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黄金虫

作者: 小野遠里

「子がね、虫になってしまったんだ」

 とグレゴールが言った

「虫になった?」

「コガネムシになってしまったんだ」

「カフカ」と私は呟いた

 自然な連想だろうと思ったが、返答は予期せざるものだった

「売らねえよ。大事な子なんだ。毎日糞をするんだが、それが純金なんだな。少しだけどね。だが、しかし、嫁が言うんだ。ちょっとづつ出てるけど、腹の中には黄金が一杯に違いないから、割いてみようって。とんでもない、虫になっても俺の子だって。でも、あたしの子じゃないって嫁が言うんだ。後妻だからな。人を殺せば罪だけど、虫の腹裂いても罪じゃないって。そんなで、心配だから連れて歩いてるんだよ」

 そんな事を言って、背中のリュックを広げると、中から超巨大な黄金虫が現れた

「うわっ!」

 そう呟いて、私は二歩ほど後ずさった

 虫は苦手なのだ

「ルグランさんだよ。挨拶しなさい」

 とグレゴールが言った

 挨拶されたら、どう返せば良いものかと悩んでいると、黄金虫は狭苦しいリュックから出た開放感からか、ブーンと言って飛んでいってしまった

「あっ、待ちなさい」

 言いつつグレゴールが追いかける

 仕方なく、私も後を追うことにした


 黄金虫はぶんぶんと飛んでいく

 早くはないが軽快だ

「おい、」と私は言った「軽々と飛んでる。黄金は重いから、腹ん中が黄金で一杯だったらこんな風には飛べないと思うぞ」

 すると、黄金虫に睨まれた

「いや、腹を割くなと言ってるんだ」

 と弁解する

「そうは言ってもなあ、言って通じる相手じゃないんだ、理解力がないんだなあ、我が嫁は」

「なんだってそんなのと結婚したんだよ」

「大きなお世話だ」

「そりゃそうだが、お陰で息が切れる」

「そこは同感だ」

 ハアハア言いつつ走っていると、黄金虫は森の中ほどにあった奇妙な木の幹に止まった


 黄金虫は樹液を吸っている

 吸いながら、糞を垂れ流している、それが純金なのだ

「なんか変だな」

 グレゴールが言い、よく見ると、黄金虫が吸っている樹液自体が金色だった

 金色の樹液を器用になめ取るように吸っていく

「わかったぞ。黄金を体内で作っているわけじゃないんだ。黄金の樹液を吸って、それを垂れ流しているだけなんだ」

 私が言うと、グレゴールは頷いた

「娘ではなく、この木が黄金の元だったのか」

「娘は名ばかりの黄金虫だった」

「名ばかりとは失礼だな。しかし、食べてそのまま出してたら栄養失調にならないか心配だ」

 グレゴールは父親らしく的外れな心配をしはじめた

「問題ないと思うぞ。樹液の中に黄金が含まれていて、娘御は樹液を消化して、消化できない黄金を糞にしてるのだろう。だから純金の糞になるんだな。栄養は取れてる筈だ」

 と、一応安心させるわけだが、問題は黄金虫になっていることの方にあるだろう

「医者に見せようか?」

 グレゴールは言うのだが、医者にどうこうできる問題でもあるまい

「魔導士に聞いてみるか?」

 次にそう言った

 まあどうしませうの魔導士か、と駄洒落を思いついたが、言うと殴られそうなので思い止まった

「魔導士に知り合いなんているか?」

「いないよ」

「そも、いるかどうかも怪しいよな」

「魔導士がいないなら、魔法がないなら、なぜ娘が虫に変わるのか、おかしいだろう」

「確かにな。魔法しか有り得ないよな気もするよな」

 と二人で悩んでいると、突然にゴーという機械音がして、近くの木陰からチェンソーを持ったグレゴールの後妻が現れた

「なんなんだ?」

 グレゴールが唖然呆然喘ぐように言った

「聞いたよ。その木が黄金の源なんだね。切り倒して、ごっそり頂くよ」

 チェンソーを振り回しつつ、後妻が叫んだ

「待て、待てって。お前はフレディか?」

 グレゴールが制止しようとするがきかない嫁であった

「フレディはエルム街だ。チェンソーはジェイソンだろう」

 私が注釈を入れるのに、グレゴールが首を振った

「違う。誤解だ。ジェイソンがチェンソーを振り回すシーンなんてないんだ」

「そうなのか?」

 戸惑う私に、グレゴールが怒鳴りつける

「娘を木からどけてくれ。この馬鹿嫁は、黄金虫ごと木を切りそうだ」

 うう、虫は苦手なのだ

 しかし、そうも言っておれぬので、娘を木からはがして、抱きかかえた

 気持ち悪いことこの上ないが仕方ない

 チェンソーが木を切り倒した

 後妻のなんたる馬鹿力

 驚いていると「あったー」と叫ぶ声

 幹に空洞の如きがあり、中に二十X一五センチはあろうかと思える金塊が見えた

 それを両手に抱え上げ、「あったー、あったー」と叫びつつ、後妻は家の方角に走り去っていった

 悪夢の如き女であった

 しかし、その時、黄金虫が急に重くなって落としそうになったので、見ると、人間の娘に戻っていた

 なかなかに美しい娘で、しかも裸であったので、ヒシと抱きしめたが、すぐにグレゴールに引き離された

「戻った。戻った。よかった」

 と娘をしかと抱きつつ叫んだ、そして、私を見た

「なぜなんだ?」

「なにが?」

「突然、娘に戻った」

「王子様に抱かれたからかな」

「誰が王子だ!」

「うん」と私は言った「つまりだな、金塊の世に出たいという怨念が娘御に取り憑いて、黄金虫に変えてしまったと考えられるんだな。それが、金塊が世に出られたので、娘御は元に戻ったと、そういう理屈だろう」

「なるほど」

 と、わかったような、わからないような、私の説明に頷くグレゴールだった

「なにはともあれ、金塊が手に入ったから、我が家も金持ちになり、嫁も落ち着くだろう。それに娘も人に戻ったからひと安心だし、ひとまず家に帰るよ。後で金塊の一部を届けるから待っていてくれ」

「いや、いいよ。ただ記念に娘さんのうんちを貰っておいてもいいかな?」

 グレゴールは笑って、どうぞと言ったが、娘は私を睨んで

「変態だわ」

 と呟いた


 グレゴールらが去ってから、地に落ちている黄金の糞と木に残った黄金の樹液を集めた

 樹液を多く含んだ枝を切り出しもした

 出自を考えれば、世にも不思議な奇跡なのである

 家に帰って綺麗に瓶に詰めた。結構量があった。それに由来を書いた紙を貼り付け、その内にミュージアムでも作ろうかと考えていた


 その夜、グレゴールと娘がやって来た

 グレゴールは苦しげで、娘は嬉しげであった

 聞くと、後妻は金塊を持って逃げたらしい

 影も形も見えないと言う

「仕方ないさ。娘も喜んでいるし、嫁を探すのはやめておこう。で、時に、相談なんだが、…… 娘のウンチ、少し分けてもらえないかな」

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