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「私のこと、よくお捨てになりませんね」「え、なんで?」

「……あなた、よく私のことをお捨てになりませんよね」


 ある日の夕餉の最中。

 我が愛する妻、レベッカ・ノーランドがそんなことを言ってきた。


 レベッカ・ノーランドといえば、我が国の宮廷ではちょっと知れた名前の女である。


 曰く、気難しくてクソ真面目。

 曰く、冗談の通じない女。

 曰く、大の人間嫌い。

 曰く、人間よりも草木が好きな偏屈のド変人。

 曰く、陰気が服を着て歩いている女。

 曰く、なんで王女に気に入られているのか分からない人間第一位。


 まあ要するに、この国のお貴族様方の間では『一風変わった女』として(どちらかというと悪い意味で)評判なのが、俺、アルベルト・ノーランドの妻なのである。


「……どういう意味かな?」

「そのままの意味ですが。ふと、私のような女によくもまあこんなにも付き合っていられるものだなあと思いましたので」


 手にしたスープをテーブルに戻しながら問い返してみれば、何を考えているのかよく分からない無表情でレベッカはそんな言葉を重ねてきた。

 その言葉の意味がまたよく分からない。彼女はまたどうして、こんなことを言い始めたのだろうか?


「とりあえず俺が君を捨てるとかいうあり得ない話はさておいて……なんでそんなことをふと思ったのか、理由があるなら聞いてもいいかな?」

「理由、ですか?」

「うん、理由を」

「…………」

「…………」


 妻が黙り込んでしまった。

 よくあることなので、レベッカが口を開くまでの間、俺は目の前の食事を再開する。今日は鶏の香草焼きだ。我ながら、上手くできたものである。


 そんなことを思いながら食事に舌鼓を打っていると、時間さで妻が口を開いた。


「……石女(いしおんな)、と」

「うん?」

「今日、仕事の最中に言われているのを耳にしたもので」

「ほう」

「石よりも感情のない女、という意味らしいのですが、仕事中に人をそのように揶揄しているような時間があるならば手でも動かす方が有意義というものではありませんか?」

「そうだね」

「決して人手が多いわけでもないのに、悠長に陰口を叩いている人の気が知れません」

「ふむふむ」


 表情は微動だにしないが、これはそうとう御冠になっているパターンと見た。

 食器を持つ手にはかなり力が入っている。


 表情に出ない分、彼女の怒りや不満はこういった細かい仕草に現れやすいのだ。


「それで、石女って言われているのを聞いて?」


 とりあえず話を戻してみれば、彼女は「えっと……」と言葉を探すかのように束の間、黙り込んだ。

 それから少しして、ようやく言葉が見つかったのか、


「あなたが……」


 と言って、俺を見る。


「俺が?」

「ええ。あなたが……可哀想だ、と」

「俺が、可哀想? なんで?」

「石女なんかを押し付けられて、お可哀想なアルベルト様、ということらしいですよ」


 他人事のような口ぶりだが、それでようやく納得した。

 なるほど、なるほど。


「それで不安になって聞いてきたっていうことだね?」

「あ、いえ違います」


 違うんかい。


「不覚にも彼女たちの言葉自体には納得してしまいましたので。私なら私のような面倒な女は好き好んで結婚したりなどいたしませんし」


 ……これ本音で言ってるんだろうなぁ。


 レベッカは人間嫌いだ。

 それと同時に、『自分も人から嫌われるものだ』とどうやら思い込んでいるらしい。


 そんな風に考えているものだから、妻は自分に自信がないし、自尊心らしい自尊心を持ち合わせてもいなかった。


「うーん、面白いことを言う人間もいるものだなぁ……」


 俺は飲み干したスープの器をテーブルに戻しながら口を開く。


「世界一可愛い、最高に素敵な女と付き合っている俺の、一体どこが可哀想なんだか」

「そんなお方がいらっしゃるんですか? 浮気をするなら、事前に言っていただかないと……」

「あ、コーヒー飲む?」

「紅茶でお願いします」


 昼の間に焼いておいたクッキーがあったっけ。

 それでもつまみながら、世界一可愛い妻と食後のお茶でも楽しむことにしよう。


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