアとエリスはそそくさとリアの家から出ていった。嘘でしょ!?というリアの叫びは聞き届けられることはなく、リアは再びその場に崩れ落ちたのだった。

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