The second story : 足下の明るいうち
「あんた誰だ?」
痛い程の静寂を先に破ったのは城に侵入してきた青年だった。
コバルトブルーの長い髪を風に揺らし、手には素人目から見てもそこらの軍刀とは比べ物にならないほどの上等な刀を握っていた。
一瞬感じた青年の殺気が嘘の様に今は柔和な瞳をしている。
「あなたこそどなたですか?後ろの兵士の方たちは・・・」
ラミエルは普通に青年と会話をしようと試みる。侵入者と対談とは・・・世間知らずといえばよいのか、度胸があるといえばよいのか・・・。
兵士たちは皆、怪我をしているようには見えない。なんせ鎧に身を包んでいるのだから。峰打ちかあるいは・・・。
「気絶してもらっただけだ。俺はあんたに用があるんじゃない。ウィルドという男に用があってここまで来た。その男の居場所を知っていたら案内してほしい」
静かに、だがはっきりと青年はそう言った。
「え?ウィルドに?」
青年の強い瞳がラミエルをとらえた。
だが話がおかしい。普通ならばどんな身分の者でも城内の者に用があるのなら正面玄関で面談が許されている。だが青年は正面玄関を突破しここまで来た。一体何故・・・。
青年があたりを気にし始めた。
後方から足音が近づいてくる。音は一つ。ラミエルが振り向くとそこには長身の男が立っていた。
「何をしてるんだッ!アルス・リベリオンッ!なんのためにこんな騒ぎを起こしたッ」
怒号が廊下いっぱいに響いた。男が叫ぶとすぐさまラミエルを守るように彼女の前に出た。
男は細身で長身。だがしっかりと筋肉は付いているのが服の上からでもわかった。髪はさっぱりとした茶髪。前に立っている青年とは少々雰囲気が違う様に感じる。
(アルス・リベリオン?どこかで聞いたことがあるような・・・)
アルスと呼ばれた青年の表情が曇った。
ラミエルが前に立った男を見据える。この声には聞き覚えがあった。先刻、医務室に行く途中に声を掛けてきた兵士だ。見た目は自分より3つ4つは年上だろう。だが声のせいか見た目より大人びて見えた。
状況を把握しきれないままラミエルは青年二人の顔を交互に見た。
「敵を討ちに来たんだ・・・。俺はここの連中がもう誰一人信用できない。だから自分が信じた道を行くッ。俺は魔物退治をやめてきた。浄階の称号もいらない。残ってるのは復讐心だけだ!」
苦痛に満ちた表情で青年が吐き捨てるように言った。男は不可解そうな表情で青年を見詰める。
ラミエルは青年の顔をもう一度見た。ウィルドのことを何故知っているのか疑問だったが今は何も口出しすることができずにいた。
(思い出したッ!アルス・リベリオン・・・魔物退治の最高責任者ッ。こんなに若い男の子だったなんて・・・。でも何故この人がここに・・・)
気絶していた兵士たちが起き上がり始めた。それに気付いてかアルスは小さく舌打ちをし、そこを通せと言わんばかりの目でラミエルに訴えかけてきた。
ラミエルは意を決したかのようにアルスの元に駆け寄った。驚いたようにアルスが一歩遠退く。
「事情はわかりませんが一先ず私についてきて下さい。お城の兵士の方に捕まれば今すぐにでも牢屋に入れられてしまいます・・・。人に見つかりにくい場所を知ってるんですッ。そこなら・・・」
「俺を匿うってのか?」
ラミエルが小さくはい、と返事をする。
アルスはラミエルの言葉を聞いて一瞬躊躇ったが小さく頷いた。
「姫!私も連れて行って下さい。申し遅れました、新しく城の衛兵として採用されたメルヴィン・カノンと申します」
男は深く頭を下げた。
「もちろんです」
微笑みながらラミエルは返答した。
◆
城の中は依然として騒がしかった。
ラミエルは青年アルスとそしてアルスと知り合いらしい城の兵士、メルヴィン・カノンとヴァローン城地下にある武器庫へと走りながら向かっていた。抜け道という抜け道を使い、おかげで誰にも見つかることなく武器庫に辿り着いた。
この場所を自由に出入りできるのは数人の上官だけであった。だがその上官たちも凶暴化した魔物討伐のために今は全員遠出中である。
滅多に走る機会などないラミエルは息を切らせながら武器庫の大きな扉を閉めた。
メルヴィンも少し息を切らせていたが、アルスは汗の一つもかいていなかった。
「なんで急に匿ってくれる気になったんだ?」
唐突にアルスは言った。床を見詰め、ラミエルの顔は見ない。
「ウィルドを知っている人だったから・・・です」
アルスが弾かれるように顔をあげた。その顔は憎しみに溢れていた。
「その男は今どこにいるッ!」
ラミエルに凄んでくる。メルヴィンが威厳のある声で
「落ち着け」
と、アルスを静めた。
埃っぽい武器庫がしんと静まった。アルスは嘆息をもらした。
「そうだな。すまない。俺は礼を言わなければいけない立場だったな。どこの誰だか知らないが助かった・・・。あのままあそこにいたら多分、逃げ切れたとは思うけど下手したら牢屋にぶち込まれてた。迷惑掛けたな。」
ラミエルがいいえ、と首を振る。
「とにかく・・・もしよければ事情を話してくれませんか?私はラミエル・オルヴィアと申します」
16歳とは思えないほど少々幼い、愛嬌のある表情でラミエルは言った。
メルヴィンも事情が聞きたいと言わんばかりの表情だ。
今度はアルスが小さく首を振った。
「悪いが詳しい事情は話せない。これは私情だ。あんたにこれ以上迷惑は掛けられないからな」
皮肉っぽい笑みでアルスは微笑んだ。
「・・・それに」
アルスは小さく呟きながらメルヴィンを見た。メルヴィンもアルスを見る。
アルスが言葉を続ける前に今度はメルヴィンが口を開いた。
「何で魔物退治をやめた。お前がいなければあの組織は成り立たないだろう」
メルヴィンがそう言うとアルスは嘲笑した。
「組織も何も、人がいないんじゃあんなの何の役にも立たない」
メルヴィンが首を傾げた。
どういうことですか?とラミエルがアルスに訊ねる。
「皆死んだ・・・事故で、いや殺されたんだ」
「殺されたってそんなッ!」
ラミエルは思わず身を乗り出すように叫んでいた。
魔物退治、通称シードと呼ばれる組織の構成員はほとんどが満20歳に満たない少年少女たちだ。理由は大人より子供の方が魔術増幅光との同調率が高いからだ。子供が魔術増幅光を武器として使うと通常の何倍もの威力を発する。
これまで何度も魔物退治は人々を支えてきた。組員は100人以上。魔術退治は世界中から選抜された戦闘能力が長けている子供しかなれない。
「今残ってるのは俺だけだ。後は皆・・・」
アルスは言葉をくもらせた。アルスの気持ちを思うとラミエルは胸が痛んだ。
メルヴィンも悲しみに満ちた表情でアルスを見詰めていた。
「アルス・・・だからって何故こんなところまで来た?敵討ちと言っていたな。どういうことだ?」
少し間があって、アルスは拳を強く握りしめた。
「事故のあと・・・ウィルド・ダルシアン、あいつが魔術で魔術増幅光を暴走させて組員が使っていた武器を暴発させたと任務先だった街の住民から聞いた」
アルスの長い髪の毛のせいで本人の表情が窺えない。
怒っているのか、悲しんでいるのか、おそらく後者。ラミエルは心の中でその事実を強く否定していた。
(そんなわけないッ!だって・・・ウィルドは魔術がつかえないんだもの・・・)
「それは間違いないのか?」
メルヴィンが念を押すように問う。
「人に聞いた話だからな、間違いないとは言えない」
拳に力を入れたままアルスは呟いた。そうか、とメルヴィンは付け足す。
その言葉を聞いてラミエルは少しほっとした。
ラミエルはどうにかしてこの話しを終わりにしたかった。
二人の苦痛の表情を見たくない・・・そしてこれ以上ウィルドを疑ってほしくないという思いが交差していた。
「そういえば二人は知り合いなんですか?」
切り出したのはラミエル。無理に明るい口調で言って見せた。
「はい、アルスとは幼馴染ですから」
と、メルヴィンが言った。どうやら話をそらせることに成功したようだ。耐えがたい緊迫感から解放される。それに安堵したが同時にラミエルは驚いた。どう見てもメルヴィンとアルスには歳の差があるように感じられた。少なくとも3、4歳はメルヴィンの方が歳がいっているように見える。まぁ幼馴染が同じ歳とは限らないのだが・・・。
「あの・・・失礼ですがおいくつですか?」
おそるおそるラミエルは二人の表情を窺いつつ訊ねる。
「俺は17だ」
アルスがそう言うと
「私も17です」
と、メルヴィンは照れくさそうに言った。
驚いた。まさか二人とも同年齢だったとは・・・。
しばらく沈黙が続き、ラミエルは考え込んでいた。
(それにしても、魔術増幅光が暴走して魔物退治がなくなっていたなんて・・・。私が城の外に行って各地の魔術増幅光を安定させることができれば・・・)
座っていたアルスが急に立ち上がった。
「そろそろ行く。世話になった」
武器庫から出ようとする。
――――――この人は城の外から来た。外には自分の知らないものがたくさんある・・・。この人は自由なんだろうか。私はこのままでいいんだろうか。きっと城の外ではたくさんの人たちが暴走しだした魔術増幅光に苦しめられている。こんなちっぽけなちからしかないけど・・・助けたい。一人でもいい。手が届く限り私は人々を助けたい。傲慢かもしれない・・・けどッ!
「待ってくださいッ!」
ラミエルの髪が揺れた。
アルスは立ち止まり振り返って真っ直ぐにラミエルを見据える。
「私も連れて行って下さい」