The third story : 目は心の鏡
「私も連れて行って下さい」
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毎日が、窮屈だった。まるで籠の中の鳥のように・・・。
不自由したことなんて一度もなかった。そして自由だった時も一度もなかった。
一人で駆け回って怪我をしたこともなかった。
お父様は私が生まれてすぐ亡くなって、お母様も私が5歳になる前にこの世から去ってしまった。
私は何もできなくて。ただ空を自由に飛び回る鳥たちが憎かった。
真っ白な翼をいっぱいに広げて、風に乗って大空を舞う。
どんなに気持ちいいんだろう。私はそれをただ窓から見詰めることしかできない。
城の外から子供の笑い声が聞こえてくる。子供たちが元気に遊んでいる。手を伸ばしても届かない。私も混ぜて、私と遊んで・・・寂しいよ。勉強することで気が紛れた。友達と言えば勉強道具くらいだった。
「初めまして、ラミエル様。今日からこのお城の専属の医者になったウィルド・ダルシアンです」
愛想良く握手を求めてくる中年のウィルドと名乗る男。どうしても心が開けなくて無理やり笑顔をつくるだけでその場は終わった。
夜が嫌いだった。手を伸ばしてもあるのは暗闇だけ。広すぎるベッドが、広すぎる部屋が静かすぎてこわかった。そんなとき廊下から光がさしてきた。人が部屋に入ってくる。温かいココアを持って、天使のように真っ白な服を着て私が安心できるようにずっとそばにいてくれた。それがウィルド。
「あなたが笑えば、私も笑います」
くすぐったかった。心の雪解け。ウィルドは温かい心を私にくれた。素直に笑う大切さを思い出した。寂しさはウィルドが紛らわせてくれた。でも窮屈さまではなくならなかった。城のどこに行っても誰かに監視されている感覚。嫌だった。
城の外には何があるの?こんなちっぽけな私にできることはない?馬鹿みたいに笑って、騒いで眠ることができる?嫌なことがあったらそれを全部忘れさせてくれるような楽しいことがある?
私は自分のこの目でみて、世界を実感したい。たくさんの人に出会ってみたい。
お願い神様。私に空を自由に飛べるような翼を下さい。
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「正気ですか!?一国の姫君が城の外に出て行くなど許されませんよッ!」
メルヴィンが驚愕の表情でこちらを見詰めている。無論、アルスも。どうしても自分の目で世界を見たい。その一心。
「私の気持ちは変わりませんッ!それに各地で魔術増幅光が暴走している原因を調べなくてはなりません。暴走を止めるのは私の仕事です。行かせてメルヴィン!」
武器庫にラミエルの声が響く。祈るように手を胸の前で組む。城の外は危険だって知っている。魔物だって、盗賊だってなんだっている。それを全部ひっくるめて私はなにもかも受け止めたい。
ラミエルが視線を上げるとそこには手が差し伸べられていた。
「一緒に来るか?」
それは皮肉めいた笑みなんかじゃなくて、まるで太陽のように包み込むような優しい笑顔。手を添える。とても温かかった。アルスは何も聞かない。ただ、手を差し伸べるだけ。笑うと女の子のように柔らかい顔になる。さらりと伸びたクセのない長髪が美しくもある。
「姫、わかりました・・・ですが私は城に残ります。城のことは私がどうにかしてみます」
力強くメルヴィンは言った。
「ありがとうメルヴィンッ!」
城のことはメルヴィンがなんとかしてくれるそうだ。
話しあった結果ラミエルが各地の魔術増幅光を安定させるまでは行方不明、ということになった。条件としては公に名前を出さないということだけだ。
「アルス、姫様に怪我させたらただじゃおかないぞッ!しっかり守れよッ!」
「へいへいわかってるよ」
「私、アルスさんに迷惑はかけませんッ」
メルヴィンとアルスが顔を見合わせる。二人が同時に笑った。よくわからないがラミエルもつられて笑う。城の外に行けるうれしさでもう胸がいっぱいだ。だけどこれは遊びじゃない。魔術増幅光を安定させればまたこの城に戻ってこなければならない。
「詳しい話はあとだ。客がきたぜ」
「え?」
アルスが鞘から剣を抜きとる。とても鋭い、光り輝く剣。思わず見入ってしまうほどの。ラミエルは武器庫の扉の向こうから城の兵士たちが近づいてくる足音を聞いた。アルスは腰に掛けていたフード付きの服をラミエルに被せた。服は予想以上に大きく、ラミエルの身体を全て包んでしまった。引きずるほど長い。
「え!?アルスさんどうするんですか!?」
「姫様、武器庫の入り口はここだけですか?」
足音が扉に確実に近づいてくる。
「ウィルド・ダルシアンのことはまだ気になるが、今はとにかく外へ出ることが先決だ。でもまた城の兵士一人一人片付けるのは面倒だな・・・仕方ない。ラミエル、ちょっとここの武器庫壊すぞ」
天井を見上げながらそう言ったアルスの表情はとても幼く見えた。ラミエルが口を開く前にアルスは頭上に手を掲げた。その動作はまるで自分が魔術増幅光が暴走した時にやったような・・・。
一瞬、アルスの胸元が光った。見るとアルスの首にかかっているペンダントの中に固体の魔術増幅石があった。ラミエルでさえそれを実際にみるのは初めてであった。美しく輝くそれは突如、目映い光を放った。目がくらむ。
「ディヴァイングロウス」
アルスがそう呟いたのを薄れる意識の中聞いた。
ラミエルは初めて真っ白な光に包まれながら気を失った。
◆
気がつくと草の上で眠っていた。広い、そして透き通るような空と雲が視界いっぱいに広がる。暖かい太陽の光が降り注ぐ。横を向くとてんとう虫が葉っぱの上をチロチロと歩いていた。身体を起こして辺りを見回すと一本の大きな木があった。目を凝らすとその木の枝の上にはアルスがいた。長い髪の毛を一つに縛っている。眠っているようにもみえる。
木のそばまで歩み寄ると木の上から声が降ってくる。
「良かった気付いたのか。悪いな、配慮が足りなかった。魔術増幅石の気にあてられたんだ」
アルスは木の上から飛び降りるとラミエルの肩に手を置いた。至近距離で顔を見詰められてラミエルは自分の顔が火照っていることに気付いた。考えてみればラミエルは同じくらいの年頃の異性とまともに話などしたことがなかった。
「あ・・・あのッ」
「ごめん。ちょっと」
ふらり、と身体が傾きアルスは頭を抱えた。貧血だろうか。気のせいか顔色も少し悪いような・・・。肩に手を置いたのはふらついたからだとラミエルは瞬時に悟った。勘違いしてしまい、余計に顔が火照る。だが顔を強く振って、しっかりとアルスの身体を支えてやる。
「どうしたんですか?」
アルスはこめかみを押さえながら呟いた。
「移動魔術は身体にかなり負担をかけるんだ。人を2人移動させただけでがたがくるなんて参っちまうな」
ラミエルはその言葉に驚いた。高等魔術の移動魔術を習得するには最低でも30年以上はかかると聞いている。それなのにこの青年はこの歳で遣って退けているというのか。この歳で魔物退治の最高責任者だったという事実にも頷ける。
おそらく、アルスは木の上で眠っていたのではなく木の上から動けなかったのだろう。そう思うと急にラミエルは申し訳ない気分になった。
「あの、ごめんなさい・・・私のせいで」
クスッとアルスが笑った。頭をくしゃくしゃと撫でられる。
「謝らなくていいんだよ」
とても照れくさかった。自分より大きな手が頭から離れる。
「多分、あの城であんたに出会っていなかったらウィルド・ダルシアンを見つけ出して殺していた。あのときはもうなんつーか無我夢中っていうか、前しか見えてなくて感情丸出しだったからな、恥ずかしいったりゃありゃしねえ」
少々自嘲気味にアルスは言う。おそらく、いや確実に彼はまだ人を殺したことがない。時々見え隠れする優しい瞳がそれを物語っていた。
「私もアルスさんにあのとき会っていなかったら今、ここにいることができませんでした。お城の外はこんなに広かったんですね」
目を閉じて身体いっぱいに風を浴びる。鳥になったような気分だった。
(もう・・・籠の中じゃないのね)
どこまでも続く草原に感慨を覚えながら新鮮な空気を吸い込む。
「で、これからどうする?俺は姫様を守れッ!ってメルヴィンに言われちまったしな」
笑いながらアルスはメルヴィンの真似をする。
「私は城の外のことをまったく知らないのでアルスさんについていきます」
力強くそう言うとまたアルスは笑った。だけどその笑いには何故か影がある。当たり前だろう。仲間が皆死んでしまった・・・いや、殺されてしまったのだから。
「わかった。じゃあまずはあんたのその形どうにかしなくちゃな。その格好じゃ、私は王女ですって自分から言ってるようなもんだ」
アルスはラミエルの高貴な服を指さしながら言う。
(そんなにわかりやすい格好をしてたのかしら・・・)
まだ足下がふらつくアルスを軽く支えながらラミエルは歩きだした。
「わぁッ!きれい!」
しばらく歩くと海が見えてきた。こんなに間近で海を眺めたのは生まれて初めてだった。その海はアルスの髪とまったく同じ色をしていた。水面に反射する太陽の光があまりに神秘的で心惹かれた。
おそらく随分遠くまで移動したのだろう。この地では魔術増幅光が肉眼で確認することができない。魔光の濃度がかなり低い土地だということがわかる。
「ここでは魔術増幅光が肉眼では見えませんね」
「ヴァローン帝国はかなり魔光の濃度が濃いからな。魔術増幅光の気にあてられて病気になるやつも少なくない」
ラミエルは耳を疑った。
(魔術増幅光のせいで病気になるの!?)
「そんな!魔術増幅光は武器や機械に影響を与えるだけじゃないんですか!?」
アルスは首を振る。
「機械だけじゃない。人間だって、もちろん動植物も影響を受ける対象だ。魔物がいい例だ」
「そんな・・・」
魔術増幅光がそんなに危険なものだったとは知らなかった。悲しみと焦りが入り混じる複雑な思いがラミエルを苦しめる。
(はやく世界の魔術増幅光を安定させないと・・・ぐずぐずしてられない)
港町が見えてきた頃、アルスが急に立ち止まった。アルスを支えていたラミエルがよろける。見ると、アルスはペンダントを手に持っていた。間近で見るとそれは薄暗い武器庫でみたときの何倍も美しく見えた。
「俺のこの魔術増幅石は一歩使い方を間違えれば全部術者に跳ね返ってくるようになってる。特殊技術で作られたモノだから詳しくは俺もよくわからないが・・・気をつけることに越したことはない。まぁ魔術増幅光の何倍も使い勝手がいくから便利だけどなッ」
大人っぽい表情で笑う。ころころと表情を変えてなんだか掴みきれない青年だ、とラミエルは思う。でも心の中は優しさに満ちていることは確かだ。
活気溢れる港町に着いた。そこには見たこともない魚介類ばかりが店に並んでいた。そして所々に服が売っている。どの服もとても動きやすそうだ。
「ここが海の町、マルティネスだ」
よたよたとぎこちない足どりで歩きながらアルスは言った。
ラミエルは初めて見る景色に胸が高鳴った――――――――。
どうもおはようございます、こんにちは、こんばんは!作者です。
女の子視点がこんなにも難しいとは思ってもいませんでした。
あぁ・・・上手く表現したいッ!
誰か拙者にネーミングセンスをわけてください^^
それでは!読んで下さりありがとうございましたッ
少しでも楽しんでいただけていたら幸いでっす!
以上!小説は基本眠い時以外書かないさばのみそにでした~。