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97話 注意を集めるための喧嘩

 「メリア、ロシュ、少しいいかしら?」


 秘密の話をしてから数日後、作業が終わってからの自由時間の最中アイシャが声をかける。

 その際、無言で手を軽く動かすが、これは人目を避けて話がしたいという合図。

 少し時間を置いてから、事前に示し合わせた部屋に集まると、机の上に機械の部品が並べられる。


 「これは?」

 「ついさっき、私の協力者が届けてくれた。組み立てれば小型の通信機になるわ」


 メリアが尋ねると、アイシャによって目の前で組み立てられていく。

 どこに隠していたのか、わずかな工具を利用するが、これについてはロシュによる説明が入る。


 「小さな工具とかは、地下の拡張作業の最中に盗んで隠す。監視カメラが一応は設置されるとはいえ、どうしても死角が多くなるから、土の壁とかに埋めてしまえばいい」

 「紛失扱い、ということですか」

 「怪しまれないよう、やれるのは数週間に一回。メリアが来る前からコツコツと準備してきた」


 話の途中でロシュは天井を指差す。


 「消音に特化した小さな機械を使い、天井裏のダクトなどを通じて小さな部品を運ぶ」

 「協力者がそういう機械を使うことで、囚人である私たちもこっそりと通信機などが使えるようになる、と」

 「何事も下準備が大事だ。そうでないと、ここから早く出ることは難しい」


 話している間に、アイシャによる組み立ては終わりを迎える。

 パーツの数は少なく、必要最低限の機能だけを持たせた代物のようで、大きさ自体は指の爪よりも小さい。


 「はーい、そこのお二人さん。完成したわ。連絡するから来て来て」


 早速、小型の通信機を使用するつもりなのか、アイシャは手招きをする。

 それは音が小さいからなのだろうが、大人が三人、小型の通信機に近づいて耳を向ける様子は、やや滑稽な部分があった。


 「……あー、もしもし?」

 「こちらアイシャ。無事に完成したわ」

 「ずいぶん早いな」

 「遅いよりはいいでしょ?」

 「……残りの部品は大きな物になる。一度、地上からそちらに近づくが、警備などの人数はどれくらいになる?」

 「銃器を持った民間の警備が二十人。刑務官とかそこら辺のは三十人ほど」

 「少し多いな」

 「ほら、こっちは新入りさんが入ってきたから」


 通信相手の海賊と話ながらも、アイシャはメリアの方をわずかに見る。


 「だから日が経ってないせいで人はちょっと多め」

 「一時的に、そちらで人の目を集める方法はあるか? 気づかれる可能性は低くしたい。どうしても金属部分を通らせる必要が出てくるせいで、音がな」

 「人の目、ねえ。それについては大丈夫」

 「なら二日後に」


 通信はこれで終わり、アイシャはメリアとロシュを交互に見ると、何か納得するように頷いた。


 「二人には悪いんだけど、二日後、大勢の前で喧嘩してくれない?」

 「け、喧嘩……」

 「懲罰房へ送られるんだが」


 一つのエリアには千人ほどの囚人がまとめられている。

 そこまで広くない地下ということもあって、何か問題が起きればあっという間に騒ぎは拡散し、囚人以外の注目を集めることができるだろう。

 問題は、喧嘩という手段で大きな騒ぎを起こしたならば、ほぼ確実に隔離されるということ。

 一週間か、一ヶ月か、少なくとも一定の期間を一人きりで過ごすことになる。


 「払うものを払えば回避できるわ。そこまで高くないし、私が出してあげるから」

 「それなら、まあ……」

 「自分で出さずに済むなら、その考えに乗ることにする。まあ、メリアがどの程度やれるのかは心配だけどね?」


 やや挑発混じりなロシュの言葉に、メリアはわずかに表情を変える。


 「それなりにやれますよ。こんなところに閉じこもってる人よりは、強い自信があります」

 「言うねえ。こっちは老化抑制技術のおかげで、若い肉体を維持したまま経験を積んでるんだが」


 ロシュの見た目は、二十代の女性。

 肉体の各部分に目を向ければ、トレーニングを欠かさないでいるのか筋肉質であり、素手での喧嘩はかなりのものに思える。

 元軍人でそれなりの立場にあったということ、老化抑制技術、この二つから考えると実際の年齢は倍近くはあると見ていい。


 「まあ、どうなのかは実際にやってみればわかるということで」

 「ふぅ……生意気な新入りは久しぶりだ」

 「あのう、二人とも、程々にね? 懲罰房に入れられる期間が長くなると、私のお財布への被害が」


 二日後の喧嘩に備えて、準備が行われる。

 とはいえ、自らの身体が鈍っていないかの確認ぐらいしかできない。

 一ヶ月以上あるなら、トレーニングなどの効果を期待できるが、二日という時間は短いのだ。

 そしてその時が来ると、メリアとロシュはわざと囚人たちが集まる中心で言い争いを始める。


 「新入り、一度お仕置きが必要なようだね」

 「やれるものならやってみればいい」


 当然ながら、周囲の囚人からすれば滅多にない騒動であり、すぐさま野次馬が集まっていき、人の壁が出来上がる。

 これにより、警備員や刑務官が来てもすぐには騒動を止めることはできない。

 それどころか、さらなる騒動へと繋げることもできてしまう。


 「ね、ねえ、二人ともやめましょう……?」


 アイシャは喧嘩を形だけは止めようとするも、本心からの言葉ではない。

 それとなく囚人たちに離れるよう言い含めていくと、ちょっとした空間が生まれ、それが合図なのかメリアとロシュによる戦いが始まった。


 「ふん!」


 先手を取るのはロシュ。

 威力よりも素早さを重視した拳の一撃が振るわれるも、メリアは余裕を持って回避する。


 「少しはやるようだね」

 「生身での戦闘は宇宙服で行うことが多いので、身軽な今だと避けるのは楽な限りです」

 「宇宙で活動する機会が多いなら、そうなるか」


 メリアは重力の違う環境で、たくさんの戦闘を経験してきた。ファーナという厄介な存在と会う前から。

 重力の有無は、銃撃だけでなく近接戦闘にも大きな影響を与える。

 それだけでなく、強い重力や弱い重力というのも、戦いにおいては注意しなくてはならない。


 「だがね、それはこちらも同じこと。昔は軍人として、無重力や低重力下における格闘訓練をしっかりとこなしている」

 「ということは、少し鈍ったのでは?」

 「はっはっはっ、その綺麗な顔に一発叩き込んでやる」


 手加減は消えたのか、拳による一撃は鋭く素早くなる。

 防戦一方となり、押されていくメリアだったが、反撃として足を使う。

 相手の腹部を狙って蹴りつけるも、大きく距離を取られて避けられる。


 「危ない危ない」

 「当たれば、こっちが有利になったんですけどね」


 距離ができたことで、お互いに様子を見ながら近づき、殴りと蹴りの応酬が始まる。

 回避よりは防御を行うことで被害を減らし、できるだけ相手に攻撃を叩き込む。

 もはや、どちらが先に倒れるかという激しいものになった段階で、武装した警備員や刑務官たちが次々に現れるも、囚人の壁により声を出すことしかできない。


 「何をしている! こら、そこの囚人、どきなさい!」

 「うるさい、他の奴らのせいでこっちは移動できないんだよ。そっちをどうにかしてくれ」

 「ああもう。……そこの警備員、天井に向かって撃ちなさい」

 「え、いいのですか?」

 「まずはこの騒ぎをどうにかすることが先です」


 すると何度か天井へ銃撃が行われる。

 これは効果があったのか、喧嘩による騒がしさは一気に沈静化する。

 そして囚人たちをかき分けて、警備員や刑務官が向かう先には、軽く血を流すメリアとロシュの姿があった。


 「……まったく、何をしているのですか。こんな面倒な騒ぎを引き起こして」


 その時、アイシャが前に進み出ると、申し訳なさそうに頭を下げる。


 「すみません。私は止めようとしたのですが、この二人が盛り上がってしまって。もう次はこのようなことが起こらないようにしますから、どうか許していただけませんか?」


 懇願しつつも、こっそりとお金を周囲に見られないよう握らせる。

 あまりにも慣れた動きであり、刑務官の方も何を握っているのか理解したのか、周囲を見渡しながらため息をついた。


 「新しく入った者との揉め事なので、今回は注意だけで済ませます。これ以上の問題を起こすことのないように」


 そう言うとその場を離れるのだが、その際わずかな呟きが漏れる。


 「……北部の数十万人が暴れる事態とは無関係なようで、なによりですよ」

 「しっ、囚人たちに聞かれたらどうするのです」


 警備員とのやりとりが聞こえたのはごくわずか。

 その一人であるメリアは、ロシュとアイシャの顔を見たあと、今回の騒ぎのほとぼりが冷めるまで自室にいた。


 「ちっ、囚人の立場だと情報が入らないね。あたしのいるここ以外で何かあったのか……?」


 ベッドの中で考え込むも、通信機とかはないのでどうしようもない。

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